試行と才気

「バラム! この人があなたの先生よ!」


「おい、まだ見るって決めたわけじゃ……」


「いいから! バラム、この人は聖都で―――」


「ああああッ! そう言うのは無し! 俺の素性は言わないでくれ! めんどくさくなる……」


「まったく……しょうがないわね」


 シスターが連れて帰ってきたのは、二十代後半くらいの男性だった。

 くすんだ黒髪に端正だけど髭やら傷やらで小綺麗とは言えない。腰に携えているのは剣と小瓶の数々。

 多分、冒険者なのだろう。


「バラム、この人はこの孤児院出身の冒険者さんなの! だから、お兄ちゃんよ、お兄ちゃん!」


「あーはいはいそうね。……お前がシスターの言ってたガキか」


「よ、よろしくお願いします!」


 結構な身長差もあって見下ろされながら頭を下げる。

 

「ほう、流石シスターのとこのガキだな。礼儀がしっかりしてるわ。ここんとこ貴族の馬鹿ガキばっか相手にしてたからな……」


「き、貴族の、ですか?」


「ん? ああ、気にしないでくれ」


 めんどくさそうにはぐらかされるけど、今のはちょっと聞き捨てならないぞ……。

 貴族を相手にしてる冒険者って、とんでもない高位の人なんじゃないか……?


 僕の好奇の視線をものともせずに、彼は手に持っていた木の剣を僕に手渡した。


「お前が作ったんだってな。やるじゃねえか」


「あ、ありがとうございます」


「でもよ、そんだけできるならわざわざ剣なんか習わなくてもいいんじゃねえか? そっちを極めることもできるはずだ。なんで剣を学びたい?」


 僕に目線を合わせながら聞いてくる。

 多分いい人なんだろう。才能タレントとずれた努力の大変さと残酷さを知っているんだ。

 でも、僕だって譲れない。


「剣を作れても、使えなかったら意味がありません。僕に必要なのは魔術と武術。それが両立して初めて、僕は強くなれると思ったんです」


「強くなる……何のために?」


 アニムのため。これは大前提。

 でも、そんなの綺麗ごとだ。

 別に、アニムに守ってほしいなんて言われたことは一度もない。


 なら、なんでアニムのために頑張るんだ?


 それこそ、決まっている。



「僕のために。僕の努力は、僕のためにあります」



 冒険者の彼は、歯を剥いて笑った。


「表、出ろ。見てやる」





■     ■     ■     ■





 『僕のために』



 ヤバいなこいつ。イカれてやがる。


 他のガキどもの世話をしに行ったシスターを思い浮かべて頭をかく。


 どんな育て方したらこんな十歳が出来上がんだよ……。


 何のため?

 そう問うのは初めてじゃない。


 貴族のガキどももそうだし、新人の冒険者達にも数えきれないほど聞いてきた。


 そしてそのほぼすべてが、他人の名前か目標を語る。


 誰かを守りたい。英雄になりたい。モテたい。誰かに勝ちたい。


 そしてその全てが、自己満足で出来ている。

 

 このガキは、この世界が自己満足の寄せ集めであることを知っている。

 自分の強くなりたい動機が、身勝手であることを知っているんだ。


 それを言い放った時の目も、だいぶキマっちまってた。


「最近のガキってのは、どいつもこいつもこんなかんじなのかねえ」


 『自分のため』。そう言ったのはこれで二人目。


 今、現在進行形で聖都で見ているガキが一人目。

 そしてこのガキ、バラムで二人目だ。


「一週間か……短けえな。……はは、何言ってんだ俺」


 乗り気になっている自分に思わず吹き出す。

 でも仕方ない。教え甲斐がありそうなガキがいるんだから。


 孤児院のそこそこ広い中庭で剣を抜く。


「まずは軽く素振りをする。俺のを見た後に、お前はその木の剣でやってみろ」


「わかりました」


 そう言って、バラムは一歩下がった。


「お願いします」


 俺の一挙手一投足を見逃すまいと、さっき見せた覚悟のようなものが詰まった黒い目を光らせている。


 おう、おう。やっぱヤバいなこいつ。

 この年頃のガキってのは実践しか好かないと思ってたが……。


 俺は適当に素振りをする。

 型ではなく、ただ振るだけ。

 上段から振り下ろし、中段で止める。

 それをただ、数度。


 さて、このガキはどんな反応をする?


 大抵、型を教えろーだの、つまらないだのと抜かすが……。


 素振りを終えてバラムを見ると、バラムは静かに剣を見つめていた。


「なるほど、筋力強化ですね。剣を振る時に使う箇所を重点的に鍛える……わかりました」


 聞いた瞬間、胸の奥から湧き上がる高揚が俺を震わせた。


 剣を振るうものなら誰でも通る素振りは、本質を理解せずに言われたとおりにやるのが大半だ。

 俺もガキの頃はそうだった。


 素振りよりも型の練習の方が好きだったし、反復動作に飽き飽きしていた。

 だが剣を振れば振るほど、素振りの精錬され切った本質を知るんだ。


 剣のための筋力強化。剣を振った際の軌道の再現性。

 それらは型を覚える時や我流の剣術を編み出す時の基盤になる。


「ふっ! っ、ととっ!」


「おい、あぶねえからあんまり力まず、最初は持ち上げて振り下ろすだけでいい」


「わ、わかりました!」


 剣の重さに振り回されて、地面を何度か叩く。

 初日はこんなもんだろ。素人が初めから上手く振れるなんて思っちゃいない。

 ましてや、武術系の才能タレントを持っていないガキならこれが当たり前だ。

 

 そんなことより、このガキの異質さが気になる。


「えーと……先生……で、いいですか?」


「あ? まあ、なんでもいい」


「じゃあ先生。もう一回素振りを見せてもらってもいいですか?」


「……ああ、いいぜ」


 素振りのおかわりを求めてくるガキなんて初めてだな。


 実践より先に、観察。

 そして理解。

 満足したら実践。


 知識の重要さをこの年齢にして知っている。

 これは才能とかと別のベクトルで出来が違う。


 一週間か……ほんと、短けえな。

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