墓守と死霊
遺骨とは、この世界において生者が遺した文字通りの遺産である。
骨には生前の魔術の痕跡や魔力が染み込み、高名な魔術師になれば骨が研究対象になったり、そのまま魔術行使のための媒体になることもある。
すると、当然のように横行するようになったのが『墓荒らし』だ。
力を求める者、魔術の究極に至らんとするものは見境なくそれを目指す。そのために手段を択ばない無法者もごく当たり前のように存在してしまうのだ。
そんな悪行を阻む防人の一族が生まれるのも必然だった。
遥か昔。大帝国初代皇帝の王墓が完成した折り、その番人を任された血族を始祖にして、いままで脈々と継がれてきたのが墓守の一族だ。
彼らは王墓の周りを取り囲む共同墓地、そのさらに外縁に沿うように集落を形成し、そこに住んでいる。
いつ何時でも、誰が訪れようとも、彼らの目を盗んでの王墓への侵入は叶わないだろう。
帝国の
危険度レートはC。棲息している魔物のランクは最弱でE、頻出するのはDやCなど、バラムが昔相手取った白狼と黒羊に匹敵する魔物が当然のように闊歩する充分危険な魔棲帯だ。
墓守の役目には、カタコンベの魔物の処理も含まれている。
そのため、墓守の一族は武力にも優れ、そこらの冒険者よりも腕が立つ。
中でも、王墓の墓守に選ばれる人間には条件がある。それは『
さらに、今代の王墓の墓守は二人。
兄妹でその
■
墓守の集落、木造の平屋建て。周りのそれより頑強な造りの一室で、二人の人影が動き始めた。
「スゥ。そろそろカイン様が到着なさる頃であるぞ」
肌の露出を極力抑えた祭服に身を包んだ青年がそう言うと、まったく同じ服装の少女が横たえていた身を起こして錫杖を携えた。
「わかってるのです。兄様、もう少し落ち着くが良いのです」
「スゥは落ち着きすぎなのだ! かの剣帝殿であるのだぞ!?」
「気持ちはわかるのです。ですがならばこそ、慌ただしく迎えるのではなく厳かに。礼節を持ってお出迎え差し上げるのがいいのです」
兄を諭す妹は理性的にそう言って諫める。紫紺の虹彩が理知的に光り、まるでこの場を支配でもするかのような雰囲気を醸し出す。
薄い褐色肌。紫色の髪と同色の瞳。落ち着き払った雰囲気の少女だが、年のころはまだ十代半ばだ。
対して、二十歳になったばかりの兄は少し落ち着きが足りないようだ。肌も髪も瞳の色も妹と全く同じだと言うのに、受ける雰囲気が隔絶している。
だが二人とも、役目を十二分に果たすことのできる実力者だ。
兄、ダァランダ・カシムは取り分け武術に優れ、魔物の駆逐や侵入者の排除を。
妹、スゥランラ・カシムは魔術に秀で、
死霊魔術の神髄は、『掌握』にある。
不死属性を含む魔物や亡霊、人間の遺体までをも弄ぶ禁忌の外法。
人間社会では迫害一直線であろう能力。
故に強力無比。王墓にあって、二人は万軍の主と同じ。
「では、気を取り直して参るのです。大丈夫なのです兄様。スゥとて緊張していないと言えば嘘。二人でお迎えに上がるのがいいです」
「くぅ……! できた妹で兄者は感激である!」
もうすぐ到着するであろう大聖帝の遺骨を待ちわびて、二人は一緒に深呼吸を一つ。
すると、その顔は役目に身を奉じる防人のそれに一変した。
■
さて、スゥランラ・カシムについて。
彼女は数年後、とある魔術師にその身を救われることになる。
それから、その魔術師のために彼女は歩み続けた。
悪魔的な魔術によって『冒涜者』という不名誉な称号をその身に受け、それでも歩みを止めずに、蹂躙の限りを尽くす殺戮を演じ続けた。
彼女が心酔し、傾倒した魔術師の名は――アニム。
スゥランラ・カシムは魔術帝陣営、四騎士の一人に数えられながらもそれを唾棄した。彼女の元来の騎士嫌いがその名を嫌ったともいわれるが、それは些細な理由に過ぎない。
その本質は――アニムにとっての『特別』を求めるスゥランラ・カシムが、他の人間と同列に並べられることを嫌ったからだ。
魔術帝陣営にあって、最もアニムを慕い、忠誠を誓った人物。それが、誰あろうスゥランラ・カシムに違いなかった。
そして、ここに当然の帰結的不和が生まれる。
彼女がこの世で最も嫌った人間についてだ。
憧憬を懐き、その背に追い縋った魔術帝アニムの横を我が物顔で独占し、あまつさえ彼女の全てをその身に受けた軟弱者。
魔術帝陣営、自称参謀。
この男を殺す千載一遇の機会を、スゥランラ・カシムは死ぬまで渇望し続けた。
その奇跡はついぞ彼女に訪れなかったが、それでも嫌悪と侮蔑と殺意は残り続けた。
馬車に揺られるその男は、間もなくこの場に訪れるだろう。
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