皇帝と慧眼
『
建国から続く皇帝一族に継承され続けて来た、あまりにも特殊な
継承などという現象は、帝国の皇帝一族以外に例は確認されていない。
その効果は、実に不確実で曖昧な能力。
『その人物が、自分に利益をもたらすかどうかがわかる』というもの。
一見、力を見抜く観察系の能力のように見えるが、そうではない。
見抜くのは、力や性格ではなく、『個人の行動の結果』。
例えば、ある時代の皇帝の『
時の皇帝はその男を側付きとして特例で雇い、その一年後。その男は、帝城の宝物庫に保管されていた、対軍級の魔術が込められた魔宝玉を盗み出した。
男の正体は、冒険者崩れの盗賊だった。皇帝の『慧眼』で見出されたはずの男が、皇帝の利益を害する行動を取ったかのように見えたこの一例。
その二日後。男は死んだ。
死因は、魔玉とその中に込められた魔術の
容器以上の容量の魔術が込められていたため、魔玉が耐えられずに大規模な魔力爆発を起こしたのだ。
今の時代ほど魔宝玉についての見識が広まっていなかったその時代において、誰も気づくことのできなかった爆弾。それを、皇帝が見出した盗賊が盗み出し、結果的に皇帝の命、それどころか帝国の礎である帝城すらも守った。
つまり、皇帝の『
見出した者の中でも、特に力に秀でた人間を皇帝は代々『天将』として側に置いて来た。
「アポロ」
「はっ、ここに」
十界天将を束ねる頭目、『日界の騎士』アポロは、皇帝——ヴォーグルの招集に跪いた。
——皇帝の瞳は、爛々と輝き続けている。
アポロが“ソレ”を見るのは初めてではない。天将たちの頭目として、何でも目にしてきた。
皇帝の人生を左右するほどの可能性を秘めた人物を、『
「迎えよ。我が前に」
「名目は?」
「招待で構わん。可能ならば、我が臣下に迎えたい」
「交渉は?」
「任せる」
「御意に」
アポロは深々と頭を垂れ、純白に金の装飾があしらわれた鎧を鳴らす。
皇帝は頷き、その場所を口にした。
「——国立図書館。今はそこに反応している」
「……すでに帝都内に?」
「ああ。急げ」
「はっ、恐らく帝都には冥界が居りますので、すぐにでも迎えに向かわせます」
言うや否や、アポロは右手の手甲にはめ込まれた魔宝玉を起動する。
「王立図書館に
『えー……? あそこ辛気臭いしオタク多いし行きたくな~い』
「陛下のご命令だ。拒否権は無い」
『も~ぅ……はいはいはいはい……』
不貞腐れて通信を切ったプルートに頭痛を覚えるアポロは、皇帝に向き直った。
「お見苦しいところを」
「良い。アレの性格はわかっている。アレを見出したのも、我が慧眼だ」
「ありがたきお言葉。ご命令の遂行数では抜きんでたプルートの、唯一の欠点にございますね」
「優秀であるが故、性根も歪むだろう」
「言って聞かせます」
まだ幼い天将の末っ子に頭を痛めるアポロの姿に、皇帝は密かに口元を緩めた。
そして、自分の慧眼が捉えた反応に目を細める。
「……貴殿は、何者だ」
アポロにも聞こえない程の、ほんの小さな呟きは、まだ見ぬ分岐点へと向けられた。
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