隷属と相対

「……そろそろか」


 地下空間に反響した微かな音に、僕は顔を上げて辺りを見回す。

 目当ては僕の武器である月喰だが……見当たらない。


「僕が持っていた剣は知らないか?」


 王に訊くが、白々しく肩を竦めるだけだ。


「我が用があるのは人間の身体だけじゃ。不要なものは捨て置いたのではないか? 真に有能な臣下たちじゃ」


 周りのスケルトンたちは王に褒められたからか、カラカラと骨を鳴らしてざわついている。

 そんなスケルトン事情は僕には関係ない。つまり月喰は僕たちがこいつらに襲われた昇降機前あたりに残っているということだろうか。

 まぁ……それなら問題ないか。


「王、付いてこい。地上に出る」


「ほう。さっそくか」


 先ほど僕を睨みあげていた表情から一転。王は光景を映さない瞳を輝かせて手を叩いた。

 すると、スケルトンたちはザッ……と王に向かい跪いた。


「留守を頼むぞ」


『————————』


 眼下に並ぶ無数の骨人たちは静かに王を仰ぐ。

 満足げに頷く王は、羽織った襤褸切れのローブを大仰に翻した。


「僕が言うのもなんだけど、結構あっさり離れるんだな。かなり執着してるように見えたけど」


「こやつらは全員、我の指先じゃ。我が魔力を持っていれば死ぬことはないし、仮に死んでも我が生きている限り無限に蘇る」


「……規格外だな。厄災級の魔物はこれだから怖い」


 質はそこそこだけど、補って余りある量を誇るスケルトン軍を殲滅するには王を殺さないといけない……か。単純だが、やはり物量は戦いにおいて最上級の脅威だ。

 いや待て……それなら。


「王、目的地までこいつらを連れて行こう。多分、人間も大勢来るはずだ」


「む。……確かに、点々と降りてきているな」


 王がくいっと指を曲げると、スケルトンたちは立ち上がりぞろぞろと曲刀を構え始めた。


「——逝け」


 瞬間、スケルトンたちは弾かれたように走り出す。王の一言で獲物たちへと向かったのだろう。物音が聞こえた方向から考えて、スケルトンたちの向かう先に昇降機があるとみて間違いなさそうだ。


「便利だな」


「有能と言え、痴れ者。我の臣下たちであるぞ」


 不機嫌そうに口を曲げた王は、「……して」と切り出した。


ぬしが我を化かした……この『隷属』について、我は深く知りたい」


 剣呑な雰囲気で静かに問う王。

 

 隷属。

 相互扶助である『契約』との違いはいくつかある。しかし本質的には、この二つの行為に大差はない。両方とも、『魔力的な繋がりを作る行為』に違いはない。


 まず、『契約』は二者のに魔力の管を繋ぐ。そうすることで、互いに魔力を供給し合ったり、互いの位置や状態を把握したり……他にも様々なメリットが存在する。

 必要なのは互いの合意と、

 これを聞けば、精霊と契約できるアニムの化け物具合が理解できるだろう。


 つまり、契約者と精霊の関係は対等なのだ。

 条件を満たす人間は極めて稀で、歴史上全員を数えても両手で足りるほど。


 しかし、隷属はそうじゃない。

 まず、隷属には条件が無く、難しい工程は一つしかない。ただ、一方の魔力を一方の心臓に結び付ける。それだけだ。


 しかしこれが、とても難しい。

 どれだけ魔力操作に長けた人間であっても、自分の魔力を他人の身体の奥底に注ぐことはできない。

 ではどうするのか?


 目的を決め、期限を決め――

 中空で魔力を繋ぎ合わせるのが契約ならば、身体の中で魔力を繋ぎ、その結合点を心臓に案内させることで『隷属』の工程は終了だ。


 つまり、隷属にも実質的なが必要になるのだ。

 両者の協力が無ければ完成しない隷属。

 それが利用されるのは、主に奴隷や捕虜に対してだ。


 身寄りもなく、後先の見えない子供。

 金銭的に追い込まれ、奴隷に身を落とすしかない人間。

 拷問で思考能力を奪われた捕虜。


 隷属を受け入れるしかない。そんな人間たちにしか、隷属という行為は行われない。


 当然だ。隷属するとわかっていて他者の魔力を自分の心臓に繋げるバカはいない。

 

