一章 二度目の出会い
神託と邂逅
ダズリル王国、王都。
そこそこに栄えて、そこそこに仄暗いところもあるいたって普通と言える僕の故郷。
孤児院が立っていることと、孤児院に住む僕みたいな子達が少なくないことを鑑みれば治安は推して知るべしだ。
「バラム、どうしたの? そんなに周りを見回して」
「あ、ごめん。なんでもないよ」
懐かしくて、なんて口が裂けても言えない。
今僕たちが向かっているのは、都の中央に建てられているダズリル大聖堂。
世界各国の都に建てられている大聖堂は、『
今も空を見上げれば、雲の合間に切り離された大地の下部が見え隠れしている。
正直今までは眉唾物だったが……。
『断罪だ』
思い返した瞬間、ゾクッと背筋が粟立った。
崩壊の権化の如く光と破壊をばら撒く姿に、思わず全身が強張る。
しかしすぐに首を振ってそんな思考を打ち消した。
(あれを繰り返さないように、するんだろうが)
弱気な自分を叱咤し、決意を新たに固める。
今も、時間遡行したという実感は湧いていない。
だが、五感を通して伝わってくるすべてが確かな実在性を孕んでいて、今際の夢であるなんて思考を許さない。
これが夢か否かなんて自問自答をしている暇があるなら、これから何をするか、どんな道筋を辿るかを思案しろ。
そして必ず。
「アニム……」
君を救いたい。
そのためには、このままではダメなんだ。
「シスター」
「ん? どうしたの?」
「強くなりたい。どうしても」
手を引きながら、一瞬呆気にとられるシスター。
当然だな、十歳の子供がいきなりこんなことを言い出すなんておかしい。
でもシスターは優しく笑って立ち止まり、目の前の大聖堂を見上げながら繋いだ手をぎゅっと握った。
「絵本の英雄さんに憧れたのかしら? 男の子ね」
「そんなんじゃ、ないけど……」
「なれるわ。きっと」
たぶん、一度目のこの日にはこんな会話してないんだろうな。
もう昔過ぎて覚えてないけど。
些細で、変化とも呼べない覚悟から、僕は
大聖堂内は、色付きの天窓から差し込む光と侵しがたい静謐で満ちていた。
僕たちの足音が無音の堂内に反響して、嫌に居心地が悪い。
そう言えば、昔から大聖堂は嫌いだったな。
成長してからも何度も足を運んだけど、この雰囲気といつ見ても変化することの無い
先天的な
この世界の残酷かつ現実的な仕組み。
逆に
これから可視化される僕の
十歳の僕はまだ努力なんて知らないし、なにより必要なかったからな。
ただ、才能に勝る努力が存在しないのも、今の僕は知っている。
ユディア。
絶望の前であっても、屈さずに剣を握った白銀の騎士。
彼女の
聞いただけではそれだけのように感じるが、これがまあ、それこそ絶望的に強い。
その秘密は、
後天的な努力によって手に入れることができる
騎士を志す者の大半が持っているものだ。
しかし、
それはそれは、可哀そうになるくらいの。
まあ、もちろん
そのくらいの差が、才能と努力にはあるんだ。
「バラムくん、前へ」
「バラム、頑張ってねっ!」
国が大聖堂に配置した神官が手招きをして促してくる。
僕は立っているだけでいいのだが、シスターは僕なんかより緊張した様子で祈るように手を組んでいた。
神官だけが持つことを許された『
目の前の長机に置かれた羊皮紙を指した神官は、「これに触れてください」と僕の背を押した。
この先の展開は知っているので、特に感慨はない。
昔の僕は、それは緊張しながら触ったんだろうけど……今は一回読んだ本を流し見している気分に近い。
そしてやはり僕が触れた羊皮紙は淡い光を発すると、さらさらと砂のように崩れて魔力の粒子に変わる。
粒子は僕の腕に吸い込まれるように消えて、脳裏に
