招待と評価
「ねぇ、お兄さん」
カチャリ。
集中していたのか、その音が耳に届くまで彼女の存在に気付かなかった。
ふわりと香る柑橘の匂いが否応なく意識を引っ張り、僕はいつの間にか隣に座っていた女の子に目を向けた。
黒の髪に一房だけ紫のメッシュが入った髪色。何が楽しいのか、彼女は頬を釣り上げて八重歯を見せていた。かなり若い、多分僕よりも年下だ。
比較的露出の多い軽装鎧で身を包み、腰には長剣と短剣の二振りの得物を下げている。冒険者だろうか。
ギンさんは変わらず唸りながら本に耽溺しているため、僕は小声で彼女に返す。
「僕ですか?」
「うん、そそ。……どっちかだと思う……不思議だけど、ちょっとしょぼいね、お兄さん」
「えっと……?」
僕とギンさんを見比べる彼女は、席を立ち、次いでギンさんの隣に腰を落ち着けた。
僕にした時を同じように瞳を覗きこみ、「ねえ」と声を掛けた。
「えっ、へっ?」
急に読書の邪魔をされたギンさん。顔を上げた時に見慣れない顔が映ったからか、身体を跳ねさせて僕の方に身を寄せた。
「な、なに……?」
「う~ん。魔力量、性質……あ、人間じゃないのか。たぶん君かな~っ」
すると得体のしれない少女は、爛々と目を輝かせてギンさんに一枚の硬貨を手渡した。
「これ、帝城への入場許可。明日のお昼、これもって帝城に来て!」
「あっ、あっ……えっ、む、むり……」
「だ~めっ。——皇帝陛下がね、お話があるって」
さらっと。
あまりにも現実離れした情報を口にした少女は、先程ギンさんが受け取った硬貨をまじまじと見つめる僕に挑発的な視線を寄越す。
「お兄さん、この硬貨気になるぅ? あっ、もしかして悪戯疑ってるとか?」
「……いえ」
帝城の入場許可。
一度目でアニムが受け取っていたのを見たことがある。多分本物だろう。
問題は彼女の正体と、皇帝が何の用でギンさんを訪ねたか……。
僕たちの目的を考えると、帝城に入ることが出来るのは願ってもない僥倖だ。
これは、僕一人じゃ判断できないな……。
「ど、どうしよ……?」
困った顔で僕を見上げるギンさんに、小さく頷いて返す。
「……まず、聞きたいことがあるのですが」
「え、用があるのはこの子だから、お兄さんは無関係だよ? でしゃばるね?」
あ、結構辛辣だなこの子。
鬼灯さんといい、最近年下に邪険に扱われることが多くなったことに若干のショックを受けながら僕は努めて冷静を保つ。
「でしゃばります。この招待は帝冠式と関係がありますか?」
「教えない。その権限、ないし」
なら、厳密には教えないじゃなくて教えられない、か。
この質問に答えられないなら他の質問もするだけ無駄だな。
「あなたの名前を教えてもらえますか? この子が帝城に行く場合、必要になる情報です」
僕がそう言うと、少女は「あー」と思い出したかのように手を打った。
「言ってなかったや。プルート、ねっ。よろしく~」
片目を閉じて明るい笑顔を浮かべる彼女の態度は、どうにもちぐはぐで掴みどころがない。
それに、プルートという名前はどうにも耳に残る。聞いたことがあるような……。
一度目の僕が聞いたことがあったなら、相当な有名人のはず。
目的を掴みあぐねて目を細めると、プルートと名乗った少女はこてんと首を傾げた。
「もしかしてお兄さん、まだ疑ってるのぉ? 正直お兄さんに疑われてもどうでもいいんだけど……」
ギンさんが僕の服の裾を掴んでいる様子に肩を落としたプルートさんは、面倒そうにもう一枚硬貨を取り出した。
「この子、このままだと来てくれなそうだし。はいこれ、私があげれる入場許可。この子にあげたのは陛下からのヤツだから、この子ほど自由には動けないし監視が付くけど……それでもいいなら付き添えば? どっちでもいいよ?」
プルートさんは机に硬貨を置いて、それを弾く。
僕の前でチャリっと跳ねた硬貨は、勢いを失くして止まった。
ニヤッと目を細めるプルートさんは、どうやら僕の神経を逆撫でしようとしているみたいだ。
でも、この話を蹴るのは旨くない。
「ありがとうございます。実は一度、帝城に伺ってみたかったんです」
「へー、あっそ」
微笑で感謝を口にする僕に、つまらなそうに口を曲げたプルートさんは、ギンさんに「またねっ」と手を振ると僕に舌を出した。
「弱いくせに自信がある人、プルート嫌いっ」
散々な評価に、僕はただ笑うことしかできなかった。
とりあえず、団長に相談しなきゃな。
できるだけ身を縮めて話を振られないように耐えていたギンさんの背中を撫でながら、軽い足取りで去っていくプルートさんを見送った。
まぁ、なんとも。
——やりやすそうな人だったな。
――――――――――
次回更新は月曜日です。
そろそろ再会が……お楽しみに。
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