護衛と知識

「キキィッ!」


「……ッ! 火炎魔術フレイム!」


 木々を掻き分けて現れたマエテに学徒の一人がそう唱える。

 彼の手の中には湧き出でるように魔力が集まり、橙色に色づく。

 唱えてから三秒、魔術の炎の装填が完了する。

 

 次に、彼は炎を別の形に変形させようと魔力の操作を行う。だが、そんな悠長にマエテが待ってくれるはずもない。


「キギャァアアッ!」


「ッ!?」


 驚いた男子学徒は中途半端な形状に留まった炎を放出した。

 Gランクのマエテに対しては充分な威力を持ったはずの魔術。だが制御を誤った魔術は威力、速度共に半減されてマエテに衝突する。


「ギッ!? ァァァアアアッ!」


 激昂したマエテは叫び散らしながら鋭い爪を鳴らす。


「ひっ……!」


光弾魔術バレット!」


「グッ――!」


 腰を抜かした男子学徒をフォローするように他の学徒が準備していた魔術が射出され、直撃したマエテは魔玉へと変じた。

 僕は剣の柄に添えていた手を離し、後方から辺りを警戒する。


 先程の学徒のように、攻撃魔術の行使は『充填』と『操作』と『放出』の三工程で出来ている。

 魔力を溜め、形を固定し、射出する。

 基本的に魔術構築は充填と放出の工程で出来ているのだが、攻撃魔術の場合、間に操作を挟むことによって威力と速度を増すことが出来る。

 例えば炎の形を剣に固定することで殺傷能力は大きく上がるし、弾丸にすれば速度が大幅に加算される。

 王立学園に入学できる者ならこの三工程は習得しているものが大半だ。だが実戦ともなれば、いつもはできていることが出来ないのは当然。

 実戦でもいつものように魔術を行使出来ていたアニムが規格外なだけだ。

 まぁそうでなくてもアニムの魔術構築の速度は異常なのだけど。


 森に入ってから少し、僕が護衛をするウル・フロスト班はこんな風に課題をこなしていた。

 一人一人に課された課題は能力に合わせて違う。攻撃魔術の才能タレントを持っている学徒には『Gランクの魔物討伐』の課題。防御魔術の才能タレントを持っている学徒には他学徒への魔術行使の課題……などだ。

