悪食と絶望

「敵陣営に気配遮断、潜入に長けた獣人を確認。至急対策を講じてください」


 混乱と不測の事態の連続にも、エリムは冷静に対処する。

 地上に繋がっている通信魔術を込めた魔玉を起動して、できるだけ多くの情報共有を短時間で成していく。

 アルセントの常識外の隠密行動も、これで二度通じることはなくなっただろう。バラムは目を細めてその行動を場違いに賞賛する。


「……冷静ですね。すごいです」


「黙りなさい。速やかに処刑します」


 エリムの言葉は覆面たちへの号令。

 瞬間地を蹴った数十人の覆面は、命知らずな疾走でもってバラムに向かって一直線。

 

「——阻め」


 しかし、それを遮るのは女の声と無数の骨人スケルトンだった。

 カラ……カラッ……ガラガラガラッ!!

 顎を震わせて嗤うスケルトンの波と覆面が激突する。量はスケルトン、質は覆面に軍配が上がるだろう。

 ランクBに相当するだろうスケルトンを屠っていく覆面たちの姿に、バラムは口端を引きつらせた。


「やっぱり強いな。上で逃げたのは正解だった」


 古城跡で囲まれた時、もしバラムと鬼灯の二人での迎撃を選んでいたら、抵抗の末命を落としていただろうことが容易に想像できる練度と個々の実力。

 ヴェーム大森林で覆面たちに考えなしに立ち向かった後悔が、ここに来てバラムを救ったのだ。


 だが安堵している暇はない。

 覆面たちの背中、スケルトンの頭蓋を踏み台に――エリムが宙を舞う。


「っ、ちょっ、まじかッ」


突貫ヴォーパル


 宙で態勢を整えたエリムは二本の短剣を構え、異常な推進力で弾かれるようにバラムに文字通り突貫する。

 パンッ! と空を蹴る音が炸裂した瞬間、その姿はすでバラムの懐に潜り込んでいた。


「——ッ!」


 足下から跳ね上がるように振るわれた短剣は寸分違わずバラムの首に向かって振るわれる。

 バラムの武器である観察を許さない速度と、模擬戦ではあり得ない殺意に満ちた刺突。人間を殺すことを作業とでも思っているかのような洗練された動きで、エリムは命を刈り取る。


「『白狼エンチャント——」


 双刃がバラムに到達する、寸前。

 バラムの口が無意識に紡ぐのは、事前に想定していた瞬殺の危険性に対する反射的な魔術起動の祝詞。


「——憑纏ホワイト』ッ!」


 上体を反らしバラムの顔スレスレを通り過ぎる二本の短剣――エリムはすぐさま短剣をくるりと持ち替え、刃の切っ先がバラムに向けられる。

 そのまま振り下ろされる凶刃に対して、バラムは月喰を強引に割り込ませた。


 甲高い衝突音が鳴り響いたと同時に、バラムはバックステップで無理やり距離を取る。


「……ちっ」


「——守れ」


 エリムが苛立たし気に舌を打って追撃を試みた瞬間、再び女の声がそれを阻む。

 覆面たちと交戦していたはずのスケルトンたちが一斉にエリムに振り向き、群がる。

 伸ばされる手骨と曲刀から身を逃したエリムは、奈落の闇から姿を覗かせた女に顔を歪ませた。


 目隠しをした女は、漆黒の長髪を靡かせてにんまりと口角を上げた。


「ひぃふぅみぃ……餌がたんまりじゃ」


 ゆっくりと歩みを進める女は、灰色の少年の側で立ち止まる。

 その光景に、エリムだけでなく、スケルトンとの交戦の最中である覆面たちですら眼を剥いた。


 骨人の首魁。

 奈落の王——『死骸漁り』。女が厄災級の魔物であるということを直感で理解した第六師団は、足元の地面が崩れる幻覚に身を震わせる。


 エリムはまだ冷静であり続ける脳の半分を怒りに染め、バラムを射殺さんばかりに睨みつけた。


「この死にぞこないが……魔物に魂を売りましたかッ!」


「やめてください。僕が死に損なったんじゃなくて――あなたたちが僕を殺し損ねたんだよ」


「狂人が……それは天使に仇なすだけでなく、人にも仇なす愚行です」


「僕をここに落したのはあなたたちでしょう? 僕だって本当はこんなことしたくなかったんですよ。でも、仕方ない。こうすれば死ななくて済むんですから、そりゃこうしますよ」


