痛みと再会

 二日目。

 一日目は、ほとんどを先生の素振りの観察とその動作の必要性に関して理解に費やした。

 この辺は魔術の基礎と似ていて、実践よりも思考型の僕の性に合っていた。

 でも、武術と実践は切っても切り離せないものだ。

 素振りだけできても意味ないしね。


 二日目は軽い素振りの後、簡単な型を教えてもらおうとしたんだけど……。


「いてててて……」


「ま、そうなるわな」


 筋肉痛である。

 剣を初めて振った人間がならない道理は無かった。


「んじゃ、今日はやめとくか」


「え!? で、でも先生は一週間で帰っちゃうんですよね!?」


「うおっ、急にでかい声出すなよ……。まあ帰るけど、どうしようもねえだろそんな身体じゃよ。無理に動くのも得策じゃねえし」


「そ、そうだ! シスターは回復魔術メディカルが使えたはず!」


「ダメだ。壊れた筋肉を無理やり直しても元の状態に戻るだけで成長しない。大人しくしとけ」


「そ、そんなぁ……」


 そんな気落ちしまくった僕の様子に、先生は深いため息を吐いて剣を抜いた。


「わかったよ。んじゃ、俺がここで型をしてやるから、それ見てろ。お前多分見てんの好きだろ?」


「いいんですか!?」


「いいから! でけえ声出すな!」


 素振りを真似してみてわかったが、この人は多分かなりすごい人だ。

 一切ぶれない軸にずれない剣の軌道。

 簡単そうにやっているように見えるが、生半可な物じゃない。

 

 一度目を合わせても、こんなに綺麗に剣を振っている人は数えるくらいだ。

 そして僕の才能タレントのことを鑑みても、先生の提案は願ってもないものだ。


 『再演アンコール

 二度目の生を謳歌する破綻者の証。

 一度目で見たことのある能力アビリティの習得率、強化率への上昇補正。

 発動条件は、観察と理解。

 使用者より上位の才能タレントまたは能力アビリティ持ちからの指南により効果上昇。


 剣術は当然、一度目でも見たことがある。効果の範囲内だ。

 観察と理解。

 それを念頭に置いて、先生が振るう剣を見つめ続ける。


 脚運びを見て、なんのためにその行動をとるのか質問する。

 横薙ぎの後隙を埋める行動の最適解を考えてみる。

 切り払いの後、自分だったらどう回避するか。

 それだけを考えて時間を忘れる。

 やっぱり僕、考えるのが好きなんだな。


 そしてふと、既視感を覚える。


 先生の剣の節々に、懐かしいような感覚を覚える時がある。

 なんだ……どこで見たんだ。

 もしかして会ったことあるのかな、一度目のどこかで。


 だがそんな考えも、流れるように紡がれる剣線の前に消える。

 追うように思考の中でその剣をなぞって、そこで必要な脚運びに気付いて、型の最後で先生がどんな行動をとるかを予測する。


 そんなことを、何時間もしていたような気がする。


「飽きねえか?」


「いえ。楽しいです」


「そうかよ……つくづく変わってるな」


「そうですかね?」


「逆に、向いてんのかもな」


「ならよかったです」


 身体を動かしたい衝動に駆られるけど、我慢する。

 今は観察、及ばなくても理解しようとする。

 実践はその後だ。


 膝上の木の剣をぎゅっと握った時。


「バラムーーー! お客さんよーー!」


 やけにハイテンションなシスターの声に、思考の海から顔を上げた。


「ん? 客だってよ」


「僕に……客?」


 おかしいな、この頃の僕に友達なんていなかったはずだし、訪ねてくる人なんて……。


 そう思って振り返った僕の視界に、あり得ないものが映った。




「……や」




 声を出しながら僕に向かって手を上げたのは、黒髪蒼目の美少女だ。


「ア……アニ、ム?」


「うん。ほら、またねって言ってたから……きちゃった」


「な、なんで?」


「今日、お父さんもお母さんもいなくてさ。やることないなぁ……って思ってたら、君のこと思い出して…………迷惑だった?」


「そっ、そんなことない……けど」


「そか、よかった」


 はにかんだアニムを茫然と見ながら、内心では混迷の渦に脳をかき乱される。


 嘘だろ、アニムと仲良くなるのは一年近く先のはず。もっと言えば、僕が孤児院を出て聖都の学舎に魔術を学びに行ってからだ。

 事実上の初対面だってそこのはずだ。

 いや、大聖堂で話したことで変わったのか。

 そう言えばアニムって同年代の友達少ないんだった……内弁慶だし。

 だからほとんど初めてできた友達の僕を訪ねてきたのか?


