遭遇と約束
ダズリル王都に入ってすぐの大通りを真っすぐ行くと、一際盛況が目立つ建物に足を踏み入れる。
扉を開けると喧騒は一層大きくなり、昼間だと言うのに酒気が鼻をついた。
様々な武具を携えた人たちが溢れんばかりの活気を成している。
屈強な男たち、ローブの優男、やたら背の低いずんぐりとした男性、獣の耳を生やした女の人や、僕らより少し年上くらいの綺麗な少女。
年齢や種族を問わずごった返す、ダズリル王都冒険者ギルド。
扉を開けた瞬間僕とアニムに無数の視線が集まる。
値踏み、侮り、無関心。
一通りの視線を受け終わった後、誰もかれもが興味を失くして視線を逸らした。
「ボク、ギルドに来たの初めて……」
「僕もだよ。まあ視線は気にしないでさっさと魔玉を売っちゃおう」
「う、うん」
少し気遅れ気味のアニムの手を引いてギルドの受付のカウンターへ。
アニムは、子供の利用を想定してない背の高いカウンターへ魔玉を置いて、受付嬢へと差し出した。
「すみません、魔玉を買い取っていただきたいんですけど……」
「ようこそ、ダズリル王都冒険者ギルドへ。買取ね、お使いかしら?」
「そ、そうじゃなくて、ボク達が討伐したんです」
「へー、その歳で! やるわね」
手際よく作業を進めながら軽く対応する受付嬢は驚きを口にしながら僕が腰に携えていた剣を見ながら軽く微笑んだ。
「剣を三つも携えてるなんて、立派な剣士さんね」
「あ、いや、はは……」
腰には木の剣と石の剣、それとさっき作った『灰狼のアギト』がぶら下がっている。
十歳の子供が童話の剣士に憧れた、とでも思われてるんだろうな……。
周りの冒険者からも少し笑われている。馬鹿にされてるのか、微笑ましいのかわからないけど。
でもアニムは僕が褒められてると思ったのか少し自慢げに頷く。
「バラムはすごいんだよ!」
「そうなのね。お嬢ちゃんは小さい剣士様の付き添い?」
「ボ、ボクも魔物を倒したんだっ!――こうやって!」
アニムは予備動作もなく集中するでもなく、一瞬で掌に火柱を立てる。
ボウッと音を立ててギルド内を照らしたその炎は、その場にいた冒険者達の興味を惹きつけた。
魔力操作と発動速度、その他諸々。
どれをとっても十歳の常識を外れている。
「す、すごいわね、今の! ……いや、ホントにすごいわ……」
唖然とする受付嬢は釘付けになっていた視線をはっと戻して笑顔を作った。
「ご、ごめんなさい、買取よね! 鑑定にほんの少し時間を貰うから、適当に座って待っててね!」
気を取り直して奥へと魔玉を持って行ったのを見送り、僕とアニムは後方の酒場の席に適当に腰を下ろす。
しかしさっきのアニムの魔術で浴びた注目が離れる気配はない。
それどころか、席に着いたのを見計らってアニムに何人かの冒険者が話しかけている。
「おい嬢ちゃん! さっきのすげえな!」
「大人でもあんだけ精巧に魔術を使うやつは少ねえんじゃねえか?」
「ね、あなた冒険者になる気ない?」
「え、えっと……バ、バラムぅ……」
意外に人見知りのアニムは僕の影に隠れて身を縮こませている。
「すみません、この子はまだ十歳なんで冒険者にはなれないんです」
「なに!? 嬢ちゃん十歳なのか!? それであれってのはまた……」
「ますます興味が出てきたわね」
アニムを中心とした注目の輪はたちまち広まっていく。
大勢の人に囲まれたアニムは少し怯んでいるけど、口々に囁かれる賞賛の言葉に度々口元をにまにまさせてご満悦だ。
当然アニムの横にいる僕にも視線が寄越されるが、アニムへの物とは違う生暖かいものが大半だ。
「坊主も嬢ちゃんに負けないようにしゃんとしねえとな!」
「まずはその剣を一つに絞るとこからだな、がはは!」
「そうですね。もっと頑張らないといけませんね」
周りの反応からアニムの凄さを再確認しながら、剣の柄を軽く握る。
すると、大勢の人の輪の外に奇妙な視線を感じた。
なんだろう……。誰かを見ていると言うより、俯瞰して観察してるみたいな……。
視線を完璧に感じられる達人みたいなことはできないけど、漠然とした予感のようなものが働く。
軽くギルド内を視線で見回すと、一階ではなく、吹き抜けの二階からこっちを見下ろす小さな影が目についた。
すっぽりと全身を包んだぼろぼろのローブに、少し空いた足下から見える軽装と白く細い足。
なにより、ローブの中で蠢く長い線状のモノ。
あれは……尻尾か?
