精霊と帝国

 精霊。不可侵かつ稀少なその存在の恩恵に預かりたい勢力はアルヴァリムだけではない。

 アルヴァリムに精霊が近づいているとの報告があったことは、精霊が聖都に到達する数週間前にはすでに各国の上層部に知らされていた。 

 彼らが目指すのは、自国の人間が『精霊の寵愛』を賜ること。

 誰もが欲しがるその称号を得るために、国同士での牽制、交渉の結果、アルヴァリムへの入国を許可されたのは――。


 が誇る、若き兄妹だった。

 『精霊の寵愛』とは、年月をかけて成長する器官。そのため、受け取る人間は若ければ若いほど適性があると言われている。まだ才能タレントを受け取ったばかりの兄妹が選ばれたのは、そういう背景も存在している。


 だが兄妹が選ばれた理由は、なによりその実力。

 世界で最も大きな国の中で最高峰の成長株であることが一番の理由だ。




「ここが、アルヴァリムの王城……か」


 金髪の少年が王城を見上げてぽつりと溢した。

 感嘆が混じった声音だが、さして驚いてはいないようだ。

 それもそのはず。大帝国の首都、『帝都』に聳える帝城はこの比ではない程巨大であるため、その大きさに見慣れていた少年は城の大きさよりもその白亜の様相に息を吐いた。


 一足先に馬車を降りた少年を追うようにして、二人の人影が王城への道に続く。


「——ジャック。あまり一人で先に行かないように」


「あっ、ご、ごめんなさいお師匠……!」


 ゆったりとした口調で少年を窘めるのは、ローブと魔女の三角帽を被った女性。

 静謐な雰囲気と聡明な光を翠玉のような瞳に浮かべる彼女の特徴は、その長い耳。

 エルフ。

 長寿と美貌で有名な種族の彼女は、深緑の長髪を一つにまとめ、尾のように揺らしながらジャックと呼んだ少年に近づいた。


 そんな彼女を追い越してジャックに駆け寄った少女は、勢いよく少年の裾を引っ張った。


「兄さん! 危ないから一人で行かないのっ!」


「ご、ごめんねアリス。精霊様に会えると思ったら……」


「もう、聖都は危険なのよ! 兄さんを狙う女が犇めいてるんだから!」


「アリス、俺まだ十三だから……そういうのはまだ早いから」


「関係ない! 気を付ける!」


「は、はい……」


 兄妹というには力関係が真逆に見える二人は、正真正銘の兄妹。

 兄と同じ金髪と、揃って端麗な容姿を持った二人に、周りからは微笑まし気な視線が注がれていた。


「二人とも。仲が良いのは良いことだけれど、目的を見失わないように」


 「ほら」と二人の背中を押したエルフの女性に、ジャックは慌てて歩調を早めて、アリスは裾を持って引っ張られるように後に続いた。

 向かう先は、王城内部。

 騎士たちはエルフの女性を見ると、肩を跳ねさせて姿勢を正した。


「お待ちしておりましたっ!」


「お、お通りください!」


 すれ違う騎士たちや使用人たちも緊張感を張り付けながら彼女を見送る。

 その様子に、ジャックは目を輝かせた。


「さ、流石お師匠!」


「あまりこの様子に憧れて欲しくはないんだけれど……」


「に、兄さんっ、速く歩く!」


 ほんの少しの敵愾心をエルフの女性に向けるアリス。兄の背中を強く押すアリスに、彼女は仕方なさそうに苦笑を浮かべる。


 三人が騎士たちの案内に連れられて辿り着いたのは、本来他国の王族や大貴族が招かれる豪華な一室。

 部屋の前には、第三皇子カームと第四皇女レヴァノが立っており、三人を認めると礼節を持って出迎えた。


「本日は――」


 そんな社交辞令を、ジャックは恐縮しながら、アリスは退屈そうに受け止める。


「私が国王の代理を務めさせていただき、面会を開始させていただきます」


 カームがそう言うと、騎士たちが部屋の大扉を開けた。

 招かれるままに歩を進めると、三人の前に見えたのは天蓋付きの寝具。

 

「——あれ、今度は違う子?」


 たった一言。

 部屋は静まり返り、息苦しさにジャックとアリスは浅く息を吐いた。

 そんな中で、エルフの女性はゆるりと天蓋から垂れる幕を開く。


「久しぶり、『精霊マナ』」


「おや……その声は?」


 エルフの女性が精霊に呼びかけると、精霊は興味を持ったように幕から顔を覗かせた。

 ジャックが見惚れる前に、アリスは彼の掌を強く抓った。

 覗いたのは、蒼の髪をベッドの上に広げた女性。その身体の髪先から爪先に至るまでを魔力で生成した人ならざる神性、精霊だ。


「あぁ、セラシュ! 久しぶり!」


「マナも元気そうで何よりです」


 エルフの女性——セラシュは、精霊マナがベッドの上で飛び跳ねる様子に頬を緩めた。


「あれ……でも、セラシュにはもうアタシの……寵愛?はあげてるからもう渡せないよ?」


「いえ、今日は私ではなく……この子たちへ」


 身を引いたセラシュは腕を伸ばし、並んだ二人を示す。

 二人と精霊マナの目が合った瞬間、カームやレヴァノ、騎士たちの呼吸も止まる。

 ひどく長く感じた沈黙の後、マナは「ほー」と頷いた。


「うん、素質はあるんじゃない? 渡せると思うよ」


 その言葉に、アルヴァリム側は「おお!」と色めき、ジャックは胸を撫で下ろした。アリスは当然だとばかりに兄に目を向ける。


「わかってるとは思うけど、すぐにってわけには行かない。これから受け取る基盤を作らなきゃいけないけど」


「わかっています。あなたからその言葉を聞けた場合、聖都に留まるつもりでしたので」


「ならよかった。……でも」


 マナの視線は、寸分違わずジャックを射抜く。

 それを遮ろうとアリスが間に立つが、ジャックより背が低いアリスではその視線を完全に遮ることはできない。


 そして、


「——君、魔術系の才能タレントじゃないね。それでも、アタシの寵愛でいいの?」


 魔術を司る精霊マナ。

 しかし、その寵愛を欲しがるジャックの才能タレントは魔術系ではない。

 だが、


「はい! 俺は――魔術師になりたいんです」


 ジャックは、才能タレントの方向性と違う努力を重ねている。

 アルヴァリムの王城の人間は、その情報にまたも声を上げた。

 しかしセラシュは、ジャックを後押しするようにマナに目を合わせる。


「この子の才覚は私のお墨付きです。剣も魔術も……恐ろしい話ですが、同年代の子たちとは比較にならないでしょう。ですがこの聖都には、この子と同年代の天才が集っている。神童アニム、才媛ウル、鬼才ユディア……この子の土壌を伸ばすのに、あなたの寵愛と聖都の環境……すべてが合致しているのです」


 セラシュは、手放しでジャックを褒める。


「それに、ここには剣帝カインがいます。ジャックの剣を育てるには、彼の教導も必要ですので」


 すべてを聞き終えたマナは、参ったように舌を出した。


「剣帝カインとの弟子ってこと? ふざけてんなぁ……」


 天を仰いだマナは、「でも」と窓を指した。

 つられて視線を移したセラシュは――異常な魔力の質を観測した。


「これ……は」


 大聖堂から上がる聖白の魔力反応。

 そこに向かうのは、馴染みのある剣帝の気配。


 そして、並列して走る――あまりにも異質な魔力反応。


「アタシのお気に入りもいるんだ。その子の同年代に敵がいないなんて……言わせないぜ?」






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