デート? ううん、これは視察! 3
「私は、キラには本当に感謝しているんだ。勉学を否定しない女性というだけでも珍しいのに、遠い異界の地の知識まで授けてくれる」
リヒト様はそう言いながら私の髪に手を伸ばし、スッとピンを引き抜く。パサりと音を立て、一部の髪が馬車の座面まで流れ落ちた。
「……似合って無いならそう言ってくれればいいのに」
「いや? 君の首元を他の人間に見られるのが惜しいだけだ。私が結ぶから少し待って」
髪から全てのピンを引き抜くと、リヒト様は私の真横に座って髪をいじり始めた。
男性なのに髪の毛結べるの? と思ったが杞憂だったらしい。素早く編み込み混じりのハーフアップに整えると満足そうに私を眺めて頷いた。
「やはりキラは髪が綺麗だから何をしても似合うな」
手元に鏡が無いので馬車の窓ガラスに自分をうつして髪を確認するが……確かに可愛い。っていうか、何故女性の髪の毛結べるの?
……確かにリヒト様自身も毎日綺麗に髪をセットしてあるけど、それとこれは別物だよね?
「ありがとうございます。……リヒト様、器用ですね」
「以前は、よくやっていたからな」
――誰の髪を?
……そこを聞く勇気は私には無かった。
髪を結ってもらったり、一緒にお出かけしたりで……すっかり浮かれていた気持ちは急降下して落ちていく。
「り、リヒト様は……何故勉強がお好きなのですか」
勇気の無い私は、確実にリヒト様受けする話題にすり替えた。これ以上髪の話をするのは……良くない。
「逆に聞くが、キラは何故そこまで勉学に励む?」
「私は、勉強が自分の未来を作ると信じてやってきたので。その延長が大きいかな、と……でも今は知らない事を学ぶ楽しさも大きいです」
そして私が知る知識を教わったリヒト様が目を輝かせて聞いてくれるのも楽しい。
「私もある程度はキラと同じだろう。ただ私は……元々あったのは、カネになるからだ」
「お金?」
リヒト様とお金のイメージが繋がらず、思わず聞き返してしまう。
「まだ祖父すら健在だった私の幼い頃、このクルークハイト領は比較的貧しい地域だった。だから私はそもそも金儲けがしたくて、悪とされる勉強に幼少期に手を出した。これがやり始めたら止まれないくらいに面白い。それがきっかけだ」
リヒト様は私の髪をサラサラと弄びながら答える。
……ちょっと、せっかく髪の事忘れかけていたのに、思い出させるのやめてください!
「それに勉学は悪とされるだけあって、私が学んだ知識は貴族連中は知らない事ばかり。おかげでそれを少し応用するだけで沢山のカネが手に入った。だからクルークハイト領は今では金持ちの部類だ。そしてそのカネでこうやって勉学を広める学舎もやっている訳だ」
――悪辣の統治者。
悪とされる勉学を推奨しているからこその通称だと思っていたのだが。
……これって、周りの貴族達の嫉妬も大いに含んでいるのではないだろうか?
貧乏だった奴が禁忌に手を染めて金持ちになる。
自分たちは領民達が必死に集めた少ない蜜を吸って暮らしているのに、リヒト様はその蜜を自分で大量生産し始めたようなものだから……そりゃ妬まれるし、周りの貴族から冷遇されてもおかしくない。
日本だって後から成り上がった者は成金と呼ばれ、誹謗中傷の的にされた時代もある。違法な薬物でお金儲けをする人達はマフィアと呼ばれ敵視され、妬まれていた。
この国の貴族達の考えることは分からない、価値観が違う……とずっと思ってきたが、初めて彼らの気持ちが少し分かったような気がした。
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