成果と期待
先生の指南を受け始めてから、七日目。
期限の一週間が経った。
「準備はいいか?」
「はい、問題ないです」
先生の助言で新調した軽めの木の剣を構える。
前方で同じく木の剣を持った先生は、片手で構えながら僕の様子を窺っている。
「バラムー! 頑張れー!」
「飲んだくれお兄ちゃんをぼこぼこにするのよー!」
「外野うるせえ!」
僕たちの鍛錬を毎日見ていたアニムとシスターが賑やかに野次を飛ばす。
「ったく」と吐き捨てた先生は、軽く剣を振りながら人差し指ををくいっと曲げた。
「好きに撃ってこい。一週間……まあ実質二日だが、素人に毛が生えた程度にはなってるはずだ……と思いたい」
「……いきます!」
正直、一週間で何が変わるわけもない。
初日に素振りをして、筋肉痛で二日休んで、三日目で少し小さく新調した木の剣で素振りと型の練習をして、筋肉痛で二日休んで、今日だ。
先生もそれが分かっているから、今回の撃ち合いを提案してくれた。
僕が鍛えるべき箇所と、練習するべき型。
意識することと、その他諸々。
それを洗い出して、先生が帰った後も一人で剣術を訓練できるように。
なら、全力で。
今は真似でもいい。ていうかそれしかできないし。
観察と理解。
筋肉痛のおかげで重ねられた二つを、僕なりに実践する!
「はああああ!」
自分への発破の意味を込めた威勢の声を上げながら先生との間合いを詰める。
横薙ぎ、弾かれて態勢を崩しながらたたらを踏んで、もう一度突進。
今度は突きを胴体に差し込もうとして、上からの撃ち落としに阻まれる。
「やりたいことはわかるが、狙う場所に視線が行きすぎだ。それが課題だな」
僕の攻撃を片手であしらいながら、先生が僕が直すべき点を列挙していく。
一合、二合。
カンッ、カンッと木の剣が衝突する音が中庭に連続して響く。
先生は当然躱すこともできるだろうけど、撃ち合いの感覚を僕に教えようとしているのか、すべてを受け止めてくれる。
視線……ずらしてみるか。
視線は一瞬先生の足下へ向け、足払いをするためだと思わせる。
当然先生にはお見通しだろうけど、試行と失敗は成功の常だ。
先生の胴体への横薙ぎを隠す。
そこで、奇妙な感覚に陥った。
自分がこれから振るう剣の軌道が、わかる。
何を言ってるんだと思われるかもしれないけど、それ以外に言葉が見当たらないんだ。
剣ってのは道具。自分の身体の外付け機能で、見ていないとどんな動きをするかってのが大雑把にしかわからない。
小さな球を長い棒で打つのが難しいように、身体の一部よりも当然扱うのが難しいんだ。
なのに、それなのに。
「はははっ! 成果、でてる!」
多分、先生の剣を観察し続けて、真似て素振りを続けたことでほんの少し成長してるんだ。
当たり前のように剣が弾かれる。
でもそれ以上の手ごたえに身体が熱を持つ。
先生は今、剣で受け止めてくれたんじゃなくて、剣で反応するしかなかった。
頬を伝う汗も、掌の
目の前の先生の動きと受けの姿勢、たまに伸ばされる反撃の諸手を肩に食らいながら受け流そうと必死に身体を捻る。
ああ、魔術以外にもこんなに心躍るモノがあるなんてっ!!
もっと知りたい! もっと考えたい! もっと理解して、試したい!
いつもの悪い癖だ、試行に没頭してそれ以外に目が行かなくなる。
フェイントの突きををわざと見せながら、それをフェイントではなくそのまま突く。
切り払いの後、手首を返して連斬り。
感慨にふける暇すらなく防がれる剣劇に荒い息を出し、体格の差を使いながら懐に入ろうとして――――先生の足払いの予備動作を見つけた。
きっとわざと見せてくれたんだ、いつも攻勢でいられるとは限らないから。
「ッ!」
軽く地面を蹴って足払いを躱しながら、空いた胴体に跳んだ勢いのまま下から逆袈裟斬りを放つ。
簡単に見切られるけど、それでもいいんだ。
思考に身体が、付いて来る。
一度目は『
やっぱり僕は、自分勝手だ。
この感覚に、もっと溺れていたい。
■ ■ ■ ■
おかしい。おかしいだろ。
実際に剣を振ったのは二日。
それ以外はただ目を皿のようにして俺の振る剣を見ていただけだ。
「ッ!!」
剣を振る軌道は正確とは言えないが、思い通りに動かせていることはわかる剣筋。
瞬きを忘れたようにキマった眼で俺を見続けるガキの視線は、一瞬の内に三カ所以上を行き来する。
力不足だ、技術不足だ、運動神経もまだまだ発達していない。
だが、剣を初めて一週間のものから明らかに逸脱してやがる……っ!