 すると、バラムは言うのと同時にエリムに向かって疾駆する。

 振るわれる剣技は十歳の子供のそれではない。何度も死線を潜り抜けた人間が扱う洗練された技術を内包していた。

 一合、二合……何度も繰り返される迎撃と反撃の雨の中で、バラムは視線と思考を張り巡らせる。


(後手に回るな、僕の追いつける速度じゃない。身体能力の押し付けじゃ僕に勝ち目はない。つーかこの人の才能タレントはなんだ? まだ見せてないのか、使ってるのに僕が気付いてないのか。あっ、目線動いた、絶対フェイクだ。じゃあどこを――)


 思考と迎撃の並列を繰り返す。

 右手や頭部に走る衝撃を無視しながら、致命的な攻撃をすべていなす。


(あー……。邪魔だな、顔を水が伝っていく。あれ? 握力無くなってきた、どうでもいいから防ぎ続けろ。見ろ、考えろ、そうじゃなきゃかてないだろ。まもるときはひだりうででうけろ……ッ)


 振るわれる双刃を月喰と黒羊の無念手甲で受け続け、決定的な機を待つ。


【『衝撃変換チャージ』率:7%】


 まずきょりをとるッ!


「——衝撃返還インパクトッ!」


「ッ!?」


 バラムが振るう左腕に伴う壊滅的な衝撃。

 地面を削り、空気を押し出して周囲に甚大な被害を及ぼしていく。


「——ぐぉおおおおおっ」


 骨人スケルトンごと吹き飛んでいく覆面たちの悲鳴が奈落を埋め尽くす。

 しかし、


「——隙が多いですね」


 部下である第六師団の覆面たちを盾に、エリムは無傷。バラムに出来た大きな隙に潜り込み、淡々と――短剣を腹に突き刺した。


「ふッ!」


 しかし、バラムの動きは止まらない。悲鳴すら上げずに、再び反撃を始めるのだ。

 エリムの背後では骨人スケルトンが三度蘇り、覆面たちを追い詰める。

 限りない物量作戦。エリムは冷徹に生還の可能性を自分の中から排除する。


(生還は不可能。では――七人目を道連れに、逝きましょう)


 白光を身に纏い、蒼炎を燻らせるバラム。

 だが、エリムが聞いた報告と違う点が一つある。


 彼はまだ、『権能』や『憑纏』を扱えない。

 とても脆く、とても危うく――これ以上ないほど容易な敵だった。


「……あれっ?」


 バラムの口から、疑問の声が漏れる。

 灰色の少年は唐突に、


(あれっ、けんおちた。ひろわなきゃ)


 真っ赤に染まる視界の中で、バラムは自分の右手を凝視する。


「あれっ、?」


 右手にあるはずの五本の指が、三本欠けていた。残っている中指と薬指も傷だらけで赤に塗れ、ぬるぬると血を溢していた。


 痛みとは、危険信号。

 限界を知らせる警報アラート。それが無くなれば……人間は自分の異常に気が付くことが出来ないのだ。

 

 頭部に五回の刺突。

 四回は頭蓋に阻まれ、五回目で頭蓋が割れ、破片が脳へと到達。


 右半身に二十三カ所の裂傷。

 左半身に七カ所の刺突痕。

 

