デート? ううん、これは視察! 1

 毎晩、もっともっとと知識を強請るリヒト様に勉強を教える日々。私は、雛鳥に餌を与える親鳥なの? とセルフツッコミしてしまう程だった。


 教科書も何も無い状態で教えるのは結構大変で。今まで私がこちらの文字を学ぶのに使っていた時間の半分は、リヒト様に教える為の教材作りの時間と化していた。

 なんせこの国の文字がまだ使いこなせているとは言い難いので、少しの文章でも時間がかかる。そのうちにリヒト様が平仮名をマスターしてしまって「別にキラの国の文字でも構わない」なんて言い出されてしまった。


 勝負してる訳ではないけど……なんだか負けたような気になってしまったのは秘密です。



 それでも。新しい事を学んだ時に、眼鏡の奥のアクアシルバーの瞳が輝いて私を見つめるのが好きで。

 時にはトーマスさんにお願いして道具を揃えてもらい簡単な実験をしたり、時には完全に趣向を変えて日本の歌を教えたり。なんだかんだリヒト様と二人で一緒に過ごす時間は楽しかった。


 リヒト様も外に出られない私を気遣ってなのか、時折り花束をくれたりして。


 ……この恋心は捨てた方が良いと分かっていたのに、逆に愛されているような錯覚を覚えてしまう。


 このまま、この錯覚の中にいられれば良いのに……という想いを抱えながら、私は何でもないフリをしてリヒト様の側に居続けた。

 


 ◇◇◇



  私は今日という日を待ち望んでいた。それもそのはず……だって今日は久しぶりに外に出られる日だから!

 


 引きこもりが辛くないと言えども、流石に二ヶ月以上部屋に監禁されていると気も滅入る。それがいくら私の身の安全の為であろうとも、肩が凝る。

 外の空気が吸いたい。少しくらい窓から顔を出して深呼吸したい。癒しがマリーちゃんだけでは回復が追いつかない!



 リヒト様はドレスに装飾品にと一通り女性が好きそうな物は部屋に取り揃えてくれたのだが、生憎そこまで自分を着飾る事に興味があるわけではない。

 時折りリヒト様がくれる花をひたすら押し花にしたが、おかげで本の数より栞が多い。そしてその本だが、まだ文字にそこまで慣れていない私ではなかなか読み進むのに時間がかかるし……とにかく少しくらいは体を動かしたいのである。

 


 そんな私のわがままを聞いてくれたリヒト様が、今日は馬車で一緒に出掛けてくれるらしい。

 私は屋敷の庭をぐるっと回る程度で良かったのだけど……まぁ遠出できる分には良いか。


 動きやすそうな格好にするように指示を受けていたので、この屋敷に連れられてきた時に着ていたローブとドレスが合わさったような服を着用し、長い黒髪も結って上げておく。

ちなみに、今日の外出の行き先は知らない。



 それでも。まるでデートみたい……と浮ついた気持ちが出てきてしまうのは止められなかった。



 毎晩リヒト様と一緒にどちらかの部屋で勉強しているので、まぁそれも日本で言う図書館デートのような気分もなくは無いのだけど、どちらかといえば家庭教師の気持ちに近いので……お外デートが嬉しい。

 


 ……いや、デートじゃない。デートじゃないのよ! と自分を律して。

 頬を軽く叩いているとリヒト様が部屋まで迎えに来てくれた。と言っても隣の部屋なのだけど。



「キラ、そろそろ出ようか」



 そう言って何故か私に向かって両腕を広げてくるリヒト様。



「何ですか?」

「私が抱えて馬車まで運んだ方が早い。廊下の埃が服につく心配も無いし、滑って転ぶ心配も無い。実に合理的だ。何か異論があるか?」



 異論は……無い。リヒト様を納得させるだけの考えは持ち合わせていない。でもね……


 せっかく「デートじゃないから!」と自分を律していたのに、またお姫様抱っこなんてされたら勘違いしちゃうのよ!?


 私の恋心が!



「キラ? 体調が悪いのなら今日は……」

「違います! ……重いだろうし、申し訳ないなって考えていただけです」


 

 本当は違うけど、まあ体重も気になる所ではあるのでそれを伝えて誤魔化す。

 するとリヒト様は「なんだそんな事か」と、本当に何とも無いような言い方をして私を抱き上げた。


「そもそも羽根のように軽いのに。仮にキラを抱く為にもっと力が必要になるならば、私が体を鍛えるだけだ。心配いらない」

「な……!」


 

 私は真っ赤になってしまった顔を慌てて両手で隠す。


 もう……お願いですから、これ以上私の心をかき乱さないでください!

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