闘争と本能
前回の感想で意図しない方向に流れていたので明言しておくと、
『原作のような予定調和がある世界観』ではありません。
本作は完全な異世界モノで、アリス側が異物になります
―――――――――――――――――
まず、一合。
大きすぎる歓声を切り裂くように鳴り響いたのは、耳をつんざくような衝撃音。
間髪入れずに剣を滑らせ、サタナの懐にユディアが踏み込んだ。
研ぎ澄まされた白銀の右薙ぎの一閃は、上半身を逸らしたサタナの軍服のボタンを一つ飛ばす。
「ちっ――ッ!」
「——ふッ!」
その直後、サタナとユディアの直線上から鬼灯の居合が放たれた。
ユディアは超反応で地面すれすれに伏せて鬼灯の一撃を躱し、サタナは逸らした上半身を勢いよく戻して刀に剣を迎撃する。
二人にとっての死角から飛び込んでくる鬼灯に、二人は各々の反応を見せる。
「協力してかかって来なさいよッ! なに諸共行こうとしてんのよっ!?」
「知らない」
「邪魔だッ」
次いで、ユディアは自分の頭上を通り過ぎた鬼灯の刀を弾いて体勢を立て直す。すぐさま豪速の刺突をサタナの喉めがけて撃ち込むも、ユディアの剣にすれ違うようにサタナは身体を前へと押し込む。そのままユディアの胴を蹴り飛ばし、サタナは流れるように回し蹴りを鬼灯へと放った。
左腕でそれを受け止めた鬼灯は――宙に浮いた。
「ッ!?」
「吹っ飛べッ!」
馬車に撥ねられたほどの衝撃が鬼灯の身体を貫いた。
何度か地面に身体を跳ねさせた後、鬼灯は辛うじて着地を成功させた。
「……くそ」
ビリビリと痺れる左腕を詰りながら、それでも鬼灯はギラギラと目を見開く。
「——憑」
『嬢、やめろ』
「……すみません」
浅く息を吐いていた鬼灯の脳裏に響くのは、ラウルグラムからの忠告。
舌を打って頭を振った鬼灯は、魔力を収めてサタナに向かう。
戦いを見るために集まった観客たちは、呆然と口を開け続ける。
依然として戦い続ける三人を中心にして、闘技場の中には波紋のように沈黙が広がっていく。
地面を叩く轟音、金属が削れる高音、鋭く裂かれる風音。それらが人々の鼓膜を揺らして止まない。
人の声など雑音だった。歓声など無くとも、三人の動きで空気が震えていた。
他の参加者たちも、自分たちの勘違いに気付いた。
彼女たちの戦いを見ている人間の中には、帝覇武闘の常連や人気の冒険者など多数存在する。
盛大な歓声を浴び、帝覇武闘を盛り上げた自負を持っている実力者も当然いる。
だが、そうではなかった。
本当の実力を持っている人間の戦いは、人々から言葉を奪う。
息を呑む。
呼吸を忘れる。
言葉を発する隙などなく、刻一刻と攻防が入れ替わる。
一般人には、理解すら及ばない闘争。
理解するが故に声を上げられない者。
理解できないが故に声を上げられない者。
もう誰も口など挟めなかった。
風圧と轟々と押し寄せる音の波に、闘技場は時を忘れていた。
■ ■ ■ ■
実質二人がかりのユディアと鬼灯。
協調性が無いながらも同時にサタナを責め立てながらも、彼女はそれを捌く。
土界の天将。
地上戦において、彼女は帝国最強の剣士で間違いない。
三者の思考が、それぞれに回る。
サタナはただただ二人へ賞賛を送る。
帝国最強などと持て囃される自分を楽しませる二人の実力は疑いようがない。
しかも二人は――奥の手を隠している。
それはサタナも同じだが、三人が三人全力を出したなら、帝国最強などという肩書は意味を成さないだろう。
その事実に気付いているのは、この場で恐らく自分だけ。
サタナはたまらないように胸を震わせた。
「あんたらァッ、あたしの部下になりなさいッ! 絶対後悔させないからッ!」
言いながら、全力で剣を振り下ろす。
その剣は、闘技場の外でそうだったように――再び二人によって受け止められた。
威力はその時よりも絶大だ。受け止めた二人の足下が割れ、瓦礫が跳ねる。
しかし、
「断る」
「お前、偉そう。嫌い」
「くふっ、クソガキども!」
そうしてサタナは、楽しそうに感情を爆発させた。
ああ、嫌いだ。
ユディアと鬼灯は、互いの動きにどうしようもない不快感を覚えた。
——似ている。
スタイルは違う。得物も違う。
だが、決定的に自分たちの動きが似ていることがわかってしまう。
それは、二人の意識に植え付けられた無意識。
『速攻と変容』という思考。
見切られることへの恐怖。
覚えられることへの嫌悪。
時間を掛ける事への焦燥。
まるで、同じ相手を見ているようだ。
だからこそ――ユディアと鬼灯は互いへの嫌悪を募らせる。
その場所に、先に手が届くのは自分だと。
自分を高める同門。
自分を救った恩人。
それを想う本能が喚く。
『私はお前が嫌いだ。私の方が強い』と。
つまりこれは、格付けだ。サタナに先に剣を届かせた方が、強い。
二人は睨み合う間もなく、再びサタナへの猛攻を開始した。
三人の闘争は会場が壊れ出し、運営からのストップがかかるまで終わることはなかった。
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