決意と転換

才儀神託オラクル』の翌日。


 孤児院で開かれたささやかな祝杯の熱も冷めきって、これからのことを考える。


 今生において、僕に必要なのはなんだろう。

 当然、『転換魔術コンバージョン』は必須だ。

 だが、魔術の研究と実験ばかりしていたら一度目と同じ結果になってしまうのは目に見えている。


 僕は、昨日の帰りに雑貨屋でシスターにねだって買って貰った木の板を壁に立てかける。

 十歳の僕より少し背の低いそれに向かって、魔術を行使する。


「『転換魔術コンバージョン』」


 対象となった木の板は一度粒子に分解され、僕のイメージを基に再構築された。

 壁に立てかけられているのは僕より背の低い木の剣。


「うん、制御は問題ない。問題は……」


 呟き、剣に手をかける。

 ずっしりと重い剣を持ち上げるのがやっとで、振り回すなんて言語道断だ。


「やっぱ、鍛えなきゃだよなぁ」


 これこそが僕のネックだ。

 例えば、『転換魔術コンバージョン』で剣を作ったとしてもそれを扱える力も技術もない。

 他の道具もそう。

 いろいろなものを転換できるように資料を読み漁って再現ができても、使えなかったら宝の持ち腐れだ。

 それに気づいたのは、もうすでにお金と時間を湯水のごとく溶かした後だった。


「誰かに使ってもらえれば良かったんだけどな……」


 だが、アニムの周りにいたのは『魔術帝』の名前と才気に惹かれた者たち。

 誰もかれもが力の信者と言っても過言じゃない戦闘集団だった。

 そんなやつらだから強くない僕の言うことなんて聞くわけがなく、考えなしに突っ込むわ、死にかけで帰ってくるわで制御不能。

 脳みそ(足りてなかったけど)を使おうとするのは僕くらいのものだった。

 だからまあ、お飾りの参謀を名乗ってたわけなんだけど……。


「でも、やっぱりあいつらがいないと話にならないか」


 いくら嫌な思い出があっても、暴走機関だとしても、その力は本物。

 逆に言えば、統率を執れさえすれば世界最強の集団なのだ。

 あの羽男に対抗するなら、必ず頼らなければいけない。


「じゃあ、やっぱり必要なのは力だよな」


 あいつらが強いやつに従うなら、僕があいつらより強くなるしかない。




「バラム、これがあなたが自由に使って良いお金よ。考えて使いなさいね」


「ありがとうシスター」


 『才儀神託オラクル』を終えた者には、国から資金が支給される。

 才能タレントを理解し、それに合った努力をするための軍資金だ。


 一度目の僕は、これを武具の設計図や鉱石の特性、用途などが書かれた書物に使い切った。

 だが、結果は以下略。


 でも今回は違う。幸か不幸か、一度目の失敗のおかげで転換できる物は多い。

 これは『転換魔術コンバージョン』の性質が、経験ではなく記憶や知識に起因するから。

 ならば、図鑑や指南書とにらめっこするのは無しだ。


「……正直、これも賭けなんだけど……立ち止まってる暇なんか僕にはない」


 僕は昨日作り出した木の剣を腰に縛り付けて、シスターに振り返る。


「——剣術を習いたいんだ。このお金で依頼を出してほしい」


 




