前言撤回 2
「私は、国内にあるいくつもの貴族の中のたかが1人だ。キラは異世界より召喚されし聖女。どちらが貴重かと言われたら後者に決まっている。より貴重な方を大事にするべきだ、反対意見があるなら言ってくれ」
これは反対意見を本当に言っても許される流れだろうか?
今まで会話からすると、リヒト様は理屈で物事を解釈している印象を受ける。つまり、私が彼の理屈を上回る返事をすれば納得してもらえる可能性が高いということ。
ならば……と考え口を開く。
「客人は家主を蔑ろにしてまで寛ぐべきかと言われたら、私は違うと思います。特に私は行く当てもなくリヒト様に保護してもらったようなもの。こんな状態では私もリヒト様も寛げないですし、ここは私が違う部屋を自ら掃除して使うべきかと」
うん。ごく当たり前の事を述べただけだが、これできっと納得してもらえる気がする!
「分かった。ならば私もこの部屋で一緒に寛ぐから、君も気にせずに寛ぐといい」
「なんでその結論になるのよ!?」
まさかの展開に、思わず全力でツッコミを入れてしまった。
しかしリヒト様は本当に寛ぐ気のようで、同じくソファーに腰掛ける。しかも場所は私の真横だ。
そしてポケットから手帳とペンを出し、ソファーの前にあるテーブルに広げた。
「では始めようか。まず指は……5本ずつ。両手ともにあり異常なしと。爪の形は……うん、問題ない。次は腕だ、見せてくれ」
「……は?」
私を見ながら何やら手帳にメモを取っている。この国の文字が読めないので何を書いているのかは分からないが、きっと今ぶつぶつと呟いた内容だろう。
っていうか、次は腕? どういう事?
「何だその視線は。寛ぐといえば自分の好きな事をする……つまり、調べ物をする時間だろう」
「はあ……あの、それで何故私を観察することになるのか聞いても?」
趣味と時間の使い方は人それぞれだからひとまず置いておくとして。
……何故私を観察し始めたのかが理解できない。
「君は異世界から来た聖女だ。言葉を交わすことに問題がないといえども、その身体構造が我々と同じなのかは調べないと分からない。だから、次は腕だ」
思わず絶句した。
価値観の近い素敵な人だと思っていたけど……ちょっと、いやかなり変な人だったかもしれない。
スラリと背が高くて格好良くて真面目そうで……でもその外観からは想像もしなかった……とんでもない中身。
黙ったまま固まっていると、横から伸びてきた腕に押されるような形で倒された。
背中が柔らかなソファーに当たり、ほんの少しだけ体がバウンドする。そしてそんな私を覆うかのようにリヒト様の体が迫ってくるので、私の心臓までバウンド……いや、心臓は飛び跳ね続けている。
「目と髪の色は黒。耳も尖ってないな、妖精の類では無い、と。そして腕は……」
押し倒されたまま髪や耳を触られ、腕を掴まれて服の袖が捲られる。
「ほくろがあるだけで、普通の腕か。きちんと2本あるし、色も肌色だ」
「あ、当たり前です! 私はムカデのような多足類じゃないんですよ!?」
まさか私の腕が2本以上あるように見えていたわけでは無いだろうし、思わずツッコミを入れずにはいられなかった。
「タソクルイ? 何だその言葉は。私が分かるように説明を求む」
「足が沢山ある節足動物で」
「セッソクドウブツが分からない」
「……虫です」
もう下手な事は言えない。これで無脊椎動物がどうとかいう説明をすると話が終わらなくなる。この世界で学術的な話はしては駄目だ。
勉強が悪とされるこの国の一般人から偏見の目で見られるだけでなく、この伯爵様から地獄の果てまで追求されてしまう!
「手帳に書き残しておくから、後でどのような虫か詳しく説明するように。では続いて服を脱いで身体をチェックさせてもらおうか」
「……もう、いい加減にしてーッ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます