不穏と目標
明くる日のガルアード邸修練所。
先生の合図から始まった通算十度目を数えるユディアとの模擬戦は、やはり一進一退の攻防を演じている。
「……!」
「ふっ!」
以前まで通っていた牽制を掻い潜られたり、逆に前までは追いつけなかった速度に身体が付いて行ったり。
だが僕が適応する様子を見せた瞬間、ユディアの縮地が電撃を帯びた。
バチッ! と、強く弾かれたユディアの足裏が彼女の身体をトップスピードの一つ上の速度まで押し上げる。
こうなると僕にできるのは迎撃ではなく、回避一択。
これまでの解析と経験を織り交ぜた予測を瞬時に組み立て、剣が突き出されるであろう場所から身体をずらす。
しかし、光速で迫るユディアは――急停止。
僕の行動を見てから咄嗟に勢いを殺し、僕の回避先を潰すように剣を横に薙いだ。
僕の行動を、見た。
ユディアもまた、僕の行動を予測して剣を繰り出すようになっていた。
迫る訓練剣は、そのまま雷撃を帯びたままの速度で僕の首に押し当てられた。
当たる寸前、剣に纏っていた『
意図的に魔術を中断する技術まで身に付けていると来た……彼女の才能には本当に恐れ入るな……。
「……お手上げだ」と微笑めば、ユディアは自慢げに鼻を鳴らした。
「そこまで」
先生の言葉で剣を下ろしたユディア。
これで模擬戦での勝敗は、三勝七敗。剣で彼女に食らいつけている、と言えば聞こえはいいが、僕としては彼女との実力の差を痛感する結果だ。
だというのに、ユディアの表情は晴れない。彼女の視線の先は、僕の左腕。
「……なぜ、それを使わない」
袖に隠れた僕の左腕は、指先から肩までを覆う黒の手甲が装着されている。
これは黒羊の魔玉から生成した武具だ。
「……剣の訓練で
● ● ● ●
『黒羊の無念』
使用必要条件:【崩腕】所持者。
黒羊の魔獣の魔玉より生成。
腕を覆い、凶刃から使用者を守る手甲。
黒羊の暴虐を受け止めた者にさらなる暴力を。
・『
・『
● ● ● ●
前『白狼の月欠け』と同様、普通の武具とは比べ物にならない性能を秘めた純黒の手甲。
いろいろ書いてあるけど、簡単にまとめると……。
『この手甲は物理耐性が高くて、左腕の
『さらにこの手甲に物理、魔力問わず衝撃が加わった場合、その衝撃を僕の魔力に換えられます。その魔力を使って、威力を増した攻撃が一回だけ撃てますよ』
『おまけにこの手甲が触れた物質に『
こんな感じだ。
使いこなせれば強力に違いない。
これを訓練で使うのはあまりにも……と思っていたのだが。
「舐めている……わけではないのはわかっている。だが、不愉快だ」
ユディアは悔しそうに顔を歪めた。
持てる手段を使って鍛錬に臨むユディアからすれば、出し惜しみを続ける僕は気持ち良くないだろう。
「ごめん……でも、剣の訓練で手甲を使っても、僕の剣は成長しないと思うからさ」
「……いや、良い。それも一理…………ある」
以前よりほんの少し……本当に少し柔らかくなった物腰でユディアは言葉を飲み込んでくれた。
僕たちを静観していたカイン先生は仲裁無しでも引き下がったユディアに目を丸くしていた。
「別の面でも成長したってことかね」
「わかったような口をきくな剣帝。これは成長ではなく譲歩だ。こいつは言っても聞かんからな」
「譲歩できるようになったのが成長だって言ってんだよ。……剣以外でもバラムの影響受けてんなぁ」
「……殺すぞ」
「あとはその棘だけだな」
先生はにやけながらユディアをからかい続け、彼女の機嫌が悪くなっていくのを眺めていた。
師匠と弟子というより仲の悪い兄妹のように見える。
一頻りユディアをいじり終わった先生は、「そういや」と手を打った。
「バラム。昨日魔術教室なかったろ?」
「ああ、はい。アニムとウルが王城で用があったみたいで。なんでも、最近王城が騒がしかった原因に関係があるって……。だから、振替日としてこの後アニムとウルがガルアード邸に来る予定です」
そこまで説明すると、先生は鷹揚に頷いて訓練所からでも見える王城を指した。
「昨日、王城には俺も呼ばれたんだが……ありゃ王城が落ち着かないわけだ」
「な、なにがあったんですか……?」
僕だけでなく、ユディアも耳を傾けている。
先生は口の前に指を立てながら、囁くような声で言った。
「——精霊がお忍びで王城に訪問してきたんだよ」
僕は瞠目した。ユディアも口を引き結んで目を細める。
精霊とは。