 この世界において親は子に三つのことを教える。


 魔物に近づくな。天使を貶すな。隷属するな。


 義務のように、隷属のシステムと危険性について教え込まれる。

 教育機関でも、耳に胼胝ができるほどに言い聞かせられる。


 常識なのだ――人間にとっては。


 知能があり、言語を用い、魔力があり……しかし致命的に人間を知らない王にだから、僕はこれを敢行できた。


「普通の契約では不満だったか? 我を信用できないと?」


「ああ。僕が信用してるのはお前の力だけだ。お前は賢い。僕が騙されないとは限らないだろ」


「というと?」


「ただの契約に、強制力はない」


 これが、『契約』と『隷属』の最も大きな違いだ。

 契約は互いの力を増幅させ、強化する。だが、行動に関して一切の強制力はない。


「お前が価値を感じてるのは、使だ。それ以外にない。お前が他の人間に手を出さないと、何故断言できる? 地上に出たお前を縛る鎖はいくつあっても足りない」


「獣が獲物を喰うのは自然の摂理じゃ」


「だから縛った。猛獣に首輪をつけるのは当然だ」


 それだけじゃない。

 こいつがもし、地上で天使を殺す方法を見つけた時、価値が無くなった僕は確実に殺される。

 将来の自分の価値を担保できない僕には、契約なんて危険なことをするつもりは毛頭なかった。


「我が、ぬしの計略を見破っている可能性は考えなかったのか?」


 訝し気に訊いてくる王に、僕は会話を思い返して答える。


「契約っていうのは同程度の魔力量を有する二者の間でしか構築できない。当然、差があるお前と僕とじゃ不可能だ。でも、お前はそこに引っ掛かる様子が一切なかった。だから僕は、お前は契約の仕組みを知らないと予想できた」