 皮膚が破れ、肉が裂け、骨が砕けても、動き続ける。


「すでに、人間ではありませんね」


「ああッ! はぁあああ!!」


 左腕で月喰を拾い上げ、乱雑に振るわれる逆袈裟斬り。

 タイミング、態勢、速度共に最悪なそれは、簡単にエリムに躱される。


「悪の芽は潰す。たとえ、ここで散ろうとも」


 エリムの双刃は、寸分違わずバラムの両目を刺し穿つ。


「あがっ……?」


 衝撃に首を反らし、膝をついて呻くバラム。

 短剣を引き抜くエリムは、まだ幼い子供のその姿に顔色一つ変えない。

 だが……。


「あなたたち崩人クズレビトの思想は、わかります。天使は時に、人を殺す。しかしそれ以上に、人を救うのですよ」


 少数を斬り捨て、大多数を救う。その機構が、天使。


「一を捨てて十を救う。私はその十側の人間でした。だから、恩を返すのです」


 決して、相容れない。

 いくら時間が経とうとも手を出そうとしない『死骸漁り』に鼻を鳴らし、骨人たちの侵攻を部下たちに任せ、エリムはバラムを見下す。


「『正義』とは大衆を守るもので、『悪』とは大衆を脅かすもの。天使を殺そうとするあなたたちは、大衆からすれば『悪』そのもの」


 自分たちの元を去った先輩エンダークと重なる少年の心臓に――双刃を突き込んだ。


「多分、君からすれば私も天使も……君を脅かす『悪』なのでしょうね」


 どさり……。

 顔から地面に倒れ込んだ。

 少年の身体から吹きこぼれた血の海が粘性の音を立てて、彼の死を教えた。


「状況終了」




 エリムに付いた傷は、腕と頬に付いたかすり傷二つ。

 それを撫でながら、エリムは女と目を伏せる猫獣人アルセントに目を向けた。


「……『七人目』、死亡確認。これより厄災級の魔物との戦闘に移ります。遺書は書いてありますのでご心配なく」


『武運を祈る』


『できるだけ情報落してくれよ』


「……善処します」


 魔玉での通信を終えると、彼女は短剣の血を払った。


「やはり魔物はわかりません。この少年に力を貸しているのかと思えば、ただ見ているだけとは。拍子抜けもいいところです」


「ほう。人間の中でも、貴様の強度はいと高いようじゃな。——阻め」


 女の声に、骨人がエリムに群がる。

 それを塵を掃くようにいなし、砕きながら、エリムは無躯への疾走を始める。

 十、二十……着実に、確実に数を減らしエリムはどんどんと無躯へと距離を縮めていく。


 追いついていない。

 無躯がスケルトンを蘇生する速度と、エリムがスケルトンを討伐する速度は――エリムがわずかに上回っていた。


「く、くふ……でびゅー戦がこれとは、骨が折れるのじゃっ」


「魔力供給による蘇生、やはり厄災級の魔物は規格外ですッ」


 魔力を供給することで蘇生ができる魔物など聞いたことが無い。

 生物にとって魔力は必須。しかし、魔力を与えたからと言って生物が生き返ることなどあり得ない。

 つまりこれは、このスケルトンたちの不死性は、王たる『死骸漁り』にある。

 恐らく『死骸漁り』のが――――。




「————?」




 エリムはふと、思い当たる。

 その可能性に、心臓が粟立った。


 エリムの速度に、蘇生速度が追いついていない。それは間違いない。

 何故なら、スケルトンの蘇生速度がからだ。

 つまり、王である『死骸漁り』からスケルトンへの魔力の供給が遅れているということだ。


 ではなぜ、遅くなっている?


 思い当たる可能性は一つだ。

 ――別の事象に、魔力を使っているからだ。


「……やられましたね」


「——師団長ッ!!」


 後方から怒号のように響く部下からの警報。

 「わかっています」。その言葉がエリムの口から吐き出される寸前。




「——だから言ったにゃ。死んでても、お前はなんかするって」




 間一髪で身を捻ったエリムの左の脇腹を――月喰が切り裂いた。


「躱すのかよ」


 身体を跳ねさせ高速で後退したエリム視界に映るのは――全快状態の灰色の少年。


 エリムの胸中を埋め尽くすのは……絶望の予感。


「……魔物に魂を売ったと言いましたが、訂正します。あなたはすでに魔物そのものです」


「あっそ」


 確実に頭蓋を砕き、眼窩を貫き、肉を裂き、心臓を破ったはずだ。

 それは幻覚ではなく、現実だ。


 単純な話だ。原理はスケルトンと同一。

 

