【書籍化準備中】魔術帝の参謀は二度目の破滅を打ち砕く

Sty

プロローグ

破滅と回帰

 炎の海と土の津波が眼前を覆っていた。

 そこら中に無惨に積み上がった物言わない人型から目を逸らし、僕は天を仰いだ。


 煌々と光を放つ人影に歯噛みしながら、無力に膝を付く。


「愚かにも繁栄を続けた人類。その頂点に座する蛮行を、熾天使セラフの名に置き――——断罪する」


 宙に浮き街を見下ろした金の髪を持つ男が、再び目を焼く光を放つ。


 次の瞬間には、街だったものが跡形もなく消えていた。

 人も、物も、空間ごと切り取ったかのように忽然と姿を消した。


 世界中で起こっていた都市の消失事件の全貌が“コレ”だと認識するのと同時に、圧倒的な無力感に苛まれる。


退け」


「あぐ………っ!」


 膝を付き茫然と宙の男を見上げていた僕の背中を、白銀の剣を抜いた女が蹴った。


 魔術帝まじゅつてい直属四騎士の一人、ユディア。

 世界一の女騎士と名高い彼女は、絶望を前に不遜な表情を浮かべていた。


「膝を付くことしかできない無能が、疾く消えろ。魔術帝の名が泥に塗れる前にな」


「な……何、を……」


「わからないのか? 邪魔だと言っているんだ愚図。参謀などと言う不要な役を自称する痴れ者が。魔術帝に付いて回る腰巾着。普段偉そうに講釈を垂れるしか能がないくせに、いざと言うときには無力にアホ面を晒す……救いようがないな」


 僕の顔を見ることすらせずに詰る言葉を続けるユディアに、僕は何の反論もできない。

 すべてその通りだから。


 幼馴染みの少女のためになりたくて、何ができるわけでもないのにこんなところまで来てしまった。

 多分、僕を認めていたのは魔術帝だけだったのだろう。

 それもきっと、幼馴染みとしての温情だ。


「ようやく貴様と別れられるな。清々する」


 その言葉に、歯を軋むほど食いしばり、拳を握った。


「わ、わかってるのか!? もうこの街に残ったのは僕達だけだ! 四騎士もお前しか残ってない! なぜだかわかるか!? 今までお前たちが独断と突撃を繰り返して、いたずらに兵を減らしたからだ! 戦果を争って四騎士内で揉めやがって……お前たちの無能を僕のせいにするなッ!!」


 子供のように喚き散らす。

 ああ……本当に無能だな、僕は。

 わかってるんだ、自分が役立たずなことなんて。

 しかもこんな絶望的な状況を前に、唯一残った大事な戦力に向かって罵詈雑言を飛ばす。

 ゴミだ、いや、それ以下か。


 ユディアは不機嫌そうに鼻を鳴らし、僕に向かって剣を向けた。


「耳障りだな。どうせ最後だ、ここで――」


「――やめて、ユディア」


 ユディアの声を遮ったのは、幼いころから聞き慣れた愛しい声だ。

 ユディアの白銀と正反対の漆黒の長髪を靡かせ、僕たちの間に割って入る。


「ちっ……」


 剣を下ろして舌打ちをしたユディアは、目にも見えない速さで行き場のなくなった矛先を流麗に数度振った。

 そんなユディアを笑いながら、は僕に振り返った。


 恐ろしく整った顔で、蒼の瞳で僕を穿つ。


「逃げて、バラム。ごめんね、ボクじゃ守ってあげられない……ごめん」


「アニム……! 行っちゃ、ダメだ……!」


 縋った僕の手を優しく解き、手を撫でた。


「ふふっ、バラム。君はボク、魔術帝アニムの参謀なんだからそんな顔しちゃダメだよ。いつもみたいに、カッコよくしてなきゃ」


「ふざけてる場合じゃ、ないだろっ! 他の六帝達もきっとあいつに殺されたんだ! 行ったら――――」


 僕の言葉を最後まで聞かず、アニムは僕の手に黒く光る宝玉を乗せた。


 『魔宝玉まほうぎょく』。

 魔物と呼ばれる人類を脅かす怪物の心臓部を加工して作られた、魔力を閉じ込める宝玉だ。

 こんなもの貰っても……僕じゃなにも……。


「君の魔術なら、何かに使えるかもって……もしもの時のために小さいころから溜めてたんだ。ざっと二十年くらいかな? はははっ、我ながら重いなぁ……」


 そう言って、アニムは僕に背を向けた。


「君のためなら、何でもできるんだよ……ボクって」


 僕もそのつもりだったのに。

 今僕にできる事なんて、何もない。


「行こう、ユディア」


「……はっ」


 アニムの言葉に頷いたユディアが、宙に浮き、街だった場所を俯瞰していた天の男の元へ疾走する。


「断罪だ」


 瞬間、世界一の女騎士の存在が、この世から消滅する。

 

「あ、ああああ……っ」


 思わず僕の口から漏れた声に、アニムは泣きながら笑った。


「……さよなら、バラム」

 




□    □    □    □





 吹きすさぶ残骸の街に残った僕の前に、男が六枚の羽を広げて降り立った。


「断罪だ。繁栄と比例して悪意を肥やした愚かな人類への、断罪だ」


「……………………」


 僕は胸に抱いた宝玉を左手で握りしめながら、失意の中で瓦礫に右手を当てた。


「…………転換魔術コンバージョン


 呟くと同時に、瓦礫が剣を象る。

 出来上がった石の大剣を持ち、ふらふらと立ち上がろうとして失敗した。


「ははは……役立たずが……死んじまえ……っ」


 石の大剣など、ちょっとやそっと鍛えただけで持ち上がるわけもなく、身体強化の魔術を使えない僕には到底無理だった。

 仮に持てたとして、剣の心得がない素人に何ができる?


