団長と神秘
「どこから話したものかな」
一定の距離を保つ僕に眉を下げた彼は、普通の人間には無い部位——竜の尾を振り回し僕の前髪を揺らす風を送ってくる。
「そんなに警戒しないでくれ、君が知る
そんなことを言われなくても僕の思考は過去にエンダークに聞いた
だがそれがわかっても、澱のように心身に沈んでいる絶望が彼に拒否反応を示している。
「天使は
「うん、噂に違わない冷静さだね。エンダークに聞いた通りだ。大変好ましい」
満足げに何度も頷く彼は、歩きながら上に指を向け、木々に隠れた
「俺は一度目、天使になった」
そうして語り出す。
「俺には
「……僕の記憶は、あなたとそっくりな羽男を無様に見上げる光景ですね」
「うん敵愾心たっぷり。まあそれも仕方ない」
「すみません……わかってるんですけど……」
顔が瓜二つだが、その性質は全くの別物だ。
それどころか彼の存在は二度目の僕にとって大きな分水嶺に違いないのだ。
このまま苦手意識を持ったままでは立ちいかない。
「……あの、何て呼べば?」
「なんでもいいけど……今の俺を呼ぶ人間はみんな『
「では、団長で」
「いいよ」
どこか嬉しそうに微笑んだ団長はそのまま話を続ける。
「君が知ってる
「……それは、とりあえず呑み込んでいるつもりです」
「結構。じゃあ改めて俺たち『
優し気な彼の声音は強い意志を持ち、確固たる信念をまざまざと見せつけられるようだ。
ここで、僕がエンダークに話を聞いた時から考えていた疑問を投げかける。
「その……天使討滅というので聞きたいことがあります」
「なにかな?」
「その目的に、終わりはあるんですか?」
天使を殺す。
その行為は理解できる。だが、未来永劫殺し続けることなんてできるのだろうか。
それは破滅を先延ばしにする行為にしかならないのではないか。
目的に対して足を止めるつもりはないが、終着点の無い目的に思えて仕方がないのだ。
しかし、そんな僕の疑問に団長は明確に頷いた。
「当然、終わりはある。説明しようか」
僕が深く頷くと、彼は歩調を緩めて人差し指を親指を立てた。
それは『銃』を表すジェスチャーだ。
「わかりやすく言えば、天使って言うのは『弾丸』だ」
「弾、丸……」
「打ち込まれれば必死の一撃。絶大な殺傷力を持ち、目標に向かって飛来する弾丸が『天使』。それが収まった『弾薬庫』が
団長は僕に視線を流し、その先を促す。
当然、僕は彼が待っている言葉を知っている。
「銃身が……『天使系の
「そう、銃は『天使系
嘲笑う彼に共感はできない。
でも、
「弾丸を生成するのに必要な材料が、
「……なるほど」
僕は天使をどこか遠く、超常の存在だと考えていた。
実際そうなのだけど、でもそうじゃない。
奴らは文字通り、『死ぬ』のだ。
「撃ちだされた弾丸が目標に到達する前に破壊する。それが俺たちの目的だ。すると弾丸は当然壊れて、それまでだ。
「天使……弾丸には限りがある。無尽蔵に湧き出る存在では、ないんですね?」
「正しく。簡単に言えば、俺たちが目指しているのは『物資枯渇』。弾丸を枯らそうってわけさ。そうすれば、罪もない
「……銃があっても、弾丸が無ければ殺傷力はない」
「理解が早くて本当に助かるよ。まぁ、大聖堂の中には『銃』そのものを育てようなんていう計画もあるみたいだけど、今はそれは割愛するよ」
お手上げだ、と首を振る彼は余裕たっぷりに笑って見せる。
……この少しの問答だけでも、彼の頼り甲斐というか……厚みをすごく感じる。これはアニムにも感じたことのある感覚……カリスマというやつだ。
「念頭に入れて欲しいのは、俺たちの死亡の危険性だ。エンダークにも言われたと思うけど……強い
「肝に銘じます」
「よろしい。じゃあ、もっと詳しい話は他の団員に任せよう。俺は研究畑じゃないんでね。専門外」
彼は不意に立ち止まり、何もない場所で立ち止まった。
何もないというには木々や木漏れ日に溢れているが、森の中では当然の光景だ。それ以外何もない場所と言ってもいいだろう。
そんな場所で、団長は僕を振り返った。
「君はエルフを知ってるね?」
「ええ、もちろん」
「世界一美しい種族。精霊に最も近い人間。悠久を生きる長命。しかしその美しさとは裏腹に、種族の性質は苛烈だった。厳格で、致命的なまでに排他的」
「ですが、それは昔の話ですよね。今は改革派の先導によって人類社会に溶け込んでいます」
「そうだね。とてもいい変化だ。でも、エルフにはそんな時代があった。そんな種族の過去の産物が――」
森が――開く。
先ほどまで何の変哲もなかったそこに突如として現れたのは、青白い空間の歪み。
それはまるで僕らを飲み込むように広がり、眩しい光と一瞬の浮遊感を僕に与えた。
光が収まった直後、恐る恐る目を開ける。
そこには変わらず団長の姿があり、安堵に胸を撫で下ろしたのも束の間。
「……ぇ?」
眼下に広がる幻想的な光景に、思わず声が漏れた。
聳える大樹、竜樹キエルが見下ろすミガル湖の畔。
そこに広がる文明は、原始的で美しかった。
木々を繋ぐ橋。朝露を溢す花々。
湖から流れる水路が家々の残骸の間を流れ、心地良いせせらぎが鼓膜を叩く。
小さな村。上空からは見ることのできなかった文明が、確かに息づいていた。
「もうここにエルフは住んでいない。ただ残ってるだけだ」
「りゅ、竜車からは……こんな光景……」
「見えなかっただろ? 当然、それがエルフの『神秘』だからね。俺たちが森の中腹からここに飛んだのも、エルフの隠術の効果さ。竜神国ラゴムでは周知の事実で伝承でもある――『竜樹キエル』には竜しかたどり着けない。その一節の原因がこれってわけだ」
秘境。そう呼ぶ以外他にないだろう。
「ここはエルフが作り出した最初の文明。今のエルフでも知り得ない最古の秘境。今の『
「は、はは……そりゃ一度目で聞いたことないはずですよ。こんなとこに住んでる人たち」
「それは重畳。さ、行こう」
湖から流れる涼しい風に煽られながら、団長は楽し気に僕を振り返った。
「エンダークも、あとお嬢ちゃんももう着いてるよ。それと――団員たちと顔合わせもね、早くしないと」
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