「……それが、我の演技である可能性は?」


「だったら、お前の勝ちだったよ。潔く死んでた」


 最後の最後まで、僕の博打は続いてたわけだ。それどころか、そこへの一点賭けと言ってもいいくらいだった。

 本当な気持ち悪そうな顔で僕を睨む王は、引き気味に口を尖らせた。


「……命が惜しくはないのか?」


「命を惜しんで天使を殺せるなら、全力で縋りつくけどね。そうじゃないから仕方ない。それに、僕の命より、お前を隷属することの方が価値があったから」


「く、ふは……道中も愉しめそうじゃよ、主殿あるじどの


「飽きられたら文字通り終わりだ。隷属したままでも満足してもらえるように頑張るよ」


「安心せい。ぬしを殺す時は、心底愉しんで屠ってやろう」


「そうか……でも——」


 これだけは言っておかないと。


「——僕の大切アニムに手を出したら、僕の持てる全てを持ってお前を殺すよ。できるできないじゃない。僕が死ぬまで、お前を殺せるように努めるよ」


「————くはっ! 恐ろしい、げに恐ろしいよ。ぬしの言葉は重いのじゃ。肝に銘じるとも」


 王は顔を伏せ、襤褸切れのローブの細く裂いた。

 それを頭部に巻き、目隠しでもって黄金の瞳を覆った。


「どうした?」


「先から眼窩に妙な感覚があってな……こう、なんじゃ……ああ、これが痛みか。主殿から貰った、人間の端くれ」


 瞬きもしていなかった目にゴミでも入ったんだろうか。王は襤褸切れで覆った目を上から撫でて満足そうに歩き出した。


「——無躯ムクじゃ。そう呼ぶが良い、主殿」


「……ああ。天使を殺したら、お前のことも殺すから……それまでよろしく、無躯」


「良い良い。それまでは、我がぬしの牙じゃ。——血肉をおくれ。人の皮を被った、獣様けものさまよ」





■     ■     ■     ■





 第六師団、奈落潜行開始からほんの数歩。


 地上の警戒を『第三師団』と『第八師団』に任せたエリムは、部下たちに哨戒を命令して数歩で立ち止まった。


「これは……」


 エリムの足下に転がっているのは、真っ白な刀身が剥き出しの剣。奈落の薄暗い中であっても純白の輝きを放つ魔剣だった。

 怪訝にそれを見つめるエリムの傍らに立っていた覆面が、「師団長」と声を上げる。


「私の目が正しければ、これは目標が所持していた剣かと思われます」


「確かですか?」


「間違いないかと」


「……回収を」


「はっ」


 命令すれば、覆面の一人が魔剣を拾い上げて防刃布をそれに巻き付ける。


「痕跡を中心に捜索を」


「了解」


 エリムは部下たちに指令を下しながら違和感に脳裏をくすぐられる。

 鬼灯が生還したことで落下死の可能性は極めて低い。微量の血液が残っているが、致命傷に成りうるものではないだろうこともわかる。


 恐らく周囲に死体は無いだろう。

 しかし移動した可能性はほぼない。この奈落において武器を捨てるのは自殺行為だ。自分の意思で移動したのなら確実に剣を持っていくはずだ。


「運ばれましたか。総員、進行を」


 第六師団は、さらに深く奈落へと潜っていく。

 エリムは消失した『七人目』の行方に思いを馳せる。


 奈落に棲息する厄災級の魔物『死骸漁り』。

 大陸全土に根をはるダンジョンの主。一部にしか知らされていないその個体は、徹底して生きている人間を避ける。

 その関係で、死体処理と罪人の処刑器具として扱う上層部の重役すらいる始末。


『人間を恐れているのなら、殺さないでいた方が便利』

『帝国で厄災級の魔物を


 厄災級の魔物一体であれば、帝冠やSランク冒険者が対応できる。

 最後の砦として、天使もいる。

 民の被害など度外視の上層部の結論は、いつ聞いても頭が痛くなるほどの利己主義の塊だ。


 数十年の安寧に胡坐をかいた人間たちは、ヒエラルキーの頂点に居座る感触に溺れている。

 しかし、そんな傲慢を裏付けるように『死骸漁り』は地上へは出てこない。


 いつからか彼らは、勘違いをしていたのだ。

 人間が、自分たちが、自分が――厄災級の魔物を管理しているのだと。


 暗いダンジョンの中で捜索を続けること、どれくらいたっただろうか。


 カラっ……。


「警戒」


「はっ」


「——進みなさい」


 音がした瞬間、一も二もなくエリムはそう指示を出す。

 死骸が落ちてきたと勘違いしたスケルトンが集まるのは通常運行だ。時間が経ってスケルトンが何体か死ねば、第六師団が生きた人間であると理解して渋々引き下がっていくことだろう。


「——師団長ッ!」


 そんな第六師団の空気を裂いたのは、一人の裂帛の声だった。


「視認数、五十を超え――未だ増加中で、ずぉっ」


 声が、埋もれる。


「——排除しなさい」


 エリムは部下の死に顔色一つ変えず、号令と共に二本の短剣を逆手に走り出した。

 行われるのは、蹂躙だ。

 覆面たちは仲間の死体を盾にスケルトンの群れの攻撃を躱しながら、どんどんと首を刎ねては進行する。

 

「——ふッ!」


 一息でスケルトンの三つの首を砕いたエリムは広い空間を縫うように蛇行しながら、速撃で骨人の群れを破る。

 速度は上がり続ける。

 第六師団はエリムの死角を埋める陣形を整えながら、五十以上を数えるBランクほどの強度を誇っているスケルトンを瞬く間に殲滅した。


「——状況終了」


 短剣をしまったエリムは、部下に問う。


「戦死は?」


「五十七名中、三名」


「間引きに丁度いいですね。この程度の魔物に後れを取る人間は、崩人クズレビトになど到底かないません。このまま進行を続けます」


「了か——ひぎゃッ?」


「ッ!?」


 奇声を発した部下から咄嗟に距離を取ったエリムは、その部下の様子に眼を剥いた。

 足下に転がっていたスケルトンが、蘇生していた。その手に握る曲刀が、覆面の膝を貫いているのだ。


「——総員、待機」


 エリムは、脳裏の違和感が痛みに変わるのを自覚した。

 その痛みの名は、焦燥だ。


 スケルトンの蘇生は、奈落では別段珍しくない。

 骨人の王たる『死骸漁り』を殺さない限り、雑兵たちにもまた死はない。

 だがその蘇生速度は――に比例するのだ。


 討伐してから……二十秒以内の蘇生。そんな事例は、過去一度もない。




「——うじゃうじゃと、気色悪いのじゃ」



 焦燥は、心臓へと至る。

 発汗で危機を訴える身体を疎ましく思いながら、エリムは思考を切り替える。


 脱出、最優先。


「総員、臨戦態勢。生還の望みは、捨てなさい。死力を尽くせ」


『了解』



 そして――一人の覆面がゆっくりと足を踏み出した。





『不測の事態の後、僕の死体を見たら、情報を持ち帰ることに専念してくれ』


『でも僕の死が確認できなかったら……お前はずっと僕を信じてろ』



「言われなくても、信じてるにゃよ。死んでても、お前はなんかするにゃ」


「——それは過大評価だよ」



 覆面は先ほど回収した魔剣を――バラムに渡した。



「ただいま。初めまして――ちゃんと、生きてますよ」


 エリムは盛大に顔を歪め、忌々しく舌を打った。




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