威力と戦線

 鳴かない。

 巨大ではないが、突き出た爪や簡単に人を噛み殺せそうな牙を持つ凶暴な見た目に反して、天使の四足獣はただ静かに僕を見つめ続ける。

 その双眸に込められているのは当然友愛などではない。

 僕が動いた瞬間、アイツは動き出す。本当の獣のように獲物の出方を窺っているんだ。


 折りたたまれた翼。天使から発される重圧の正体はあの翼が原因だ。

 完全なる魔力体。アレが開かれた時、天使の権能が発揮される……そんな嫌な予感がびりびりと脳を焼く。


「外も気になるが……こいつを外に出すのが一番まずいな、こりゃ」


 先生の言う通り、僕たちが気にするべきなのは聖都じゃなく、この天使のみだろう。

 もちろん、心配していないと言ったら当然嘘になる。

 僕の脳裏には、アニムの姿が何度も想起されていた。

 そんな僕の様子に気が付いたのか、先生はニヤリと僕を見下ろす。


「お前が外を気にすんのは三年早いぜ」


「——無駄話はそこまでだ」


 だが直後、覆面たちが走り出した。

 僕ではなく先生に向けて陣形を組み、四方八方から襲い掛かる。僕を襲った時とはまるで練度が違う。覆面たちの中でも手練れの集まりなのだろう。

 しかし先生はたった一本の剣を握り締める。


「悪ィけど、まだ話させてもらうぜ。教えられるときに教えとかねえとな」


 まるで後ろにも目があるかのように、子供の相手をするように覆面たちの攻撃をいなし、あしらう。

 降り注ぐ剣撃を防ぐのではなく躱し、後に出来る隙を狙い斬獲。

 無駄がないどころか、剣士の理想形。激しく動く必要すらない、強者の戦い方だ。


「バラム、聖都は大丈夫だ。精霊と……あと多分、一人『帝』もいる。嬢ちゃんたちも大丈夫だろうさ」


 四足獣の天使とに睨み合う僕を集中させるための言葉なのだろう。

 剣帝である先生がそう言ってくれるだけで安心感が桁違いだ。

 でも……それでも、微々たる不安は拭えなかった。


「……天使……あれがそう呼ばれるモノであったとしたら、そうは言えないかもしれません」


「そりゃいったい?」


「天使は、崩人クズレビト以外の人間には極めて危険な生物。エンダークの言葉を簡単に言うとこうなります」


 人間に対して機能する権能の存在。それが僕を不安にさせる最も大きな懸念点。

 

「もし大聖堂から飛び出した影が天使だったら、急がないとまずいかもしれません」


 僕は懐から魔宝玉を取り出す。

 手早くそれを起動し、ただ一言。


「聖都が危ない。頼む」


『——はいよ』


 返事もたった一言。

 それだけで魔宝玉は砕けた。


 僕の言葉と一連の行動に、傷のある覆面が首を振った。


「すでに接触済みか……厄介な」


「……なるほどなぁ」


 覆面が初めて見せる忌々し気な仕草。

 先生は襲い来る覆面をいなしながら膝を打った。


「どうやら本当みてぇだな。自分で言うのもなんだが、剣帝が来たってのに余裕綽々だと思ってたんだ。相当その化け物に自信があるらしい」


 鼻を鳴らす男に、先生は挑発的に指をくいっと曲げた。


「——じゃ、お前の相手は俺ってわけだ。バラム、天使とやらは任せた。ここまで突っ走ったんだ、子供じゃなく戦力の一人って数えるぜ。七人目の崩人クズレビト


「……当然」


 突如、男がローブを翻し、剣を取り出しながら大仰に笑った。


「くくく……はははははっ! 崩人クズレビト……ねぇ」


 剣帝と相対しているというのに、傷の覆面の男はくつくつと肩を震わせる。

 嘲るような行動に、先生は目を細めた。


「『権能』も使えない崩人クズレビトなど、それこそ本当の魔物モドキに他ならない。少年、君では天使を殺せない」


 集中力は切らさず、じりじりと四足獣との間合いを測る。

 耳に入る言葉に、思わず舌を打ちそうになった。


 そうだ。エンダークによれば、崩人クズレビトが対天使に持つ大きなアドバンテージは『権能』と呼ばれる能力だ。

 まだそれを使えない僕は、天使の『権能』が効かないだけ。それだけでも有利ではあるけど……決定打に欠けるのであろうことは、覆面の男の態度で一目瞭然だ。


「——では、行こうか」


 男が先生に走り出すのと同時。


『——キュオオオオォォォォオオオッ!!』


 天に反響する美しい咆哮と共に、四足獣が駆けだした。






 地上を走るのではなく滑るように移動する天使は、高速でバラムに肉迫する。魔力を纏った突撃は、一瞬でバラムの視界を埋め尽くした。


「ッ!? がぁッ!」


 ――ドンッッ!!