人間の廃棄魔力から生まれる『魔物』と正反対に位置する、聖なる生命体である『妖精』の上位種。
世界の純正魔力が凝固して生まれる妖精。その姿や行動は不安定で、意思や知性がほとんど存在しないその生命体が、長い時間を掛けて知能を確立した存在を『精霊』と呼ぶのだ。
人間と同等以上の知能や魔力を無限に生成するといった性質を持った天使よりもよっぽど崇められるべき存在だ。
今世界で確認されている精霊は全部で六体。
その中の一体が、アルヴァリムの王城に訪れたのだという。
それは騒がしくなるだろう。かの大帝国であってもお祭り騒ぎになるに違いない。
「だからアニムとウルは昨日王城から出られなかったのか……」
「ああ、あの嬢ちゃん二人は『精霊の寵愛』を受けるに値する天才だからな。昨日は顔見せで、これから認めてもらおうって段階に入るんじゃねえか」
『精霊の寵愛』。
それは魔術師が求めて止まない、外付けの魔力器官だ。
精霊に認められた魔術の天才が受け取ることのできる、精霊の庇護下の証。
アルヴァリムの賓客である二人がそれを受け取れば、アルヴァリムの皇族にとっても世界に誇るこれ以上ない偉業だろう。
それに、あの二人が受け取れなかったら誰が受け取れるんだと言ってしまえる程の才が二人にはある。
でも……精霊が人間の国に入るなんてことはほとんどないはず。
一度目でもそんな話は聞いたことが無い。
「先生……その精霊……様は一体なんでアルヴァリムに……?」
「ん、ああ……それがいまいちわからなくてな……」
次の瞬間、困ったように首を傾げた先生が発した言葉は、
「——時間が巻き戻ったとか……なんとか? よくわかんねえけど、人を探してるんだとよ」
「じ……かん、が……」
何故か指先が冷え、頭が真っ白になった。
そして次の言葉が僕の口から吐き出される――直前。
「——バラムッ!!」
訓練所に、切羽詰まったアニムの声が鳴り響いた。
パタパタと服の裾を揺らしながら走るアニムの顔は、普段の穏やかな様相を一切見せていない。
「アニム……? どうしたんだ?」
「アニムの嬢ちゃんらしくねえな」
ユディアも怪訝そうにアニムを見る。アニムが醸し出す不穏さは、彼女にも充分に伝わったようだ。
走りながら叫ぶアニムは、時間が惜しいように早口で説明を始めた。
「——街で覆面の男たちを見たんだっ、バラムを襲った奴ら!」
それだけで、僕らは異常性を感じ取った。
しかし、アニムの説明はそれだけに留まらない。
むしろ――そこから息を切らしながら、アニムは僕を縋るように見つめた。
「ウ、ウルってまだ来てないよねっ?」
「ウルが……どうしたの?」
「——いないんだよっ、どこにも! 昨日の夜を最後に……誰もウルを見てないっ……勘違いならそれでいいんだけどっ、あの覆面と関係あるかもって思ったら……!」
ウルが……いない?
「どういうことだ……」
先生は、表情を険しい面持ちに変えて呟いた。
覆面の男たち。
森で僕を襲った奴ら……まさか、僕が巻き込んだのか?
あの森で襲われた時に僕といたのはアニム、ユディア、ウルの三人。
その中で戦力的に一番低いウルを狙った……とか……?
じりじりと僕の足が動き出そうとする。
考えが至らない状態で動くのは危険すぎる。覆面たちの目標が僕だった場合、僕が動くのは奴らの思うつぼだ。僕はまた、判断を間違えることになる。
だ、だったら……。
「せ、先生……!」
「ああ、俺が動く」
そう言ってくれると思ったカイン先生を見上げた時。
重なった。
先生と、エンダークが。
『簡単だ。天使は普段、
……あ、れ?
思い浮かんだのは、エンダークとの会話の一幕。
なんで今……これが思い浮かんだんだろう?
「じゃあ、俺は――」
「——待ってッ!!」
「……バラム?」
動き出そうとする先生を大声で制止する。
なんだ……何の違和感なんだ、これは。
必要なのは天使系の
——……『
「————……ぁ」
覆面の狙いが僕……それは、大きな間違いだったんだ。
狙われてたのは僕じゃない。
あの森での襲撃は、前準備に過ぎなかった……!
気が付けば僕は、走り出していた。
「先生ッ! 何も聞かずに付いてきてくださいっ! おね――」
「あたりめぇだろ! 走りながら聞くっ、全速力で走れ!」
胸中に溢れる場違いな感謝を押し込めながら、僕は走り出す。
聖都の、大聖堂に向けて。
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