よく見てみれば、ローブの頭頂部分には押し込められたような膨らみが見て取れる。
この時代にダズリルで猫獣人ねえ……引っ掛かるな。
スッ―――と周りの音が小さくなる。
これは明晰の
ダズリル王都。猫獣人。俯瞰するような視線。軽装。
羅列し、整理し、嵌める。
少し、試してみるか。
僕は思考の海から顔を上げて、視線だけでなく、二階から見下ろしている人影にわざとバレるように顔ごと視線を上げる。
「…………っ!」
一瞬体を揺らした影は偶然を装うように目線を逸らし、伸びをして動き出す。
だがその視線は時折、アニムじゃなく僕を捉えている。
その時、ローブの奥で揺れる髪が僕の視界に入った。
赤髪の中で異彩を放つ一房の白髪。身長は僕よりも低い。まだ子供だ。
特殊な髪色に、年齢。
「……アニム、ここで少し待ってて」
「え? バラム?」
「皆さん、アニムを少し見ててあげてください」
「お? なんだ坊主、便所か?」
「まあそんな感じです」
まだまだアニムに興味津々な面々に言葉を残して歩調を速める。
ギルドの奥に造られた訓練場までの通路に入り、人の目が入らないことを確認する。
薄暗く見通しもよくないその通路の角に入り、壁に背中を預ける。
タッタッタッ―――!
僕の耳を予想どおりに打った足音は徐々に僕に近づく。
そして、さっきまで僕達を見ていたその影が僕の前に躍り出た。
「ッ!?」
僕が待ち伏せていたとは露ほども思っていなかったことが分かる表情で僕を見た“ソイツ”を、首元を抑え付けて壁に打ち付ける。
「にぃッ―――!!」
驚いた猫のような声を出したソイツに向かって、僕は腰に付けた灰狼のアギトをちらつかせる。
「大きい声を出すな。出したら殺す」
「―――!」
迷うことなく三度頷いたソイツのフードを剥ぐ。
出てきたのは、予想通りよりかなり幼い顔だ。
「赤白髪の猫獣人……先が少し欠けた右の猫耳。間違いないな。——ミルフィル・アルセント。まさかこんな時からダズリル王都にいるなんて」
「にゃっ!?」
驚愕に染まった顔で僕を見るそいつの銀色の目が見開かれる。
この時の僕はこいつと会ったことなんて無い。
だが知っている。
一度目で、何度も名前を聞いた。
世界最悪の大盗賊、『怪盗』アルセント。
盗みを働くのは国の宝物庫のみ、という特異性から国に不満を持つ市民の間でひそかに支持されていた義賊気取りの悪人。
王国、皇国、果てには帝国にまで喧嘩を売った大馬鹿。
その実態は、獣人の血を継いだ女。
怪盗アルセントの最初で最後のミス。
彼女が初めて盗みを決行したダズリル王国の宝物庫で、たった一度だけ目撃された赤白の髪を基に十数年をかけて捕らえられ、処刑された世界一の盗賊だ。
そしてそれを捕らえたのが、魔術帝アニム。
情報は僕にも当然入ってきていた。
コイツの
いずれ来るはずの破滅への対策に有って損は無い。
こんなとこで会えた僕は運が良いな。
いろいろ試してみよう。
■ ■ ■ ■
妾の子。
獣人を率いる王と、傾国娼婦の娘がミィだった。
産まれた時はマシだったけど、父が死んでからは冷遇、虐待、行くとこまでいって殺されかけた。
予定調和の如く、ミィは逃げ出した。
たまたま連れてこられてた聖都で、ミィと血の繋がっていない兄が見せびらかしていた『神問の鍵』っていう魔具を盗んで、ダズリル王都行きの馬車に隠れた。
十歳になってからしか許されない
ミィは運が良い。
どうやらミィはナニカを盗むことがとっても得意で、そのための能力に恵まれてた。
でも、ダズリル王都に着いて一カ月。
ミィには魔物を倒す才能は無くて、森で会った魔物から命からがら逃げだす毎日。
冒険者の懐から金を盗んだり、食べ物を盗んだり、でも結局それはその場しのぎでしか無くて。