 決まりとして、交戦はGランクの魔物のみ。Fランクの魔物と相対した場合は手を出さずに護衛に任せるなどの制限もある。 

 課題を完了した学徒は、アヴェル教授から受け取った魔宝玉の色が赤から青に変わる。

 ウル班の十名の学徒の内、現在三人が課題達成済みだ。

 将来の四騎士であるウルは森に入ってから続けざまに十体の魔物の討伐に成功して、達成済みの三人の中に入っている。流石という他ない。

 他の学徒は『三体討伐』や『魔術の行使三回』などの課題が多い中、『魔物十体の討伐』が課題にされている彼女の評価の高さが窺える。


 幸いFランクの魔物との遭遇もなく比較的平和に進行する演習に僕の出番はない。

 現在ヴェーム大森林にはガルアード家の精鋭である騎士たちが哨戒しているため、Gランク以外の魔物は彼らに討伐されているのだろう。

 「こいついる?」的な視線を受け流しながら、ずかずかと森を探索する彼らの後を続く。


 そして少し経った頃。

 慌ただしく鳴るカチャカチャという金属音が耳をついた。それは騎士が履く鉄製のレギンスの音だ。

 すると、別の異音が僕の鼓膜を叩く。


「キュロロロロロロ……ッ!」


 鳴き声と、バサバサと不気味な紫の翅が空気を打つ音。

 Fランクの魔物、蛾型の『アシッドモス』がウル班の上空に姿を現した。


「いたぞ! こっちだ!」


 数名のガルアード家の騎士が遠くでそう叫ぶ。どうやらこのアシッドモスを追いかけてきたようだ。

 騎士たちはウル班を視界に捉えると少し焦ったように血相を変えた。


「皆さま、お逃げください!」


 丁寧な言葉だがその語気は強く、学徒たちは異常事態に気が付いた。

 だが一歩遅い。アシッドモスはどうやら僕たちを獲物と認識したように、胴体をぶるぶると気持ち悪く震わせる。


「キュロッ……オォォオロロロロロ!」


「ッ!」


 しかし、即座に二人の学徒が臨戦態勢を取った。

 その二人は、ウルに続いて課題をクリアした学徒だ。


「だ、大丈夫だっ! さっきまでの戦いを思い出せ!」


「アシッドモスってFランクでしょ? 落ち着けば問題ないわ」


 危険なほどに楽観的に魔術を装填する二人。

 だが、それは魔物を舐め過ぎだ。

 ウルは二人を止めようと口を開こうとするが、間に合いそうもない。

 なら。


 瞬間、僕は灰狼のアギトを抜き放ち、地を蹴った。

 ガルアード家の騎士と目が合うと、その中の一人が安心したように叫ぶ。


「——バラムくん! 頼んだ!」


 加速。


 まず、アシッドモスの生態を知らずに魔術を放とうとしている二人の手首を握り、魔術の構築を阻害するために魔力を流す。

 すると完成間近だった魔術は制御を失って、霧散した。


「なっ……!」


「あんた何すんの!?」


「……ふーん」


 二人の怒りの籠った声と、ウルの感情の読めない声。

 だがそれらに構っている暇はない。

 二人の手首を乱暴に離し、上空のアシッドモスとの距離を測る。

 木々の高さとアシッドモスの動きを読み、僕は迎撃の疾走を開始する。


 そして、一歩。

 速度、推進力、慣性を損なわないように勢いのまま地を蹴って跳躍。

 

 二歩。

 背の高い木を蹴って反転。宙を舞うように高さを増し――――。

 

「キュロォッ!?」


 身体を震わせるアシッドモスの頭部を刺突する。

 胴体と翅を傷つけないように剣を捩じれば、絶命の手応えが伝う。


「ギュっ――――」


 さらさらと空気に溶けたアシッドモスの身体から零れた魔玉を取って、着地を成功させる。

 うん、上手く行った。


「な……」


 絶句する学徒たちの視線を受けながら、騎士たちにアシッドモスの魔玉を預ける。

 アシッドモスの魔玉を転換してできるのは毒属性のある細剣のため、僕には使い辛いものだし。


「いや助かったよバラムくん」


「打ち漏らしてしまってね。かたじけない」


「いえ、やっと護衛らしいことが出来ましたので」


「バラムくんがいてくれて良かったよ。お嬢様だったと思ったらゾッとするからね……」


 冗談めかして笑う騎士たちはもう一度学徒たちに深く詫びてから哨戒に戻って行く。

 やけに静かになった学徒たちに振り返れば、先程の二人は不機嫌さを隠そうともしない表情で僕を睨んだ。


「手柄を横取りとは……平民には誇りがないようだ」


「ガルアード家の騎士方にへつらう姿、滑稽だわ」


 嫌味ったらしくそう言う二人はこのままじゃ納得してくれ無さそうだ。


「横取りってわけじゃない。この演習はFランク以上の魔物と交戦禁止で、その討伐は騎士と護衛に任されてるからね。それに……あのままじゃ危なかったし」


「危なかっただと……?」


「私たちの魔術を見ていたでしょう? あの程度の魔物なら……」


 怪訝そうに口々に不満を漏らす彼ら。

 ウルは口を挟まずに成り行きを見守っている。たぶん、彼女にはあの行為の危険性がわかっているのだろう。


「FランクとGランクの魔物には結構な隔たりがある。Gランクは獣の上位互換だけど、Fランクからは正真正銘の魔物だ。アシッドモス。あの魔物がFランクの理由は、反撃型の酸性鱗粉アシッド。胴体と翅を傷つけると、広範囲に人体には危険な鱗粉を撒くんだ」


 二人の充填した魔術は、明らかにアシッドモスの胴体に向かっていた。あのまま放たれていたら、学徒たちに大量の鱗粉が降り注いでいただろう。

 二人は顔を顰め、それでも引っ込みがつかないように言い募る。 


「そっ、そんなのは知っている! 魔術の狙いは頭部だった!」


「これだから平民は……」


「……そうか。それは余計な真似を」


 形だけでも頭を下げれば、彼らは溜飲を下げたように、気まずそうに歩き始めた。


 正直魔術師である僕には彼らの魔術の指向性、行く先が見えるのだが……それは言わないでおこう。

 この経験があれば、これから無謀な真似はしないだろうからな。


 だが他の学徒からの視線は、ほんの少し柔らかくなったように感じる。

 何人かは、小さく礼を告げてきた。

 会釈を返しながら、僕は剣を納めて歩き出す。


 ――ウルの不気味な視線を受け続けながら。

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