利用と別れ

「ミィにゃ!」


「……バラム?」


「拾った」


「…………バラム?」


「こ、細かいことは帰りながら話そうか……」


 魔玉を売ったお金を受け取り、冒険者ギルドを出る。

 その間ずっと僕を睨み続けるアニムに汗を流しながら、その場凌ぎの説明を続けた。

 アルセントが僕の剣を盗もうとしたこと。

 わけあって身寄りがないこと。

 シスターの孤児院は厚生施設としての面もあるため、相談しようとしていること。


「そ、そういうわけだからさ……」


「……ふ~ん……女の子だから?」


「ち、違うよっ、なんでそうなるんだよ!」


「べつに……いいけどさ」


「にゃ?」


 やや不服そうなアニムの視線に思わず背を丸めてしまう。

 この不機嫌アニムは一度目でも度々顔を出していた覚えがある。相談もなく僕が勝手にアルセントを連れてきたことを怒ってるのかな……。


「あ、そ、そうだアニム! パンを買って帰るんだったよね!?」


「え、あ、そうだったね」


「ちょっと待ってて!」


 いたたまれなくなった僕は、人の多い大通りを人を躱しながら道端の屋台に駆け寄る。


「パンとお肉を」


「お、坊主。銅貨三枚だ」


 懐から魔玉を売って手に入れたお金を出して、交換でパンを貰う。

 ふかふかの白パンに焼きたての肉。味の濃いタレの良い香り。

 うん、絶対うまい。

 パンを持って二人の下に戻り、二つに分ける。


「はい、アニム」


「あ、ありがと……でも」


 アニムはもう一切れのパンと、僕とアルセントを順に見る。

 静かな空気の中、「ぐぅぅぅ~」とアルセントの腹が鳴った。


「にゃっ、にゃっ……」


 アルセントは僕が持っているパンに視線を釘付け、手を伸ばして引っ込めてを繰り返している。

 口は半開きになっていて、だらしなく涎が垂れている。

 我慢しようとする自制心と、限界が近い食欲との間で揺れているようだ。


 ……はぁ、仕方ないか。

 金銭と食料の提供は条件内だし、このままじゃ忍びなさすぎる。

 利用するために餌付けしとこう。

 僕は半開きの口に栓をするようにふわふわの白パンを突っ込む。


「むふっ!?」


「食え、おいしいぞ」


「……んぁむ……~~~~~~ッ!?」


 口に詰まったパンを一口齧ったアルセントは、止まることなくパンを食べ進めていく。

 いや、自分で持てよ。なんで僕が食べさせなくちゃならないんだ……。

 僕が持ったままのパンをノンストップで食べ終わったアルセントは、幸せそうな顔で惚けている。


「つ、付いてきてよかったにゃ~……えっと」


「バラム」


「一生バラムに付いてくにゃ!」


 ちょっろいなこの子。

 早めに保護しといて良かったよホント。


 いや、違う、保護じゃない、利用ね利用。

 僕の目的にために利用するんだ。決して一度目の彼女の境遇に同情した訳じゃない。

 そもそも彼女が処刑されたのは自業自得なんだし。

 まあ幼少期の扱いに思うところがないかと言われれば、ほんの少しぐらいはあるけど……。


「まったく、仕方ないな……」


 すると、アニムがアルセントにパンを差し出した。


「にゃ?」


「ボクのも食べていいよ。お腹すいてるんでしょ?」


「い、いいにゃ!? え、えっと?」


「アニム」


「アニムにも一生付いてくにゃ!」


「いいよ来なくて」


「遠慮すんにゃ!」


「君はもうちょっと遠慮しようか!?」


 その後、極上のご馳走のようにパンを食むアルセントを二人で笑いながら、孤児院への道を歩き続けた。





 孤児院に戻った僕たちを丁度迎えに出てくれていたシスターの前で、アルセントは快活にぴょんと跳ねた。


「ミィにゃ!」


 手を上げた気さくな挨拶に、シスターは一瞬驚いた顔をして僕を見る。


 アニムへしたのと同じ説明をする。


「そう、身寄りが……」


「にゃ!」


 シスターがそう溢すと、アルセントは元気に返す。

 シスターの視線はアルセントの右の猫耳。先の少し欠けた部分へ注がれている。

 その部分へ手を伸ばし、シスターがアルセントを撫でようとすると、


「―――ッッ!!?」


 常軌を逸した反応でシスターとの距離をとるアルセント。

 