 てかそもそもなんでアニムは大聖堂で僕に話しかけたんだ?

 僕がアニムを見て泣いてたからだね、そうだよね。

 これによって何か不都合が起きるか?

 わからない。


 わからない、けど。


「あのさ、ボクの才能タレントがわかってから、なんかお父さんもお母さんも忙しそうでさ……だから、またこうやってここに遊びに来ていい?」


 拒絶なんてできるわけない。


「もちろん大歓迎だよ。ね、シスター」


「当然よ。いつでも遊びに来てね」


「あ、ありがと」


 嬉しそうに頬を染めたアニムに目を奪われ、硬直する。

 

「おい、マセガキ。今日はもういいのか?」


 そこを先生に小突かれて、はっと中庭を振り返った。


「す、すいません! ごめん、アニム……今は剣術を習ってる最中で」


「ううん、気にしないで。ボクは見てるだけでいいから」


「まあ、このガキも見てるだけだけどな」


「そうなの?」と首を傾げるアニムに苦笑いを浮かべながら、経緯を説明する。

 筋肉痛なんて、少しカッコ悪いなぁ……とか考えながら説明していると。


「そっか、頑張ったんだね」


 おっけ、大好き。

 違う。優しい。


 そんなことを言うアニムと一緒に先生の剣の型を見学する。


 途中、先生の休憩中にアニムは僕に向き直ってこんなことを聞いてきた。


「そう言えば、バラムの才能タレントってなんなの? やっぱり武術系?」


「いや、僕の才能タレントは魔術系だよ。こんな感じで……」


 少し大きめの小石を拾って掌に乗せる。

 そして魔術を行使すると、分解と再構築が行われ小石は同じ大きさのウサギのミニ石像へと転じた。


「うわっ! すごい!」


「マジでか……魔術行使って、んな簡単じゃねえって聞いたことあんだけどな……」


「転換魔術って言って、いろんなものを等価のものに変えられるんだ。それ以上大きなものに変えたり、材質を変えたりはできないけど……」


「発動できるだけですごいよ! ボクは発動するだけで一苦労だよ……」


 肩を落として悔しそうに呟いたアニムは、右手の手首を左手で強く握りしめながら意識を集中させる。

 

「―――火炎魔術フレイム!」


 威勢よく叫んだアニムの手のひらでは、ほんの小さな火柱が立っただけに留まる。

 アニムは残念そうにへらっと笑った。


「こんな感じ……魔力の操作が甘いんだって」


「魔力の操作か……人によって感覚が違うから、教えるのも難しいなぁ」


「お父さんにもそう言われた。何度も練習して慣れるしかないって」


 二人で顔を突き合わせながら話していると、先生が励ますように言う。


「その歳で発動できてるのがすげえっての。才能あるんじゃねえか?」


「そう、ですかね?」


「ああ。そのガキは……まあいろいろ常識通じねえから参考にするのはやめとけ」


 ひどい言い草だけど、その通りです。

 僕も一度目ではこんなにスムーズに魔術の行使なんてできなかったしね。

 これはチート。ずるみたいなものだ。


「それにしても、嬢ちゃんの才能タレントは『火炎魔術フレイム』か。いいじゃねえか、派手だし超強力な攻撃魔術だ。これは将来、そこのガキより有名な魔術師になるかもな!」


 僕をからかうように先生が言う。

 ほぼ当たってるから何も言えませんね、はい。


 でも、


「あ、違うんです。ボクの才能タレントは――――」


 先生は一つだけ間違えている。

 有名な魔術師どころじゃない。

 アニムは、世界最強の『魔術帝』なのだから。



「『属性魔法アトリビュート』って言って。属性魔法ならなんでも使えるみたいなんです。ボクの頑張り次第みたいですけど」



 先生の呆けた顔に二人で笑いながら、この日の鍛錬は終わった。


 そうだ、彼女はこの前代未聞の才能タレントを見出されて、聖都の学舎に入学するんだ。

 彼女が一度目に教えてくれた日付から逆算すると、今から約三か月後。

 約束された別れに胸を痛めながら、彼女と笑い合う。


 アニムはこの日から、ほとんど毎日孤児院に通うようになった。

 

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