何も盗めない日だってあって、身寄りもないままいつ死ぬかもわからず、何を目的としてるかもわからない日々。
そんな時、ミィとほとんど変わらない奴らが幸せそうに笑いながらギルドに来た。
黒い髪の女の子の方は見たことが無いくらい簡単に魔術を使って、羨ましくて。
もう片方の灰色の髪の男の方は馬鹿みたいに剣を携えて、ミィも笑っちゃうくらい普通のヤツ。
その腰についている剣もおもちゃみたいな木の剣と石の剣。
もう一つは皮に包まれてて見えづらいけど、他の二つより良い剣っぽい。
―――あれを、盗んでやろう。
売ればそこそこの金にはなるだろうし。
なにより、幸せそうなのがムカついた。
―――――なのに。
「ミルフィル・アルセント。元獣人帝の妾の子、今は八歳かな。僕達の二つ下だったはず」
なにを、いって。
「
知ってるわけない、のに。
「お前がダズリル王都に盗みを働くのは二年も先のはずだ。ああ、それまでは極貧生活を送ってたんだっけ……それがここでだとは思わなかった」
ダズリル王都に盗み……?
「な……なんのはなし……にゃ?」
「その喋り方やめろ、キャラづくりだろそれ。知ってるから」
「う、うるさいにゃ! ミィのアイデンティ」
「大声出すなバカ!」
小さく叫んだ目の前のそいつは、苦しくない程度に、でも逃がす気は無いぐらいでミィの首根っこを掴んだまま離さない。
「いいか、今お前が何を考えてるかは知らないけど、盗みはやめといたほうが良い。必ず不幸になる」
「だ、だから……何を……」
ミィが盗みをしてることも、コイツは知ってる。
不幸になる。確かな確信を持ってコイツはそう言った。
ダズリル王都に盗みって言うのはわからないけど、失う物がないミィは切羽詰まったら最終手段で一か八かやってたかもしれない。
つまりコイツは、今ミィが置かれてる状況を知ってるんだ。
「狙いは僕の剣か? こんなものを売ろうとするくらい金に困ってる。そうだな?」
「な、何の話かさっぱりにゃ……にゃはは……」
ぐぅぅ~とミィの腹が大きく鳴った。
「わかった、金にも食べ物にも困ってる。そうだな?」
「う、うっさいにゃ! だとしたらなんだって―――」
「盗みはやめて、僕に付いてこい。定期的な金銭と食料の提供を約束する」
「……にゃ?」
ミィよりほんの少し年上なだけなのに、そんなのを感じさせない言葉に内包された圧に声が漏れる。
「僕がお前をここで騎士団に差し出せば、お前は国に強制送還される。これは脅しと考えてもらって構わない。……でも、僕に付いてくれば飢える心配もなくなるし、僕がお前を裏切るそぶりを見せたらいつでも逃げてもらって構わない」
コイツは、ミィがここで断らないことを確信してる。
ミィにとって、断る理由がないほどの好条件だ。
でも……。
「ミィを突き出せば、金になる。そうすればいいのに、なんでにゃ?」
金を手に入れるどころか、金と食べ物を与えてまでミィを繋ぎ止めようとする理由が分からない。
「そんなはした金なんかと、お前の価値が釣り合わないからだ」
やっぱり、コイツの目は予想ではなくれっきとした事実だけが映ってるようで。
「なんで、そんなにミィを……」
冷遇されて、いじめられて、いなくなればいいと知らない誰かに疎まれて。
期待もされずに、いない者みたいに扱われた。
そんなミィを、なんで……。
「さっきも言っただろ? 知ってるんだよ、僕は」
ミィの首から手を離して、当たり前みたいにそう言った。
「お前がめちゃくちゃすごいやつだってことを、知ってるんだよ」
やっぱり、ミィは、運が良いみたいだ。
「……つっ、ついてくにゃ!」
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