■     ■     ■     ■






 ダズリル王都、冒険者ギルド。


 昼間から街の喧騒に勝るとも劣らない盛況を見せる冒険者達の拠点。


 そこに、修道服の女が足を踏み入れた。

 小柄な女は、少女と言われても信じてしまう程に若く美しいかんばせで酒気を帯びたギルド内を見回した。


 美しい容姿に下卑た表情を浮かべる一部の冒険者達は椅子から腰を浮かせる。


「お、おい、あれ」


「とんでもねえ上玉だな……いっとくか?」


「あ、ああ!」


「――止めとけ、新参共」


 だが、ギルドにたむろするベテランたちは目を向けることすらせずに各々の作業に没頭している。

 浮足立った男たちを制止したのは、B級の高位冒険者だ。

 全員が見て見ぬふり。そんな不気味な雰囲気に、浮足立っていた者たちも息を呑みながら座りなおした。


 シスターは「あ」と声を上げると、ギルド内でも特に賑やかな場所へ小走りで駆け寄る。


 その行動に、轟々と響いていた冒険者達の声が静まっていく。


「お、おい、あの姉ちゃん、やばいんじゃ……」


「無視だ無視。関わるもんじゃねえ」


「騒ぎになったら逃げればいいだろ」


「なんだって聖都せいとの冒険者のとこなんかに……」


 そんな声が、ひそひそとシスターの背中を叩く。

 しかし、シスターはのほほんとした様子を崩さず、その中の一人に声をかけた。

 そしてあろうことか、その男の頭を平手で打った。


「こーら、カイン! こんな昼からそんなに酔って! ほどほどにしなさいって昔から言ってたでしょう!?」


「あ゛?」


 ギルド内が、一気に静まり返った。


 聖都の冒険者、カイン。

 冒険者の聖地と呼ばれる場所で、誰もが見上げることしかできない功績を立てた男に向かっての狼藉。

 袋叩きにされても文句は言えない。


 そしてやはり、カインは酒の入った杯を机に打ち付け立ち上がった。


「いってーじゃねえか……あ゛? 誰だてっ……め、ぇ…………」


「てめえ? よくもまあ育ての親に向かってそんなことが言えますね!?」


「シ、シスター!?」


 カインは自分を殴った人影の顔を確認した途端、大声で裏返った声を出した。

 ギルド内に、ざわめきが広がっていく。

 酔っていたはずの男は、赤かった顔を途端に青くしながら酒の入った杯を隠した。


「ち、違うんだよ! 付き合いでさ! こいつらが飲め飲めってうるせえからっ!」


「ちょっ、ひどいですよカインさん! 俺達は何も言ってないですから! カインさんが少しくらい嵌め外せって!」


「うるせえ黙れ! で、で、どうしたんだよシスターッ、久しぶりじゃねえか!」


 聖都からの遠征中の冒険者達がこぞって子供のように責任を押し付け合う。

 そんな様子に呆れた表情でため息を吐いたシスターは、机の上に硬貨の詰まった皮袋を置いた。


「剣の指南をお願いしたいの。昨日十歳になった孤児院の子に」


「——へえ」


 先ほどまでの子供じみた言動は鳴りを潜め、剣呑な表情でカインは面白そうに声を漏らした。

 

「面白そうだな……。だが、悪いが無理だ。他をあたってくれ」


 一蹴。

 周りの冒険者達も仕方なさそうに笑っていた。


「理由を聞いてもいいかしら?」


「まず、俺達は遠征中だ」


「お酒を飲んでて暇そうだけど?」


「依頼がかなり早く片付いたんでな。褒美の休暇中なんだよ。……それによ、聖都の方でもう剣の指南の依頼を受けちまってんだ。片手間にはできない」


 一蹴した割にはいくつものことに頭が回っているのは、最高位の冒険者としてのものだろうか。

 彼に剣の依頼ができるなど、かなりの高名貴族であることが窺える。蔑ろにはできないのだろう。


 シスターはカインをまっすぐ見据えながら食い下がる。


「この遠征はいつまでですか?」


「あ? まあ、あと一週間ってとこか」


「なら、その一週間でいい。あの子を見てあげてほしいの」


「一週間で……剣の指南、ねぇ」


 カインは少し髭の伸びた顎を撫でさすった。

 シスターの真剣過ぎる眼差しが幼い頃を想起させ、口元が自然と笑みを形作る。


「期待してんだな、そのガキに。あれか? そっちも才能タレントが剣術だった口か?」


「いえ。その子の才能タレントは魔術関連の物だったの」


「は? 魔術?」


 カインは呆気にとられ、他の冒険者達の顔を見回した。

 当然のように皆が首を傾げている。

 魔術の才能タレント持ちに剣の指南など、意味がないことは無いが方向性を間違えてしまっている。


「その子が、剣術を習いたいって」


「なあ、シスター。あんたが孤児院の子供に甘いのは知ってるよ、よおく知ってる。でもな、時には厳しく教えてやるのも必要だぜ。魔術の才能タレントを持ってるなら、魔術の鍛錬をするほうがそのガキの為だ。剣術なんて……」


 カインのその言葉に、数人の冒険者が頷く。

 騎士の家系に生まれて武術の才能タレントを持っていない者に無理に武術を教えようとして伸びきらずに一生を終えるなんてよくある話だ。

 そんな考えの元忠告したカインの言葉を待たずに、シスターはある物を机に置いた。


 それは、バラムが木の板を転換した木の剣。


「んだよ、これ。……よくできてんな。結構な値が付いてただろ。ねだられたか?」


「ええ、どうしても買ってほしいって」


「まあわかるぜ。その年頃のガキってそういうのに憧れるしな」


 カインは机の上に置かれた木の剣に視線を注ぎ、感嘆の声を上げた。

 周りの聖都の冒険者達も物珍しそうに目を奪われている。


「今時こんなもん売ってんのか……こりゃいいな。若干持ち手に違和感があるが……いくらした?」


「銅貨一枚よ」


「銅貨一枚って……おお、良い時代になったな。木の板一枚の値段とこれが等価ってのは」


「いえ、私が買ったのは――。翌日、起きたらこうなってたの。聞いたらね、その子が魔術を使ってこれに変えたんですって」


「―――――――――」


 その言葉に、誰もが言葉を失って机の上の木の剣に釘付けになった。

 カインは目を見開いてシスターを凝視した。

 彼女が嘘を吐かない人間であることは知っている。

 

 ならば、これは。


「魔術を使えると知った翌日に、これをできちゃった子なの。そんな子がね、剣を習いたいって言ったの。明らかに普通じゃないわよね」


「……何かあるぞ、そのガキ」


「わかってる。でも、私が育てた、かわいい子なの。それだけわかってれば他に何もいらないわ」


 シスターはカインの手を取って、懇願した。


「一週間でいいの。あの子を見てあげて」


 カインは机上の木の剣を一瞥した後、確かな予感に突き動かされた。


「とりあえず、会わせろ。話はそれからだ」

 

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