険悪と二人目

 まず、アニムの胸中に溢れたのは歓喜。

 面倒ごととしか思っていなかったヴェーム大森林での実地演習に護衛として現れたのは、ダズリルで別れた親友バラム。

 アニム以外の全員から侮りの視線を受けている彼は、そんなものを気にすることなく変わらず優しそうな笑みを浮かべていた。

 

「アニム、バラムとは……」


 アニムの傍でそう囁いたレヴァノは、誰よりも敵愾心を含んだ視線を彼に向けていた。

 それはレヴァノに限った話ではなく、彼に対する視線はどれも友好的とはとても言えないものだらけだった。

 ユディアとは違い覇気も無く、それどころか姓も無い平民。風向きが良いとは言えないだろう。

 

「そ、それでは……演習を開始する」


 アヴェル教授の号令で学徒たちはそれぞれ行動を開始する。

 だがアニムはぴたりとその動きを止めていた。


「ア、アニム……?」


 レヴァノが呼びかけても、時が止まったかのように微動だにしない。

 アニムの視線はやはりバラムに向けられ、それに気付いたバラムが小さく手を上げた。


「…………」


 しかし、アニムはふいっと顔を背けてバラムから視線を外した。

 そんなアニムの反応に、周りからはバラムに向けて小さな嘲笑が起こる。

 傍から見れば今の反応は、美少女に袖にされた哀れな少年に映った事だろう。


 実際には、アニムは今すぐにでも飛び出していきたい衝動をぐっと堪えていた。

 学園では落ち着いた姿を見せているアニムが観衆の面前ではしゃぎ始めたとしたら、バラムに対して何か特別な感情があるのかと邪推される可能性がある。

 そんな幼い羞恥心がアニム自身も不本意な行動を取らせたのだ。


 だが、それだけではない。


「ねぇ」


 突然動き出したアニムは、学徒たちを見下すように見回していたユディアに声を掛けた。

 いつもよりもほんの少し温度を失くしたアニムの声は不思議と学徒たちの耳に届き、その足を止めさせる。


 アルヴァリム貴族始まって以来の鬼才ユディアと、魔術師の歴史において大きな分岐点となると目されている天才アニムの邂逅。

 皇女レヴァノは二人の会話に期待を込めた目を向け、教授のアヴェルでさえも固唾を飲んで見守る中……ユディアは重く口を開いた。


「……なんだ」


 鋭く凛としたユディアの声音は、すでに大貴族に匹敵する威容を誇っていた。

 アニムはそれに怯むことなく、ほとんど囁くようにユディアにだけ言葉を投げる。


「さっきからさ、バラムのことチラチラ見てるね。気になる?」


「……貴様、あの愚物と知り合いか?」


「ボクが質問してるんだよ? 答えてよ」


「ふざけるな。まず名を名乗れ無礼者が」


 ユディア・シン・ガルアード。

 アニムはその名前をバラムの手紙で知っていた。

 バラムの同門の公爵令嬢。しかし彼からの手紙によれば関係はあまり良いとは言えないはずだった。


 だがアニムの目にはそうは見えなかった。

 意図的にか無意識か。ユディアは度々バラムの様子を窺うように視線を彼に向けていた。

 バラムに注がれる侮ったような学徒たちの視線を忌々しそうに眺めながら、いらいらした様子で剣の柄を幾度も叩く。

 バラムが学徒たちに舐められていることにわかりやすく嫌悪を浮かべる彼女は、不機嫌さを隠そうともしていない。


「初めまして、アニムだよ。バラムの一の友。


「——……ほう。ユディア・シン・ガルアード。貴様の友とやらの同門だ」


「ただの同門……友達じゃないんだ?」


「アレとか? 馬鹿を言うな、アレは自律式訓練人形だ」


「私の? はははっ、笑わせないで、君のじゃないよ。だ」

 

「友を自称する癖に所有権まで主張するか。傲慢だな」


「君に言われたくないな。バラムを人形だなんて……みんなが近くに居なかったら怪我しちゃってたよ?」


「貴様がか?」


「君がだよ。バラムに視線を向けないでくれ、イライラする」


 小さな声で交わされる会話が聞こえるのはレヴァノのみ。だがその険悪さは遠巻きに様子を見ているだけでも伝わっており、学徒たちは二人を取り巻く不穏な空気に身を震わせる。


「あ、あのっ……アニム! そろそろ……」


 そんな空気を変えたのは勇気を出したレヴァノの言葉だった。

 はっ、と我を取り戻したアニムは目に湛えていた黒が取り払われ、いつもの澄んだ青の瞳に戻る。

 だが心につかえた何かに引きずられるようにぎこちなく自分が担当する班に振り返り、アニムは口を開く。


「ご、ごめんレヴァノ。……じゃあ、みんな! アニム班、出発するよ!」


 いつもの調子を取り戻したアニムに安堵した学徒たちは胸を撫で下ろしながら力強く頷き返した。


 そんなアニムに、ユディアはもう一度剣の柄を叩いた。




■     ■     ■     ■






 アニムに無視された……っ!?