 この少年が、スケルトンたちと同じように『死骸漁り』から魔力の供給を受けているのだ。


「蘇生が可能なほどの治癒効果を持っている魔力を有する個体、ですか」


 エリムは、『死骸漁り』が厄災級の魔物と呼ばれる由縁を理解する。そして同時に、それを利用しようとしていた上層部の汚らわしさに吐き気すら覚えた。


「近づかず、触れもせずに魔力を供給するのは不可能。つまり、魔力的な繋がりを構築しているということです。――あなた、魔物に下ったのですか?」


 冷たい殺意を込めた視線を、バラムは淡々と受け止める。

 エリムの質問に答えたのはバラムではなく、無躯だった。


「馬鹿を言うな。我に下ったとしても、我が人間に魔力など供給するものか。——吸い上げられてるんじゃよ、我は被害者じゃ。この、殿のな」


「あ、る……」


 冷静を貫いていたエリムの思考が、停止する。

 バラムを蘇生するために、スケルトンの蘇生を遅らせていたのではない。

 

 彼に吸い取られている分、スケルトンを蘇生したくてもできなかったのだ。


 つまり、『死骸漁り』を殺さなければ、この少年もまた『不死』。


「——悪食が。厄災級の魔物すら喰らいますか」


「こうするしかなかったんですって……僕だってあなたたちの被害者だ。いまさら健常者ぶるなよ。僕からすれば簡単に人を殺そうとするあなたたちの方が異常だ」


 吐き捨てた少年は、血だらけの髪を鬱陶しそうにかき上げた。


「——言っておきます」


 襲い来る覆面たちをいなし、エリムを睨んだバラムは、苛立ちを隠さない。


「僕は天使を、


「……は?」


「それどころか、あなたたちも悪ではないし、自分を正義だとも思ってない。僕はただ――生きてるんです」


 遠くを見つめる彼は月喰を握り、手甲をかちりと動かす。


「一を捨てて十を助ける。合理的で、災害などに対しては最適解だと僕も思います。天使の機構がそうである以上、僕はその存在を否定できない。少なくとも悪と断定するべきものではない。天使に救われた人間がいるから、それを敬う人間がいるのも理解できる。あなたたちのことです」


 ビリビリと、魔力が揺れる。

 エリムはこの感覚を知っていた。


 崩人クズレビトが発する、魔物の気配。


「総員……退避準備」


「でも、天使やあなたたちが捨てる一の中に――アニムがいる」


 パキリ。

 少年の腕は、『権能』を纏い、灰化する。


「この世界に『正義』や『悪』なんて存在しない。あるのは『』だけだろ?」


 白光が昇り、口端から蒼炎が漏れる。


「あなたたちや天使にとって、崩人ぼくたちは都合が悪い。だから悪。だから消すんですよね? これが正義ですか、面白いですね。正義感が強くて大変結構です」


 痛みも感じず、死なず、権能を扱う崩人クズレビト


 第六師団生還の望みは、ここに絶たれた。


「僕にとってあなたたちや天使は悪じゃない――『障害物』なんです。僕はただアニムと生きたい。戦わなくていいなら戦いたくなんてない。でも、そうはいかないんです。だって……あなたたちの都合はいつか、ただ生きてるだけの僕とアニムを殺すんだ」


 少年を襲ったのは彼らだ。

 奈落に落したのは彼らだ。

 天使を扱うのは彼らだ。


 彼らが、をこうしたのだ。



「これはお互いの都合の押し付け合いです。僕もあなたも変に言葉を弄する必要なんてない。要するに――邪魔、なんだ」



 ここに、バラムは成った。

 天使に仇なす、怨敵として。



「第二ラウンドと行きましょう。ほら――殺してみろよ」




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