 認識した瞬間、少年の身体は軽々と吹き飛んだ。

 地面から足が離れた感覚の後、背中を引っ張られるように彼は壁に激突する。


「はは……無様」


「——よそ見してんじゃねえぞ」


「っ!?」


 覆面の男が傷を撫でて哄笑した時、カインは気にも留めずに一閃。

 超人的な反応で剣を合わせた男は、ゆるく首を振った。


「……流石剣帝。弟子の一大事にも動揺ゼロとは……世界で最も人を殺した男は違うな」


 男は煽るように衝撃によって崩落した壁に埋まっているであろうバラムを嘆く。

 再び静かに潔白の翼を震わせる天使はじっ……とその場を動かない。


「——そんなにバラムが怖いか?」


「……なに?」


「だろうな。お前たちはいつも……崩人あいつらを怖がってる」


 ガラッ……。

 バラムが激突した壁の瓦礫が蠢く。

 土埃が晴れた時、覆面の男は――背筋がゾワッと粟立った。


 突き出された純黒の手甲。先ほどの衝撃を一点に受け止めただろうその左腕は――高密度の魔力が充填されていた。


【『衝撃変換チャージ』率:12%】


「——……『衝撃返還インパクト』……ッ!」


 瞬間、膨れ上がる。

 その左腕が、握られた。

 銃の撃鉄を引いたような。

 大砲の火薬に火をつけたような。


 取り返しのつかない――破壊の気配。

 一撃で天使を殺せるものではない。それは確かだ。

 だが確実に、大きなダメージを負うだろう。


 それに、この大聖堂は……。


 男はカインの存在も忘れ、本能から叫んだ。


「そっ、その天使はウル・フロストだぁ! 友を――」


「——あのさ」


 少年に対しての覚悟を鈍らせる戯言。

 焦燥から口にした言葉は――。


「この化け物のどこがウルなんだよ――クソダサい覆面外してから、もう一回言ってみろ。……『白狼憑纏エンチャント・ホワイト』ッ!」


 身体に纏う白い魔力が速度を増し、手甲を覆う蒼炎が威力を増す。

 男が振り向けば、カインはもうすでに室内の出口で笑顔で手を振っていた。


「生きてたらまた会おうぜ。……それにしても……我が弟子ながら、躊躇ねえな」


「ぜ、全員――」


 退避。

 その言葉が放たれるより先に、崩腕が振り下ろされ――少年の怒号が放たれた。


「ぉぉぉおおおおああああああああああッ!!」


 極光が、目を焼いた。





■     ■     ■     ■




 突如現れた二匹の怪物。

 それらは聖都を飛び回り、逃げ惑う住民たちに涙を注ぐ。

 

「王城に避難してくださいッ! 学区内であれば学園にッ! 急いで!」


 拡声魔術スピーカーによって騎士たちの指示が聖都に鳴り響く。

 栄えある都市は、地獄絵図の様相を呈していた。

 弓や投擲、魔術など、様々な対抗手段で怪物を攻撃するが―—無傷。

 効かないのではない。ただ、傷口が残らない程の治癒を瞬時に行う、不死イモータル


 これこそが、天界ラノスガルドの尖兵たる『天使エンジェル』の権能だ。 




「あれは……」


 王城のバルコニー。

 喧騒を聞きつけた星主帝たちはその光景を見下ろしていた。


「お師匠っ! 俺たちが」


「ダメです。危険すぎます」


「大丈夫よ、私と兄さんなら——」


「——大人しく、していなさい」


 ジャックとアリスの無謀に、セラシュは冷たく言い放った。

 レヴァノやカームは騎士たちの指揮と対策のために王城を駆け回り、王城内までもが街と同様にパニックに陥る。

 そんな中、精霊マナはのほほんと怪物を見上げた。


「ありゃ……これまた厄介なのが」


「……私が出ます」


「そうだね、それが丸い」


 セラシュの言葉にマナが頷く。

 ジャックはいつにも増して真剣な師匠に生唾を飲み込んだ。



「んじゃ、俺が片方やっから、セラシュはもう一体な」


 軽薄に吐かれた言葉に振り返った星主帝は、愕然と目を見開いた。


「え……エンダーク……」


「あ」


 そして二人を遮るように、マナが声を上げた。


「——来た来た来た」


 そう呟いた瞬間。



 ——————————。



 轟音を立て、大聖堂が崩れ落ちた。





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