 ない、ない、ない。

 僕には何もない。


 小さい頃、誰よりも先に魔術を使えるようになって、一心に魔術に打ち込んで、それ以外の全てを疎かにして来たつけだ。


 唯一使える僕のアイデンティティ、『転換魔術コンバージョン』。

 さっき瓦礫を大剣に転換したように、あるゆるものを別の性質を持つものに転換する魔術。

 一見使い勝手が良いように見えるこの魔法は、残酷なほどに使い手を選ぶんだ。


 大量の魔力を必要とする上に、転換できるのは等価の物だけ。

 石から金を作ることなんて当然できず、ましてやそれ以上なんて望むべくもない。

 さらに僕のイメージに依存するため、僕が想像できないものは転換できない。


 魔力量が少なく、想像力の乏しい僕とはすこぶる相性が悪かった。

 

 つまり、


「断罪だ」


 いくら魔術帝の魔力が満ち満ちた魔宝玉を持っていても、目の前の男の『死』を想像できない僕には、こいつを倒す術はない。

 僕がイメージできるのは――眼前の絶対的存在と、僕の死、だけ。



 僕の死……だけ。


 その時、僕は脳裏で昔読んだ本に書いてあった戯言を反芻していた。


「……はっ、ハハハハハハハハッ! ホント、正気じゃないぞ……」


 正気ではない。全てを失った僕が正気で居られる道理もないな。


 なら、賭ける。


「おい、羽男。僕はこれから死ぬ、そうだな?」


「罪多き、地上の民に死の断罪を」


「その後……どうなると思う?」


。何者にも、に与えられる普遍的世界機構」


 目の前の絶対的存在の口から出た言葉を、イメージとして固めていく。


 生と死は平等に与えられる仕組みだ。

 僕なんかじゃ及びもつかない、超自然的生物の口から聞いた。


 平等だ。等しい。


 事実を排斥して、イメージを強く。

 

 なのだと、何よりも強く思考に植え付ける。


 僕の左手には、世界最強の魔術帝の二十年の結晶。

 何よりも信じて、焦がれた彼女の神髄だ。


 不可能など、ありはしない。


 六つの天使の羽を広げた男は、陽光の剣を振り上げ、


「断罪だ」


 僕の首へ振り下ろした。



 右手を心臓の上に置く。

 一秒先の死を見据えて……——僕は笑った。



「『転換魔術コンバージョン』………………――――死にさらせ」




 魔宝玉が砕けた音を捉えた直後、僕は死んだ。






■      ■      ■      ■







 

「――――――ぁ」


 喉の奥から勝手に声が漏れた。

 視界には、随分前に無くなったはずの孤児院の色鮮やかな天窓。


「バ、バラム!? 急に倒れてどうしたの!?」


 そう言って僕に駆け寄るのは、もう随分見ていなかった孤児院のシスター。

 感性が大人になってから見るシスターとんでもなく美人だな……。ていうか最後に会った時と顔変わらないな……魔女かよ。


 そんな暢気なことを考えるのと同時に、自分が置かれた今の状況を精査する。


 心臓が一度大きく跳ね、落ち着くことなく小刻みに生を訴えてくる。


「シ、シスター……?」


「ど、どうしたの? どこか具合が悪いの?」


「……今日って、何年?」


「やっぱり具合が悪いのね!? 早くお医者さんに……!」


「あああっ! い、いいから! 大丈夫だから!」


 相変わらず過保護なシスターに不思議な感覚になりながら、慌てて立ち上がる。

 すると、明らかな異常に気が付いた。


 目線が、低い。

 とっくに追い抜いたはずの小柄なシスターより、低いんだ。


 シスターは元気に立ち上がった僕に胸を撫で下ろすと、僕を優しく撫でた。


「きっと、緊張してるのね。大丈夫よ、怖いことなんて無いんだから」


「き、緊張?」


「そう」と優しく微笑んだシスターは、僕の手を引いて孤児院の扉を開いた。



「だって、今日はあなたの、『才儀神託オラクル』の日だもの。あなたに授けられた祝福ギフトを見る日でしょう? きっと心のどこかで不安なのよ」


 十歳の……誕生日。

 『才儀神託オラクル』の日。

 破滅のあの日の、二十五年前。


 ――間違いない。成功だ。


「そっか、そうだったね」


「そうよ……あら? 今度はなに? 面白いことでも思い出したの?」


「ううん、なんでもないよ。行こっか」


 シスターを追い越し、手を引いて孤児院を出る。

 首を傾げるシスターに見えないように、口角を釣り上げた。


 イメージにずれがあったのか、単純にあの魔力で出来る限界がこれだったのか。

 想像したのは生、そしてやり直し。

 後者のイメージの方が強かったのか?

 まあ、どちらでも良い。


 時間遡行。

 その形での自分の魔術の成功を、僕は確信した。

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