侮りと実力
ユディアの性格を表した時、僕なら『冷たい炎』と評するだろう。
本人の性格は至って冷酷。冷静。冷淡。しかしその本性は苛烈を極めている。無差別に人を斬ってしまうような危なげがあるし、闘争こそ至高とか本気で言いだしかねないほどの戦闘好き。
対して、
「カイン……剣帝の弟子、ということですね」
氷を連想させる冷たい声音から感じるのは、恐ろしいほどの熱。
「……ふっ」
ふと、彼女は僕に向けた刀を下げ、鼻で笑う。すると、勝ち誇った顔で綺麗な微笑みを披露した。
それはどうにも、子供に向けるような、慰めるような顔だった。
「——お前、弱いです。覇気、立ち姿、隙……すべてにおいて未熟もいいところです。剣帝様にご教授頂いてこれは……程度が知れます」
「……ぁ、はは……」
にっこりと浮かべた満面の笑みと優し気な声音からは想像もできない散々な僕への評価に、僕はたまらず苦笑する。
そんな僕の反応に、彼女はすっと表情を消した。
「剣帝様の格に差し障ります。お前の実力がどうあれ、普段の立ち振る舞いには気を付けた方が良いです。私のようにお前を侮る人間が多ければ多いほど、寿命は縮みます」
「えと……それはどういう?」
「……構えなさい。撃ち合えばわかります」
すっと目を細めた彼女は、僕に背を向け一定の距離を取った。
置いてけぼりの僕に、団長は申し訳なさそうにへらりと笑う。
「いや、ごめんね。彼女、剣帝カインの熱狂的な
「な、なるほど……」
「剣帝の弟子。その称号は欲しくても手に入る物じゃない。それを持っている君に対して当たりがきついんだと思う、ほんとにごめんね」
団長が言うと、ラウルグラムさんも小さく続く。
「嬢の言葉遣いに対しても、申し訳ない。孤児ゆえ、儂が敬語を教えたのだが……まだ浅くてな」
「とりあえず、
「は、はい。僕にとっても願ってもないことなので」
きっかけはどうあれ、
僕は、強くなりに来たのだから。
鬼灯と呼ばれた少女を追って歩き、彼女と相対する。
「じゃ、始めよっか」
団長が持ってきたのは互いに刃を潰した剣と刀。
僕たちにそれを渡すと、団長は一歩引いた。
「怪我しそうになったら爺が止めるから、お互い本気でいいよ」
「伸び伸びと競うが良い」
二人の言葉を聞いた後、僕は思考に沈殿していく。
まず集中力を研ぎ澄ます。こよりを作るように視点を一点に絞り、視覚以外の外部から情報を排除するように息を吐いた。
■ ■ ■ ■
「へー」
「……ほう」
シェードとラウルグラムは同時に声を上げた。
蝶よ花よと愛でられた彼女に初めて出来た同年代の相手。
二人は知らずの間にそわそわと成り行きを見守っていた。
「爺……どう?」
「ふむ――勝つ」
「そっか、やっぱり」
目を合わせずに言い合う二人の前で、少年少女の邂逅が始まった。
「動かないんです? じゃあ、私から行きます」
鬼灯が鞘に入った刀を鳴らす。
だがバラムは微動だにせず、鬼灯に対して虎視を続けた。
「——ふッ!」
勝負は、一瞬だ。
カンッ!
鬼灯が履いた下駄が地を弾く音が森に響いた。
一息に間を詰めた鬼灯の疾駆は、正しく豪速。空を切る鬼灯が纏った和服の裾が靡き、その速度を如実に表す。
その速さは10歳前後の少女が繰り出すものではあり得ない。
そして――ユディアには届かないほどの、バラムにとっては見慣れた速度だった。
(踏み出す時すり足の癖があるのか?利き手は左っぽいななんで右で構えてるんだろ速度は脅威じゃない武器が他にあるのかっていうかなんの
右側から繰り出される居合抜き。
速度が売りのそれに対して、バラムは持ち前の思考速度と予測でもって迎撃態勢をすでに整えていた。
自分が振り抜いた刀の軌道上に突如として構えられた剣に、鬼灯はわかりやすく目を見開く。
「————……は?」
そして――バラムは声を上げ、地面に横たわっていた。
何のことはない。
ただ予想以上に鬼灯が加速し、予想以上の膂力でバラムの剣を吹き飛ばし、流れるような体術でバラムを組み伏せて、その首に刃の潰れた刀を押し当てただけだ。
「侮られる。私たち弱者にとってそれは最大の隙。それを戦術として利用できるのは、一握りの強者だけ、です。お前を侮った人間がお前より強かった場合、お前はそこで死にます。私もです。——そしてさっき、お前は無意識に私を侮った。『速度はこのくらいか……』、『時間を稼ぐか』と言ったところですか」
ユディアの技術。黒羊の膂力。
聖都で相対したそれら。
バラムが相対したことのあるそれらを、鬼灯がすべてにおいて上回った。ただ、それだけの話だ。
「その戦い方を押し付けられるのは、強者だけ。弱者こそ、侮られてはいけません。……もう、いい、です」
彼女はずいぶんと冷たく言い放ち、バラムに対する興味を完全に失ったように彼を解放した。
「鬼灯、これから彼も旅に加わるからよろしくね」
「勝手に、です」
団長からの言葉と訓練刀を投げ捨てて場を去る少女。
バラムはただ、その背中をぼうっと見つめていた。
うんともすんとも言わないバラムに団長は頭を掻いて、困ったようにラウルグラムに目を向けた。
「……あー……バラム? ……どうしよ、爺」
「……仕方あるまい。嬢の強さは子供からすれば残酷な……——」
「……爺?」
不意に言葉を止めたラウルグラムに首を傾げたシェードは、その視線の先——バラムに目を留める。
「——見つけた。目標」
彼は、獰猛に笑っている。
実力差に打ちひしがれるでもなく、慢心を叩かれたことを恥じるでもなく。
目標地点を設定し、見据えていた。
「——僥倖。資質は充分、と言ったところか」
「うん」
団長は期待を込め、バラムに問う。
「どう、彼女。俺たち自慢の最年少」
「強いです。ホントに。背中が見えない程遠くて、高くて――最高です」
高い目標は、少年を引き上げる材料に過ぎない。
「ちやほやされるためにここに来たわけじゃないんです、僕は。——こういうの、待ってました。ここに来て、良かったです」
彼は凄惨とも言える笑顔で、もう一度笑った。
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