日々と予感
先生との最後の鍛錬から一週間。
僕は今日も中庭で剣を振っている。
【剣術】
「ふッ――――……えっと、今さらなんだけど……見てて楽しい?」
「うん、楽しいよ。だって、見るたんびに素人のボクでもわかるくらい変わってくんだもん」
いつも通りに芝の上にペタリと座り込みながら、へらっと笑ったアニム。
相変わらず孤児院に通い続けているアニムは、片手で魔力の操作を練習しながら毎日のように剣を振る僕を見ていた。
しかも、片手間にしているはずの魔力の操作がどんどんと安定しているんだ。
見る度に変わってくのはアニムも同じで、魔力操作に関してはアニムよりも玄人のはずの僕でも感心してしまう成長速度。
『魔術帝』は幼少期から天才だったってことか。
この一年後くらいには、先日見た炎以外にも水とか風とか珍しいのだと光も操るようになってるはず……。
「負けてられないな……」
口の中で呟く。
アニムの才能に対して嫉妬とか、そんなことをするのは無駄だってことは知っている。
そんなことをしてる暇があるなら、先生に言われたことを意識して剣を振る方が万倍有意義だ。
無心に振るんじゃなくて、僕の場合は思考しながら。
先生の動きをなぞりながら、この動きに至った経緯とか理由を想像しながら。
その方が僕の性に合ってる。
「ん? バラム、それなに?」
ふと、アニムが中庭に転がってる物を指差して首を傾げる。
僕が持ってる木の剣と同じ大きさの石の剣。
「これは、先生が買ってくれた飾り用の石を僕の魔術で剣にしたんだ」
置いてある石の剣を拾うと、ずっしりと重く木の剣とは比べ物にならない負荷がかかる。
持ち手をアニムに向けると、
「お、おっも……!」
両手で持とうとしたアニムが体勢を崩しかけるほどには重い。
バランスを崩した彼女を受け止め、石の剣を地面に置く。
「こんな感じで、木の剣の次はこれで訓練するつもりなんだ。先生からもそうするように言われてるし」
「……わ、わかったから……少し離れてくれないかな……」
「あ、ご、ごめん……」
受け止められた体勢のまま縮こまっているアニムから離れると、彼女は前髪を整えながら「もう……」と僕を睨んだ。
かわい、じゃなくて……ちょっと近かったな。
アニムの視線から逃げるように木の剣での型の練習を再開しながら、別れの時先生に言われたことを思い返す。
シスターとアニムに見送られた先生が、僕と二人になった時。
『バラム。お前、剣についてどこまで本気だ?』
『どこまで……って、言われると難しいですけど……』
『
とりわけ武器の中でも扱いやすく、また剣術は世界に広まっているから習いやすいと思って剣を選んだ。
でも剣の鍛錬は意外と僕の性に合ってて、成長を感じる瞬間は魔術同様に最高だ。
武術なら何でも良かったのは事実だけど、今は剣で良かったと思ってる。
一度目で魔術帝アニムの下に集ったあいつらを、わかりやすくまとめられる武力。
必要なのは生半可な力じゃない。
とりあえず、魔術帝直属の四騎士以上の力は絶対条件だ。
なら目標は、
『
これ以外には無いだろう。
目撃された瞬間に国までもが動く、厄災級の魔物。
あの四騎士ですら単騎での討伐は不可能。
できるとすれば、六帝……いや、この時代ではまだ三帝か。
それらに並ぶ力を、手に入れなくちゃ。
『――――ハハハッ、クソガキが。ぬかしやがったな』
でも、先生はそんな生意気をふかした僕を嬉しそうに乱暴に撫で、僕に目線を合わせるために膝を折って、真剣な顔で言った。
『……半年後、またこの孤児院に来る。そん時までその思いが続いてて、さっき作った石の剣が完璧に振れるようになってたら、お前を聖都で鍛えてやる』
『聖都で……ですか?』
聖都で剣を学ぶ。
一度目との明確な違いだ。
魔術に没頭してた一度目の僕は当たり前だけど先生とも会ってない、考えてみれば変化が起きるのは当然だ。
変化を怖がっているより、アレを繰り返さないために一度目とはとことんずれていった方がいい。
神聖皇国アルヴァリムの聖都、『ミルド』。
僕とアニムが会った場所だ。
魔術を学ばない今回はどうなるかと思ったけど、こんな形で行くことになるなんて。
それに、聖都にはいずれ四騎士になる内の二人がいるはずだ。