 僕は小さく上げた手を絶望と共に下げた。


 あぁ、死にたい。僕なんかしたっけ……?

 手紙の返信忘れてないし……言われた通り便箋の枚数も増やして文字数も増やしたし……何でだ……。

 周りから集まる注目や嘲笑なんて気にも留まらない。そんなのは一度目でとっくに慣れてるし。

 でも、アニムからの無視は相当効く。あー、やばい、体調悪くなってくるわこれ。


 今も、アニムは初対面であるはずのユディアと至近距離で何かを喋っている。

 楽しそうだなぁ……僕も久しぶりに喋りたいなぁ……。


 そんなことを考えながらも、視線を学徒たちに滑らせる。

 学徒は、どこかで見たことがあるような者たちばかり。それもそのはず、僕も一度目では王立学園に通っていたのだから。

 アニムと僕は、一度目ではこの実地演習に参加していない。時期的にもう一つ後のものに参加していたからだ。

 一度目より早くアニムが聖都に来た影響だろう。


 僕の気がかりなのは、三つ。

 まず一つは、学徒の一人、第四皇女レヴァノ・アル・アルヴァリム。

 一度目では行方不明の幻の皇女として歴史に名を遺した彼女が消息を絶ったのは、このヴェーム大森林。

 それも、王立学園の実地演習での出来事だ。

 この実地演習には、何かがある。僕が先生に今回の警備の話を聞いた時に二つ返事で了承したのはこの事実を知っていたから。皇女の事件にアニムが巻き込まれないとも限らないからだ。


 そして二つ目は、今回の担当教授、アヴェル・ナーロ。

 彼も、一度目では皇女と関係のある有名人だ。


 ――皇女誘拐に加担し、国家転覆を狙った大罪人アヴェル。

 大した証拠もなく、現場に居合わせたというだけで民衆の怒りを治めるために処刑された人間だ。

 皇女の身を守れなかった責任を取らされたのかもしれないが、それは僕の知るところじゃない。

 彼が本当に誘拐に加担していた可能性も存在している。

 出来るだけ彼から目を離さないように見ておく必要はあるだろう。


 そして、三つ目。


「——ウル班、出発」


 言葉少なに、感情の起伏を見せない雪の精。

 ウル・フロスト。

 彼女の言葉に一も二もなく追随する学徒たちは、彼女を守るように陣形を組みながら森へと入って行く。

 彼女たちに僕を気にした様子はない。頼れる戦力としては期待されていないようだ。


 そんなウルは、班の後方についた僕に振り返る。


「——ついて……来るの?」


「ああ、護衛だからね」


「敬語を忘れるなよ平民」


「貴方は手を出さないで、見ているだけで結構よ」


 馴れ馴れしい僕の言葉に、学徒たちは厳しい言葉をぶつけてくる。

 ウルは黄金の瞳を細め、値踏みするような視線を僕に向けた。


「……あ、そ。守って……あげないよ?」


「大丈夫。守るのは僕の方だし」


「……へー」


「この……っ!」


 不遜な僕に憤ったように声を荒げようとした学徒たち。

 だがそれを止めたのは、ウルだ。


「……いいよ、ほっとこ」


「で、でも……」


「……はやく、行こ」


「わ、わかった」


 不満そうにもう一度僕を睨みつけた彼らは、ウルに続いて森に入って行く。

 あいつらの扱いはこんな感じで良い。僕が平民である限り、貴族……特にその子供たちとは相容れない。無邪気な選民思想が親から刷り込まれているからだ。


 そんなことより、僕はもうすでに将来の片鱗を見せている『ウル・フロスト』を眺める。


 ——思ったより、早く会えたな。


 が一人、ウル・フロスト。

 僕が知る限り、最凶の才能タレントを持つ少女だ。





―――――――――――


 ハーレムタグ付いてないから大丈夫だと思いますが、今回のように本作のヒロインたちはバラムを分け合う気はありませんのでご了承ください。バラムの胃がボロボロになるさまを楽しんでいただければ幸いです。

 





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