複製と降臨
ガンガンと痛む頭に視界を眩ませながら、ウルの意識は覚醒した。
脳を叩く痛みは、絶え間なく注がれる鐘の音によってその大きさを増す。
「気が付いたようだな」
「……っ」
ウルは喉からせり上がる悲鳴を押し殺す。
彼女の首に当てられている凶器は、いますぐにでもウルの命を刈り取ることが出来るはず。不用意に騒ぐのは悪手だと、少女の聡明な思考は判断した。
ウルが目だけで辺りを見回すと、自分が大きな椅子に座らされていることに気付いた。
石造りの玉座。そんな感想が浮かぶほど立派な椅子だ。文句があるとすれば、石で出来ているから座り心地は最悪なことだけ。
背もたれは長い年月を感じさせるように崩落しており、見る者におどろおどろしい印象与えるだろう。
「おはよう、最重要点。ウル・フロスト。天使の複写機よ」
ウルにそう話しかけるのは、森で見た覆面の男たちの中の一人。その男には、ウルから見て首の右側に剣で裂かれたような傷がついていた。
森で襲撃を受けた時の状況を説明した際にバラムが言っていた。その中のリーダーのような男に傷を付けたのだと。
森でバラムを襲ったのはこの男に間違いない。
だが。
「では、始めよう」
身体に力が入らない。
首には凶器。
ウルの力でこの状況を打破するのは不可能に近い。
「あれを見ろ」
男が手で示すのは、ウルと同じように石の玉座に座らされた二人の少年少女。
神官が着るような法衣で身を包んだ二人は気を失っているのか、ピクリとも動かない。
その二人に、覆面たちが近づいた。その手には腕輪が握られており、徐に腕輪を二人に装着する。
「起動」
男が言った瞬間、二人の子供の表情が歪む。
苦悶を浮かべる二人に近づいた男は、カタカタと鳴る腕輪を見つめ――
「聖都を襲え」
そう口にした。
———————————。
音というよりは耳鳴りに近い高音が空間に反響する。
ウルは激しい頭痛に苛まれながら、その光景を目撃した。
二人の子供が――黄金の粒子に変わって霧散したのだ。
ウルの言葉は出なかった。
どこからともなく集まってくる白銀の粒子が、巨大な影を作り出していく。
「——アー」
女性の歌声のような。
「キィィイイイ」
管楽器を鳴らしたような、美しい鳴き声。
「見たまえ――アレが天使だ」
馬鹿げている。
アレは、『獣』だ。
ウルの目の前に現れた二つの影。
歪な球体を象った桜色の肉塊。肉塊には紙屑で造ったかのような不格好で巨大な二枚の羽が縫い付けられている。
その肉塊がバックリと縦断され、ぎょろッと眼球が放つ視線がウルを射抜いた。
空を飛ぶ巨大な眼球。それが二体。
ビチビチと音を立てて赫い涙を流す眼球。地面に落ちた涙はジュゥ……ッと落ちた場所を溶かした。
「なるほど。姉弟であると呼び出す姿も同じものになるのだな」
どこか感動したように溢した男は、そのまま手を振った。
直後、二体の天使は飛び立った。部屋の天井を破壊し、地上へと飛び出した。
『聖都を襲え』。その令を果たすために。
唖然とするウルに、男は再び声を掛けた。
「……さて、時間だ。最重要点」
ウルの首にあてがわれた剣が、ゆるりと押し込まれる。
プチッ。薄皮が切られる音が耳朶を打つ。
血の流れる感覚が、嫌に明瞭に感じられた。
「ひっ……」
喉が引き攣る。
まだ子供のウルに堪えられる恐怖ではない。
「——今の現象を『模倣』するがいい。拒否権は、ない」
言った男は、傍らに立っていた覆面の一人の――首を刎ねた。
噴き出る鮮血が、ウルの頬を撫でる。
「言っておくが、俺は簡単に人を殺すことができる。たとえ君であってもな」
それをウルに教えるために、仲間を殺した。
その異常性にウルの身体からの体温が逃げていく。思考が絞られ、生気が削られていく。
ダメだ。絶対に。
頭はそう喚く。
だが次第に涙が流れ、恐慌が脳を縛っていく。
「断れば死。だが受け入れるならば心配するな。俺の令を執行した後、君はまたここに戻ってくることが出来る。君を害するのは、俺の本意ではない」
震えながら、少女はその言葉に縋る。
死への恐怖は何者にも勝るのだと、ウルはそう痛感させられた。
「ィ……『
充填は必要なかった。
まるで全身から魔力が抜けていく感覚。眠りに落ちるような感覚に、ウルはひどく息を荒げ、男を見上げた。
覆面で隠れた彼の表情はわからない。だがその声音は、確かな喜色に満ちていた。
「——七人目の
——ぁ。
「だめっ……! まってっ――」
「おやすみ、ウル・フロスト」
少女の身体は、黄金に溶けた。
「——ウルッ!」
少年の声に、涙を流しながら。
■ ■ ■ ■
「立ち入りは禁止していたはずなのだが」
辿り着いた大聖堂。
立ち塞がる覆面たちを押しのけて入ったそこには、見覚えのある傷を付けた男が立っていた。
「それに、随分と早いな。剣帝まで同伴とはこれまた都合が悪い」
森で会った時とは違い、鷹揚に話し続ける様子はあまりにも不気味だった。
何よりも焦燥を感じさせるのは、ウルの消失。黄金の粒子となって消えた彼女の安否だ。
「……バラム。ウルの嬢ちゃんは……」
先生は剣を構えながら、声を低くする。
でも、
「まだ……大丈夫だと思います」
今のウルの姿を見て、僕は言う。
大聖堂から飛び出していった謎の生物も気になる。あれもきっと碌なモノじゃない。
だけど、『コレ』以上とは思えない。
「ああ、美しいな。ウル・フロストが天使の
純白の四足獣。
キラキラと雪結晶を纏う空気は、冷ややかに空気を凍てつかせる。
その背に生えた羽……いや、翼は正しくお伽噺の天使のようなソレだ。
天使系の
一歩、遅かった。
でも、すべてが遅かったわけじゃない。
「天使を斃せば、呼び水となった
先生の表情は暗い。道中で説明できたのは、僕が
きっと、何もかも呑み込めていないだろう。
それでも、
「今は、信じるぜ。エンダークじゃなく、お前をな」
その言葉に、剣を握る手に力が籠った。
「やれるか、バラム?」
聞かれるまでも無いだろう。
「——ぶっ潰します。僕はあの人たちが心底嫌いなので」
出し惜しみは、ナシだ。
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