正直、心象は最悪だけど……避けるわけにはいかない。
アニムを守るには必要戦力であることは疑いようがないしな。
早めに知り合っておくのもいいかもしれない、か。
『わかりました。半年後までに、もっと強くなります!』
『お前が言うと、とんでもないものが出てきそうだが……まあ威勢が良いのはいいことだ。あ、それと剣術場には行くなよ。お前に合わせてくれる場所なんてそう無いだろうし、何より変な癖がつかないようにな』
『え、じゃあずっと一人での鍛錬になるんですか?』
『一カ月この鍛錬を続けた後、雑魚の魔物を狩ってみろ。無理はしないようにな』
先生は立ち上がってもう一度僕の頭を撫でた。
『楽しみにしてるぜ、バラム』
「ふッ―――!」
木の剣が強く空を打つ。
「半年後か……強くならなきゃな」
顎を伝う汗を拭いながら、剣を振るう。
「…………」
遠い目で僕を見つめるアニムは、掌で燻る魔力を前とは比べ物にならない大きな火柱に変える。
寂しそうに溜息を吐きながら、鍛錬が終わるまでずっと僕を見ていた。
■ ■ ■ ■
「お待ちしておりました、カイン様」
「あーはいはい。ご苦労さん」
恭しい礼を披露する使用人の横を通り過ぎ、一カ月ぶりの修練所に入る。
ったく、相変わらず広くて嫌になる。家の玄関から修練所までなんでこんないろんなとこを通過しなくちゃならないんだ、めんどくさい……。
そんな内心が伝わったのか、使用人が咳ばらいを一つ。
「はぁ……じゃ、久しぶりにやるか……」
聖都に戻ってきたと思ったら、休憩もなしにガキへの剣の指南。
普通なら権力濫用で断ってもいいんだが……。
自覚のある自堕落な思考を、甲高い金属音が遮る。
ガンッ! ガン! と鉄同士がぶつかる音に、甲冑が転がる音。
「おーおー、また派手にやってんな “アイツ”」
屋根がなく陽光に照らされた修練所。
個人が所有しているとは今でも信じられない広さと設備の良さ。
その中心では、一人のガキを大勢の鎧を纏った騎士達が囲んでいた。
ガキはそんな状況を一切意に介することなく、白銀の長髪を靡かせる。
騎士が振るう訓練剣を弾き、いなし、躱し、受け止め、鎧ごと大の大人を吹き飛ばす。
躍るように剣を振るい、流麗に疾走し、羽を持ったように跳躍する。
まるで相手になっていない。
多対一であるはずなのに、一の敗北を想像できないほどの差があった。
「お嬢様はこの一カ月あんな調子で、まったく全力で戦えていないのです。カイン様、どうか……」
「わかってるっての……こりゃ、今日は休めそうにねえな」
首を回しながらそいつに近づく。
「おー、やってんじゃ――――」
「―――――フゥッ!!」
騎士の一人を蹴り飛ばしながら一歩で距離を詰めてきたガキの腕を掴む。
「剣持ってねえんだから斬りかかってくんな、バカが」
「なら、早く構えろ。貴様の仕事だろう」
ガキとは思えない言葉遣いに頭を痛めながら、騎士の一人から刃のつぶれた訓練剣を受け取る。
「真剣でもいいのだぞ?」
「そういう生意気言うのは一回でも俺に攻撃を当ててから言ってもらおうか」
「……今日がその日だ」
「あー、はいはい。何回も聞いたっての」
このガキ、また腕上げやがったな。
神聖皇国アルヴァリム、ガルアード公爵貴族令嬢。
騎士として高名な親の血を濃く受け継ぎ、あつらえたように素の才能を持って生まれ、恵まれ切った環境で育ち、
ユディア・シン・ガルアード。
ありとあらゆる剣士や騎士の上位互換となることを約束された鬼才だ。
失敗を知らず、敗北を知らず、限界もまた知らない。
ある意味、一番の不幸だな。
横に並ぶ者がいない孤高の天才、ね。
「貴様、何を笑っている。殺されたいのか?」
一瞬で騎士を屠ってきたであろう胴を狙った踏み込みを剣で受け止める。
威力は充分だが、いかんせん力任せだ。まだよろけてやるわけにはいかねえな。
それにしても、笑ってる、か。
笑ってたか、俺は。
じゃあ、それはたぶん。
「ユディア。遠征先で、面白いやつを見つけたぜ」
「興味がない」
「まあ聞けって。そいつによ、剣を教えたんだよ。一週間」
「そんな暇があるなら私の稽古をしていろ。時間の無駄だ」
んとにこのガキはよぉ……!
