更新と黒玉

 ヴェーム大森林での出来事から一週間。

 僕が聖都に来てから、もう少しで一カ月が経とうとしている。

 先生の家の一部屋を借りている僕は、一週間もの間、この部屋から出ることができていないのだ。

 というのも、すべては僕の左腕に端を発する。

 

 先生曰く、


「魔物や魔獣の特徴を持っている人間は、大聖堂において都合がよくない。そういうヤツらは、崩人クズレビトって呼ばれて忌避されてるんだよ」


 とのこと。


 正直、一度目では実力がない分、知識でカバーしてた自負はあった。

 でも僕は崩人クズレビトなんて存在を知らない。自惚れでなければ、秘匿されたり情報規制が敷かれていたのではないだろうか。

 まあでも、左腕を挿げ替えた時点で普通の生活を送れるとは思ってなかった。

 左腕の違和感は少なくなってきたけど、まだ少し調整に難があるのも確かだ。

 これを違和感なく自在に操れるようになれば、もっと目的に近づけるはず。


「さてと」


 僕一人で使うにはかなり大きい部屋の中で日課の肉体強化と素振りを一通り終える。

 すると、見計らったように部屋の扉が開かれた。


「おう、バラム」


「先生、おはようございます」


 ここ数日、僕の処遇のために奔走してくれていたらしい先生は、したり顔で頷いた。


「一週間の軟禁生活ご苦労様だ。外出許可、でたぜ」


「……やっとですね」


「俺の庇護下に入る内はあいつらも手ぇ出せねえし、ヴェーム大森林でのお前の大立ち回りは俺とアヴェルが進言した。公的には、第四皇女を救ったのは俺ってことになってるのが癪だけどな」


 申し訳なさそうに首を撫でる先生。

 僕が求めた結果はアニムの無事であって皇女の救出ではなかった。

 そもそも僕は、あの時点で第四皇女が危険に晒されてるなんて知らなかったし、彼女を救ったのは先生に違いないだろう。

 間接的にその助力をしていたのかもしれないけど……正直どうでもいい。

 そんなことよりも、外出許可が出たことの方がよっぽど重要だ。


 一週間もガルアード家に顔を出していなかったし、ユディアとの模擬戦もできていない。

 それになにより、


「先生、ガルアード家に王城からの視察が来るのって……」


「明日だな」


 これだ。

 予期しない形でアニムとの再会を果たした僕だけど、ヴェーム大森林で顔を合わせた以降は以前と同じように簡単に会える機会はなかった。

 だから、今回の件と明日の視察が、僕のこれからの分岐点になることは間違いない。


 僕は久しぶりに部屋を出ると、左手に手袋をして周りの目を誤魔化しながら、迷い無くある場所に向かった。

 それは、大聖堂だ。


祝福ギフトの更新をお願いします」


 硬貨を払って神官の前に立つと、すぐさま更新が行われる。

 

 ……なるほど。僕の顔と名前は大聖堂全体に周知されてる訳じゃなさそうだな。

 ある一部の人間だけが、僕を崩人クズレビトなる人種だと知っている……ということか。


 ついでに確認したかった情報を精査しながら、僕は脳裏に浮かんだ祝福ギフトに意識を集中させる。




●   ●   ●   ●


 バラム


 才能タレント


転換魔術コンバージョン

 魔力を用い、あらゆるものを別の性質に変化させる。

 対象は、性質に沿った形に変化する。


 転換条件は、等価であること。

 使用者が想像できる物質、または事象に限る。


再演アンコール

 二度目の生を謳歌する破綻者の証。

 一度目で見たことのある能力アビリティの習得率、強化率への上昇補正。


 発動条件は、観察と理解。

 使用者より上位の才能タレントまたは能力アビリティ持ちからの指南により効果上昇。



能力アビリティ

 

【剣術】C (D+1) 剣を扱うための技術と筋力への成長補正。

【明晰】D 対象となるものを意識的に観察、思考した際の思考能力への補正。

【疾駆】F 標的に向かって疾走する際、加速力補正。

【崩腕】E 左腕の魔術耐性。

【黒刃魔法】G 黒羊の残滓。生物に向かって飛来する特性を持った物質を生み出す魔法。


●   ●   ●   ●



 …………おぉ。

 僕の初めの感想はそれだった。


 まず【剣術】の熟練度がEからDに一段階上がっている。この+1っていうのは『白狼の月欠け』の受動効果パッシブスキルの効果だろう。

【明晰】には変化がない。これが普通だ。 

 数年かけてやっと一段階成長するのが能力アビリティって物だから。 


 問題はここからだ。

 いや、【剣術】の能力アビリティの成長も規格外なんだけど、一旦それは置いておく。


 三つの新しい能力アビリティ

 まず【疾駆】。これは一度目でも結構お目にかかったことがある。斥候系の冒険者や速度に振った戦闘スタイルを得意とする者が持っていたはずだ。

 そして、【崩腕】。まぁ、これも黒羊との戦闘で効果は体感済みだ。


 【黒刃魔法】……さて、これだ。

 黒羊が僕の左腕を貫いた槍とか、宙に浮かべた剣とかを生み出した魔法だろう。

 これを見ると、わりと大聖堂の気持ちもわかる。普通の人間はまず魔法を使わないからな。

 僕にしてみれば明確な武器が増えるのは良いことだし、強力であることは違いないだろうけど、まさしく人間離れの最たる証拠だ。

 実践どころか、訓練すらも人目を忍んで行わなければならないだろう。


 ……とりあえず、先生に相談しよ。




 先生に相談しようと戻った剣帝邸(僕が呼んでるだけ)で、先生は喜色と困惑が入り交じった僕の顔に何を思ったのか、苦笑いを浮かべていた。


「またなんか変なの覚えてたんだろ?」


「あ、あはは……ええ、まあ」


 まるで見透かしたようにそう言う先生に、僕は笑って返すことしかできなかった。

 「ったく」とガシガシと頭を掻いた先生は、片手に古物商でみるような古めかしい小箱を抱えていた。

 

「先生……それ」


 僕がそれを指差すと、先生は僕にそれを渡して「感謝しろよ?」と僕の頭を乱暴に撫でた。


「あのままだったら国に押収されてたぜ、これ。としてな」


「魔獣、討伐の?」


「ああ、だから俺が回収して預かっといたんだ。軟禁中にまた面倒ごと起こされたら庇い切れないからお前には渡さなかったけどな」


 小箱を受け取りながら、先生の言葉に僕は首を傾げる。

 

「いいから、開けな」


 顎でくいっと箱を示す先生に促されるままにそれを開けば、僕の視界に飛び込んできたのは――『黒い宝玉』と一本の黒角。


「魔獣……お前とユディアによれば“黒羊”の魔玉と剥落部位ドロップだ。どうせ――――使うんだろ?」


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