「……あっ、ち、違うにゃっ……ご、ごめんなさ」


 無意識に出た行動だったのか、アルセントは首を振って手を伸ばした姿勢のままのシスターに怯えた視線を送っている。

 虐待を受けていたってのは本当だったみたいだな。

 手を伸ばされただけでこの反応ってのは……。


 焦っているアルセントに、シスターは微笑みながら孤児院の中に入るように促す。


「いいのよ。孤児院へいらっしゃい、歓迎するわ」


「い、良いにゃ?」


「もちろんよ。まずお風呂ね、綺麗な髪をそのままにしておくのはもったいないもの」


「……にゃっ……」


 泣きそうな顔で僕を見るアルセントに、さっさと行けとジェスチャーを送る。

 正直僕に依存してほしいわけじゃないから、出来るだけ早くこの生活に慣れてもらわないとな。


 恩じゃなくて、僕とアイツにあるのは利害の一致でなければならない。

 そうじゃないと対等じゃないし。

 僕は目的のためにアルセントを利用して、アルセントは生活のために僕を利用する。

 一度目から、そんなドライな関係の方が得意だった。


 だからさっさと今僕に感じてるであろう恩みたいなのは忘れてもらわないと。

 そうじゃなかったら、アイツは一生僕に縛られたままだ。それはいくらなんでもかわいそ……じゃなくてめんどくさい、僕が。


「あ、ありがとにゃ!」


 そう言ってシスターに付いていくアルセントを見送り、アニムと一緒に中庭に行く。

 さて、いつもの日課の鍛錬だ。


「バラムさ、優しいね」


「自分の為なら人に優しくできるだけだよ」


「照れてるの? 不器用だなぁ」


 なんか、一度目でもこんなやり取りをした気がする。

 その時は確か……、




『バラムってさ、ボク以外の誰かに優しくするの苦手だよね。……嬉しいけど、もっと優しいとこを見せてかないと嫌われちゃうよ?』


『アニム以外から嫌われても別に気にならないからね』


『……そゆとこだよなぁ……ボクは君が嫌われるのはヤダよ』



 その言葉の通り、アニム以外のほとんどから嫌われた結果が統率の取れない魔術帝の傘下たちが出来上がった訳だ。

 アニムがいないときのあいつらは僕の言うことなんて聞こうとしなかった。

 今思えば、力が無いとか以前に嫌な奴だったんだろうな、僕。

 アニム至上主義が極まり過ぎてたのかも。


 少しづつ、変わらなきゃな。僕の変化がほんの少しでも何かを変えられたら、未来も少しづつ変わっていくかもしれない。


 木の剣を振りながら、たまに石の剣を振ってみる。

 まだ体勢が安定しないことを確認して、木の剣に戻す。


「バラム」


「ん?」


 剣を振って、アニムの言葉に耳を傾ける。

 アニムは何度か言葉を紡ごうとして、やめてを繰り返す。

 つっかえた何かを必死に絞り出そうとして、少し潤んだ目で僕を見た。


「ボク……聖都に行くことになった」


 剣を振った体勢で、ぴたりと止まる。

 言葉は出ない。


 知っていた。彼女が聖都に行くことなんて、知っていたはずなのに。


「……そっか」


 そんな言葉しか出ずに、聞いたアニムは少し微笑んだ。


「……いつ?」


「……一週間後。かなり前から決まってたんだ、言えなかったけど。ホントはもうほんの少し後だったんだけど、ボクの成長が予想以上に早かったんだって。バラムが魔物を倒しに行くって聞いて、頑張ったからかな」


 僕が知ってる未来より、かなり早いな。

 アニムが僕と一緒に魔物を倒すっていう一度目とは違う目標を見つけたから、一度目よりも魔術の習得が早かったのか。


 冷静を装う僕に、アニムは寂しそうに口を尖らせた。


「もうちょっと、悲しんでくれるかと思ってた……」


「寂しいよ。でも、アニムが成長するためなんだったら、絶対に行くべきだ」


「……一緒に来る?」


「バカ言うな」


 アニムはおかしそうに笑って僕の返答に俯き、芝の生えた中庭の地面を何度か叩いた。


「お父さんもお母さんもね、行ったほうが良いって。ダズリルの偉い人たちがお金を出してくれるんだって。ボクの才能タレントがいいから」


「うん」


「でもボク、魔術ができるってだけでやりたいこともないし。……こうやって、バラムと一緒に話してる方が好きなんだ」


「…………」


 いつの間にか、アニムの目からぽろぽろと涙が落ちていた。


「行きたくないなぁ……友達と一緒にいたい……」


「……僕もだ」


 僕の言葉に今度は嬉しそうに笑ったアニムは、吹っ切れたみたいに手を上げて中庭に寝転んだ。


「あーーー! もう行かないって言っちゃおうかな! そうしたら」


「ダメだ。アニムは聖都に行くべきだ」


「…………な、なんでだよ……」


 アニムは聖都で学んで、魔術帝と呼ばれるほどの才能を開花させる。

 でも行かなかったらどうなるかわからない。僕がいくら強くなってもアニムが弱くなったら意味がない。

 未来のことなんて言えるわけないけど、アニムの為にも行ったほうが良いのは確かだ。

 二人で強くなるためにも。


「アニム、君は聖都で魔術を学んで。そして強くなったら、冒険者でもやろう」


「…………え?」


 一度目は聖都の学舎で会って、意気投合して、魔術を一緒に研究して、どんどん遠ざかっていく君を見てることしかできなかったけど。


 今は違う。

 

「――五カ月後、僕も聖都に行くよ。聖都で剣を学ぶ。だから、アニムは先に行くだけだよ。すぐに追いつくから」


「バ、バラムも……来るの?」


「うん、先生が来いって。条件はあるけど」


 腰に付いた石の剣を揺らしながら、アニムの目を見据える。


「必ず行く。だから少し間が空くだけで、すぐに会えるよ」


 アニムは膝を抱えて、口元をふにゃふにゃにしながら「そ、そっか」と頷いた。


「手紙、送って。ボク寂しいから」


「わかった」


「聖都に来たら、暇なときは会いに来て」


「ぜ、善処する」


「ボクより仲良い友達作らないで」


「重いなぁ、たぶん出来ないよ」


「重いのは自覚あるから言わないで……あと、ミィに優しくしてあげてね。懐かれ過ぎない程度に」


「わ、わかったって……」


 少し赤くなった目元を拭いながら、アニムは手のひらから簡単そうに炎と風を生み出しながら歯を見せて笑った。


「バラムが聖都に来る頃には、絶対バラムと並べるくらいすごくなっとくから! そしたら一緒に冒険者になろう!」


 並べるくらい、か。完全に僕のセリフなんだけどな……。

 でも、ここは強気で行こう。

 もう見上げるだけはこりごりだ。


「じゃ、僕はアニムに追いつかれないようにもっと努力する。聖都で会った時にはもっとカッコよくなってるよ」


「こ、これ以上か…………心臓の替えを用意しとくよ……。……ここで会うのはこれで最後にする。明日会ったら、また行きたくなくなっちゃうから……」


「わかった。元気で」


「バラムもね。手紙は絶対送ってね。送ってくれなかったら一日に十枚ぐらい抗議の手紙送るから!」


「うん、送るって」


 会えないのはたった半年のくせに、お互いに少し重いな。



「またね、バラム」


 


 一週間後、アニムは馬車に連れられて、ダズリルを発った。


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