反応と処遇

「……?」


 鬼灯さんが休んでいるらしい部屋に向かう途中。

 ガチャリ……と書庫の扉が緩慢に開いた。出てきたのは、食事でもとろうとしたのか、かなり疲れた様子のギンさん。目の下の隈がすごい。

 そんな彼女はゆっくりと視線を上げ、通りがかった僕と目が合った。

 そういえば、夜に書庫に行くって言ったままだったな。


「ギンさん……すみません。帰りが遅くなってしまって……」


「……ほぁ」


「ほぁ?」


 かなり間抜けな声を上げたギンさんは、虚ろな目に光を取り戻しながら僕の周りをくるくると回り始めた。

 

「あの、ギンさん?」


「……約束は、明日に持ち越しで良いよ。なにせギンたちには、明日があるからね」


「? は、はい、ありがとうございます」


「ギンは寝る」


 いつも通りマイペースに書庫に戻るギンさんを見送り、僕はどうすればいいかわからず立ち尽くす。

 疲れてそうだったけど……機嫌はよさそうだったな。

 ギンさんの思考を読もうとしても徒労に終わることはこの二カ月の付き合いでわかっている。そういう人なのだ。


 ギンさんに対する諦観を抱きながら、僕の足はある一室の前で止まった。


『——止めないでくださいッ!』


 唐突に部屋の中から聞こえてきた叫び声に、思わず肩が跳ねた。

 鬼灯さんの声……。

 対して、その声とは別の、窘めるような声が二つ。


『鬼灯ちゃん、落ち着いて』


『嬢。儂らには待つ以外の選択肢はない』


 エトゥラさんとラウルグラムさんが、落ち着いた口調でそう言うのが扉越しに聞こえる。

 恐る恐る扉を開けば、二人を見上げて苦しそうな顔で声を上げる鬼灯さんが視界に飛び込んできた。


「行かせてください! 私はこのまま……二度も誰かを犠牲にして生き永らえるわけにはッ……わけ……には……」


 鬼灯さんの視線が、徐々にずれ、二人から僕へと移った。それに比例して声がしぼんでいき、


「……バ、バラム……さん……?」


 茫然と呟いた鬼灯さんにつられるように二人も僕を振り返り、三者三様の反応で出迎えてくれた。


「ッ! バラムくんッ! きゃーっ、なにエンくんってばひどいんだからっ! ちゃんと無事じゃないっ! 良かったっ、良かったわ~!」


 エトゥラさんは目を見開いた後、涙で瞳を輝かせながら僕の両手を優しく包み、


「……坊は、世界に好かれておるな」


 ラウルグラムさんは目を細め、感慨深げに僕に向かって頷いた。


 硬直した鬼灯さんは、まるで幽鬼のような足取りで僕に近づき、その両手で僕の存在を確かめるようにぺたぺたと頬に触れてくる。


「あの、鬼灯さん?」


 そう問いかけた瞬間。


 鬼灯さんは、ふっ、と気を失った。

 倒れ込んだ鬼灯さんを、ラウルグラムさんが咄嗟に支え、僕に目を向ける。


「……心労が祟ったのだ。嬢は罪悪感と共に生きているような子。お前に逃がされたことがよほどの辛苦だった、ということだ。少し休めば、起きるだろう」


「……そうですか。怪我はないん、ですよね?」


「坊のおかげでな」


「なら良かったです。起きたら、また謝りに来ます」


「バラムくんが謝ったら、逆に鬼灯ちゃんを苦しめてしまうわ。いつも通りに接してあげて、ね」


「わ、わかりました」


 二人に頭を下げ、部屋を出る。

 そして、


「……無躯、そこでなにしてる?」


 廊下の影でこちらを窺うようにこそこそしている女の影にそう声を掛ける。

 当人はなぜかそわそわと落ち着かずに、びくっと身体を揺らした。


「主殿、これからどこへ?」


「これから……? 風呂に入って、装備の整備をして、寝るけど。あ、無躯については明日にでもちゃんとみんなに紹介するから」


「ほ~……こっちに行く予定はないかのう?」


「こっち……?」


 無躯が指差すのは、ちょうどエンダークが向かった方だ。

 そっちに、なにかあるのか?

 ……嫌な予感がする。


「お前……なにかしたのか?」


「くふふ、さあ?」


 口元に弧を描きながら白々しく首を傾げる無躯の横を通り過ぎ、僕は足早にエンダークの下へと歩を進める。


 すると、


「——エリムッ!」


 開け放たれたエンダークの部屋から、そんな声が聞こえてきた。

 そこで僕は、自分の失敗を悟る。


 駆け付けた部屋の中には、


「せん、ぱい……? あれ?」


 しっかりと目を開けた騎士の女と、唖然と膝を突いたエンダークの姿があった。



「く、くふふっ。主殿、随分と慌ててどうしたのだ?」


「無躯……お前」


「む? 娘が蘇ったのがそんなに不都合か? 面倒か? 大変かぁ? く、くふふっ」






「——いや、使


「——はぇ?」



 僕は即座に、思考を始めた。


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