俺が力を入れたら簡単に吹き飛ぶのに、フェイントには簡単に引っ掛かるくせに。
「ははっ、すげえッ!」
俺が防いだり、躱したりするたびに、コイツは目を輝かせる。
自分がした失敗に、心を浮足立たせてる。
かと思えば、意外性のある動きをした時には、
「やっぱり!」
そう言って無意識にかわからんが防ごうとする動きを見せる。
剣を目指す奴によくいる類稀な運動神経で回避するんじゃなく、予測と結果を照らし合わせて頭を回し続けてやがる。
そして二度と、
「それ、さっき見た!!」
同じ手は喰らわなくなる。
目の良さとか、反応速度とか、身体能力とか。
剣を握る者に求められる要素、その足りない部分を思考で補おうともがいてる。
圧倒的理詰めの権化だ。
並列思考。魔術師に最も必要とされる才能をコイツは持っている。
なにより、成功よりも失敗を求める精神性。
聖都の魔術オタク達は失敗を喜ぶ。死にかけるほどの失敗に嬉し涙を流す。
失敗の原因を突き詰め、奇跡の成功を失くす。
当然の成功を重ね、頂を目指す。
やっぱお前は、魔術師になるために産まれてきたんだろうな、バラム。
だが、
「なに――笑ってんだよ!!」
年甲斐もなくはしゃいでしまう。
こんだけ魔術師になる才能を持った奴が、剣に没頭している。
それが、たまらなく奇妙で、心底不気味で――――最高に燃える。
自分の才能がわかるこんな世界で、それから外れようとしている。
そんなバカはたくさんいるし、成功する奴なんて殆どいやしない。
ただ、こんなに可能性を感じるバカは初めてだ。
その溢れる魔術師の才で完成させる剣を、俺に見せてくれ。
何年かかってもいい、最悪完成しなくたって良い。
その足掻きを、この世界への反抗を―――――
「バラム! てめえ、剣を極めろ! 魔術なんかに傾倒しやがったらぶっ殺すぞ!!」
俺に、見せてくれ。
……ダメだな、これは。
正直、俺が帰った後は適当に
魔術師の才を持った剣士。
その完成を、
こいつは、俺が育てなきゃだめだ。
■ ■ ■ ■
「はあ……はあ……ッ」
結局、先生には一撃も当てられなかった。
でも先生は嬉しそうな顔で僕を見ながら――無理やり僕の手を引いて大聖堂へと駆けこんだ。
「せ、先生?」
「ちょっと、いきなりバラムを引っ張ってどうしたの?」
いきなり駆け出した先生を追ってきたシスターもアニムも、訳が分からないと先生と僕を見ている。
先生はずんずんと大聖堂を進み、神官の前に硬貨をいくつか置くと、
「
そんなことを言い出した。
努力によって手に入れたり強化されたりする
だが、普通『
なる……のだが、
「バラム、行ってこい」
そう言って僕の背中を押す先生の顔には、有無を言わせない確信が張り付いていた。
神官が魔具を僕の腕に押し付け、すっとなぞる。
淡い光が僕を包み、その光が消えると同時に僕の脳裏に結果が浮かび上がる。
一度目ではほとんど変わり映えのしなかった
でも、今は。
● ● ●
バラム
『
魔力を用い、あらゆるものを別の性質に変化させる。
対象は、性質に沿った形に変化する。
転換条件は、等価であること。
使用者が想像できる物質、または事象に限る。
『
二度目の生を謳歌する破綻者の証。
一度目で見たことのある
発動条件は、観察と理解。
使用者より上位の
【剣術】G 剣を扱うための技術と筋力への成長補正。
【明晰】D 対象となるものを意識的に観察、思考した際の思考能力への補正。
● ● ●
増えてる。
しかも二つ。
「ふ、増えて……ます」
「やっぱな……剣術か?」
「は、はい」
「かーっ! イカレてやがるな……一週間でか……」
頭を抱えた先生は、シスターとアニムに目を向けた。
二人は喜びと驚きをない交ぜにした表情で僕を見ている。
【
一度目ではかなりの数、この能力を《アビリティ》を持った奴らを見てきたから『
熟練度はGだけど。あるのとないのでは話にならないほどの差だ。
G~Sまである熟練度は一段上がるだけでとんでもない違いが生まれる。これからはこの熟練度を意識しながら訓練を積んでいかなければならない。
しかも二つ目……【
これは間違いない。僕が一度目で持っていた
熟練度もそのまま。
意識は一度目の僕のままだし、この一週間での思考が積み重なって発現したのか。
何はともあれ……。
「―――やった」
茫然と、口から歓喜が飛び出た。
一度目との明確な差。
それを噛みしめながら、一入の達成感に浸かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます