魔物と転用
「シスター、行ってきます!」
「本当に気を付けるのよ。無理はしないこと、いいわね?」
「わかってるよ」
「バラムにはボクが付いてるから、無理はさせないよ」
「よろしくねアニムちゃん」
剣を初めてから一カ月。
素振りと型の練習にも慣れて、木の剣を振っていても身体が疲れることはほとんどなくなった。
僕の腰には木の剣と、先生との約束の石の剣。
木の剣しか使うつもりは無いけど、自重を増やす訓練だと思ってお守り代わりに付けておく。
そして今日、ついに僕は魔物を相手に剣を試す。
魔物。
魔物って言うのは、簡単に言えば魔力の歪な塊だ。
魔物が生まれる原因は、人間が生きている限り排出する『廃棄魔力』。
身体の中に溜まった古い魔力を新しい魔力にしようと体外の魔力を取り込む時に、入れ替わるように古い魔力が体外に放出される。
その魔力が蓄積して、空気中の魔力と結合して起こる反応が魔物生成。
形は様々で、動物とか虫とか、それこそ人型とか全く別の異形だったりする。
長く生きれば生きるほど知能を増して厄介に成長する人類の怨敵だ。
人間がこの世界に存在する限り尽きることの無い魔物は、冒険者とか騎士とかが討伐している。
「でも、なにもアニムが付いて来ることないのに……」
ちょうど昨日、魔物を討伐しに行くことをアニムに教えたら付いて来るといって聞かなかった。
「お父さんとお母さんが、ボクの魔術は魔物を倒すのに向いてるから練習しなさいって言ってたし、いい機会だからね。バラムと一緒だったら心強いし!」
『
でもアニムの顔に不安は一切ない。
「それに、何かあったら守ってくれるでしょ?」
これだよ。
まあ、ここで頷くために頑張ってるわけだしね。
「もちろんだよ。必ず守る」
「……ふへへ。やっぱり」
「あらあら~」
ダズリル王都からすぐの森の中。
「バラム!」
「ああ!」
アニムが手に魔力を溜め、立ち止まる。
僕は目の前に躍り出たそれに向かって、臆することなく距離を詰めるために駆ける。
「グガアアァァァッ!!」
Gランクの魔物、ガレウルフ。
灰色の体毛に殺傷能力のために研がれた爪に、鋭い牙。
ただの子供が会ったら逃げる一択だが、
Gランクの魔物は、凶暴な獣と大差ない。
思考もほとんどなく、本能で人を襲う……らしい。本で読んだことがある。
「ふぅ―――」
深く息を吐いて走りながら剣を引く。
何を隠すこともないが、これは僕の人生史上初の魔物戦なのだ。二度目で、じゃなく、一度目を合わせても僕は魔物と戦ったことが無い。
『
「グルゥッ!」
「――――ッ!」
隙だらけで狙いが簡単にわかる予備動作に合わせて横に飛び退く。
予想通りに振り下ろされた爪は、さっきまで僕がいた場所を通り過ぎ地面を打った。
受け止められるほど木の剣は頑丈じゃないから、回避してから一歩踏み込んでッ!
「ぶっ叩く!!」
「ギャン――ッ!」
ガラ空きの胴体に上段から力いっぱい振り下ろす。
後隙が大きいおかげで万全の体勢から繰り出される一撃は、
上からの衝撃で地に顎を打ち付けたガレウルフ。
その上から木の剣を首に向かって思いっきり突き刺す。
刃物ではない木の剣を力づくで押し込むと、
直後、僕の横の茂みがガサッと揺れる。
「グアアアアァァッ!」
「グルルルルゥゥゥウウウウッ!」
飛び出してきたのは二体目のガレウルフだ。
獲物をしとめた僕の隙を見て飛んできたんだろうけど……。
「―――バラム、いいよ!」
「りょーかいッ!」
咄嗟にその場を離脱する。
「『
僕に飛び掛かろうとしていたガレウルフは、飛来した剣を象った炎によって弾き飛ばされ、そのまま燃え尽きた。
「……すげえ」
思わず感嘆の声が出た。
たった一ヶ月で魔力の操作と形状固定を完璧にこなすアニムに掛ける言葉なんてそれ以外にない。
「バラムッ……大丈夫?」
「うん、おかげでね。ありがとうアニム」
「ううん、バラムが最初に駆けだしたから怖くなかったんだ」
声を潜めて笑い合う。
僕が倒したのとアニムが燃やしたガレウルフは、皮や骨を残さずに崩れる砂みたいに粒子になって消える。
魔物は消滅すると、空気中の魔力に溶ける。
残るのは、一つの濁った球体。
「
アニムがはしゃぎながらそれを拾う。
魔物の心臓部、魔玉。
子供の手のひらに収まる程度の小さな球体だ。
今も魔玉の中で渦巻く黒い奔流は、人間の廃棄魔力。
一度目の最後でアニムが僕に渡した魔宝玉はこれを基に造られる。
この中にある廃棄魔力を浄化し、空になった魔玉に魔力を溜めた物が魔宝玉と呼ばれ重宝されるんだ。
Gランクのガレウルフの魔玉だとそうでもないけど、もっと凶悪なランクの魔物が残す魔玉は大きいし、かなりの高値で取引される。溜められる魔力の量も増えるしね。
この大きさを見ると、アニムが僕に渡したのは一体どんな魔物が基になったものだったんだろう。
無邪気に魔玉を眺めるアニムを見てそんなことを考えてしまう。
僕の視線に気づいたアニムは、恥ずかしそうに咳払いしながら僕にジト目を向けてくる。
「……な、なにさっ、初めて見たんだから仕方ないでしょっ?」
「あ、いや、別にそういう意味で見てたんじゃないんだ。なんか微笑ましくて」
「あー! 同い年のくせに子ども扱い!?」
「違うよ、かわいくてさ」
「――だっ、からっ……きみっ、ほんとにッ…………はぁ、もういいよ。別に……嫌じゃないし」
むくれたアニムを笑いながら、自分が倒したガレウルフの魔玉を拾う。
「今日はお試しだからこの位にしておこう。調子に乗ると怪我しそうだし……アニムが」
「あー、またバカにして……。でも賛成。帰ろっか」
「うん。とりあえず、魔玉は持ってても意味ないから冒険者ギルドに売りに行こうか」
「そうしよ。魔玉って一ついくらになるんだろうね?」
「ランクによるらしいけど、Gランクだと銅貨三枚くらいだったかな?」
僕がそう言うと、アニムは目を輝かせて飛び跳ねた。
「銅貨三枚!? じゃあ帰りにパンでお肉挟んだやつ買ってこうよ! ちょうど銅貨三枚だし!」
「そうしようか」
一度目と変わらず少し食いしん坊なアニムに胸を温かくしながら森を歩く。
「半分こでいいよね! まあそれ以上は譲らないけどッ!」
「え? 半分?」
「パンの話だよ! もしかしてもっと食べたいの?」
「いや、そうじゃなくて……普通に一人一個買えばいいんじゃない? 魔玉も二つあるし……」
「はえ?」
「んん?」
当たり前の僕の言葉にアニムは疑問符を頭の上に浮かべ、僕もつられて首を傾げる。
「バラムも魔玉を売るの?」
「そりゃまあ、持ってても意味ないしね」
そう言った僕にアニムが向けたのは、心底意外そうな顔だった。
「そーなんだ。ボクはてっきり――その魔玉もバラムの『
「…………は?」
魔玉を剣に?
言ってしまえば、魔物の本体だぞ?
そんなこと…………。
「できない道理はない……かも」
待て、ここで出来ないと断ずるのはまずい。
必要なのは僕のイメージ。僕の中で可能性を持ち続けろ。
「ごめんアニム。少し考える」
「うん、いつものだね。いいよ」
まず、この魔玉は小さすぎる。これを剣にしたところで出来るのはミニチュアサイズのおもちゃの剣だ。
いや待て、この魔玉は魔物の心臓部。
魔物の身体がこの魔玉の内部に貯めこまれた廃棄魔力で出来ていることは本で読んだことがある。
つまりこの魔玉に入っている廃棄魔力は、あの大きさのガレウルフを作り出すことが可能な量だってことになる。
そして僕の『
魔玉じゃなくて、魔玉の中の廃棄魔力を転換させるイメージで。
「いける」
断言しろ。
なにより、アニムが考えたことだ。
魔術帝になるアニムが。
できません、なんて。
「参謀として言えないだろ」
掌に収めた魔玉に意識を集中する。
廃棄魔力を、『剣』に転用する。
だがガレウルフと同じ大きさの剣なんて振り回せるわけがない。
幸い、魔力に質量はない。ガレウルフより多く魔力を持っているのにガレウルフより小さい魔物もいる。
必要なのは魔力操作だ。
魔力を理想的なサイズに整える。
余った魔力を刀身に埋め込み――――固定する。
一度目で魔術に傾倒した甲斐も、やっと顔を出してくれたな。
「『
唱えた瞬間、魔玉が粉々に砕けた。
含蓄されていた真っ黒な廃棄魔力が暴れるように僕の周りを渦巻き、収束していく。
「バ、バラムッ!?」
「……大丈夫、大丈夫」
気を取られないように、集中する。
アニムに大丈夫と宣い、自分に言い聞かせる。
一瞬の黒い光の後、僕の手に納まっていたのは。
「マジで、できちゃったよ」
ガレウルフの体毛を思わせる暗い灰色の刀身。
持ち手は無骨ながら持ちやすいグリップ。
剣を通して脳に流れ込んできたのは、見たこともない情報だった。
● ● ● ●
『灰狼のアギト』
使用必要条件、【剣術】G以上。
ガレウルフの魔玉より生成。
刀身が軽く、威力より機動性を重視した狩猟剣。
● ● ● ●
この剣を使用した時に効果が発動する……のか。身体能力への補正って、かなりすごいんじゃないか?
「バラム! できるじゃん!」
「で、できちゃったね……」
「なんで不思議そうなの?」
剣を握りしめながら、力が抜ける。
かなり魔力消費が激しいのはそうなんだけど、それ以上に。
僕よりも僕の可能性を信じて疑わないアニムが、呆れるほど嬉しい。
一度目もそうだったな。
あの絶体絶命の状況で、僕に魔宝玉を渡したときのアニムを思い出す。
多分アニムはあの時……。
「やっぱりバラムはすごいね!」
こんな風に信じてくれていたんだな。
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