ガンッ! と、らしくなく力任せに剣を弾く。
飛びのいたユディアに切っ先を向けながら間合いを取らせないように話を続ける。
「剣も握ったことないずぶの素人だったよ。それこそ一日素振りしただけで筋肉痛になるくらいのな、笑っちまうだろ?」
「興味―――」
「―――七日目、俺は反射的に攻撃を防いじまった。受け止めたんじゃなく、防いだんだ」
言葉を聞いた瞬間、ユディアの整った眉が釣り上がった。
足が止まり、無表情の中に確かな動揺を浮かばせる。
「お前が俺に攻撃を防がしたのはどんくらいだったっけ?」
「…………覚えていないな」
「七日だバカ。覚えてんだろーが」
「ふっ」と息を吐いて、ユディアが一見儚く微笑む。
その顔は場の騎士達を見惚れさせ、慄かせた。
「貴様……こう言いたいのか? 私に匹敵する剣を見つけた、と。……なんだ、遠征とは冗談でも覚えるためのものだったのか。つまらんな。その何某が誰かは知らんが、私がそいつと同じ年齢になった時には、そいつは私を見上げることすら―――」
「十歳だ。そいつはお前と同じ十歳」
修練所は言葉を忘れて、固唾を飲む。
ユディアの顔は能面のように表情を失くした。
「…………つまらんと言って――――」
「孤児院で育った十歳。
「―――嘘を吐くな、下郎」
精彩を欠き、洗練さを投げ打った剣とも言えない殴打。
受け止める価値もない一撃を半身で躱すと、叫びと強引な体の動きで息を切らしたユディアが地面に剣を打ち付けたまま顔を上げた。
「才の無いただの孤児が、私に食らいつくとでも思っているのか?」
「いいや? 正直油断もあったし、偶然だとは思うぜ。今戦ったら確実にお前が勝つって断言できる」
「はっ、当然だ」
幾分か余裕を取り戻したユディアは、わかりやすく安堵した声を漏らす。
こういうとこはガキっぽいんだけどな……。
でも、聞き逃せないことはある。
「だがな、嘘はつかねえぜ。お前とは違うベクトルで、アイツには才能がある。お前は鬼才だが、アイツも奇才だ。なにせ、一週間で【剣術】
「…………会わせろ」
「あ?」
ぽつりと溢れさせたユディアの激情に、口角が上がる。
かかった。
「ソレと会わせろ。今すぐにだ」
「落ち着けよ、今は無理だ。そうだな……半年後だ。アイツはきっと、ここに来る」
「―――――はは」
ユディアは歯を剥いて剣を構える。
髪と同じ白銀の刀身が、妖しく光を反射した。
「いいだろう。半年あれば、貴様に攻撃を当てられるようになる。そうなればその馬の骨との差は歴然だな」
「言うじゃねえの。ま、今まで以上にやる気になるならそれでいいぜ」
心を折るのは俺の仕事じゃねえ、挫折を教えるのも俺の仕事じゃねえ。
それはあいつに任せてみたいって思ったしな。
「じゃ,かかって来いよクソガキ。泣くなよ?」
「ぬかせ。剣帝だか何だか知らないが、いつまでも見下していられると思うなよ。引きずり降ろしてやる」
「その名前で呼ぶな、気色悪ぃ……名前、やろうか?」
「貰う必要はない。貴様を下せば自然とついて回るだろうからな」
可愛くねえガキだぜ。
ま、アイツがここに来るまで当たってやるつもりは無いがね。
ったく、楽しみじゃねえか。
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