…………待て。待ってくれ。
「バラムくん、
急かすように聞いてくる神官に、僕は立ち尽くしたまま答えられないでいた。
「バ、バラム? どうしたの?」
不安げに袖を引いたシスターの言葉にようやく我に返った僕は、震える声で神官に告げる。
「僕の
「『
「と、特有……! バラム! すごいじゃない!」
頬を染めてはしゃぐシスターは僕の手をぶんぶんと振って飛び跳ねている。
この光景には見覚えがある。
きっと、一度目もこうだったんだ。
特有、前例がない
まあ、結果はあんな感じだったけど。
でも、今はそれどころじゃない。
なんだ、なんなんだ、これは。
● ● ●
バラム
『
魔力を用い、あらゆるものを別の性質に変化させる。
対象は、性質に沿った形に変化する。
転換条件は、等価であること。
使用者が想像できる物質、または事象に限る。
『
二度目の生を謳歌する破綻者の証。
一度目で見たことのある
発動条件は、観察と理解。
使用者より上位の
―――――――――
● ● ●
二つ目。
複数の才能持ち。
稀にいるとは聞いたことがある。
だが、僕はそうじゃなかったはずだ。
見る限り、時間遡行なんてイレギュラーによって起こった変化なのだろう。
困惑と驚愕の狭間で固まっていた僕は、身体全体から心臓に走る熱に思わず声を漏らした。
「ははっ、ははははっ!」
「……バラム?」
「ご、ごめん、特有っていうのがうれしくてさっ」
「そうね! 今日は帰ったら孤児院のみんなでお祝いね!」
興奮気味のシスターを見て、逆に落ち着いてきた僕は神官に礼をして大聖堂を後にしようとして―――――。
「アニム、緊張しなくていいんだぞ」
「わかってるよお父さん。それに、ボクじゃなくてお母さんに言ってあげた方がいいんじゃない?」
「だ、だだ、大丈夫っ! きっと良い
「あ、ああ……
「ああ、ダメだなこりゃ…………——?」
そうだ、なんで忘れてたんだ。
出会うのはもう少し先。
だけど、初めて見たのは、この日だ。
一度目はすれ違うだけだった。
でも彼女の醸し出す雰囲気に、幼心に見惚れたんだ。
そして二度目の今。
変化した
「――――――」
目が離せない。言葉が出ない。
幼くとも片鱗を魅せる美貌と、変わらない黒髪と蒼の瞳。
そんな彼女は、直線に僕の前に歩き出す。
僕の前に来た彼女は――――将来、『魔術帝』と呼ばれて畏怖されるアニムは、からかうように僕に笑いかけた。
「なんで泣いてるの? もしかして、欲しい
悪戯な笑みに突き動かされるように、堰き止めていた言葉が漏れる。
「——君に破滅は訪れない……僕が変えてみせるよ」
「……はぁ? 何の話?」
ああ……終わった。
なに口走ってんの僕!?
「ちっ、ちがっ! そうじゃなくて!」
慌てて手を振る僕を怪訝な目で睨むアニム。
な、何とか弁解しないと……。
「ご、ごめん! すごく綺麗だ、って思ったら変なこと言ってた!」
「——はあっ!?」
「あら、まあ!」
僕の言葉を聞いた瞬間、顔を赤く染めたアニムと、口に手を当てて目を輝かせるシスター。
「いやほんと、さっきの言葉は忘れてくれていいから!」
「ボク的に気になるのはそっちじゃないんだけどっ!?」
なぜか先程よりも必死に僕に言い募るアニムに、「ほんとごめん!」と言いながらシスターの手を引いて大聖堂を出ようと出入り口に足早に向かう。
しかし、アニムに回り込まれてしまった!
なして!?
「ちょっ、ちょっと待って! あ、あの、名前!」
「は、え、僕?」
「ん」と恥ずかしそうに頷いたアニムに心中を掻き毟られながら、冷静を装いながら答える。
「バ、バラム。よろしく」
「バラム……ね。ボクはアニム。この大聖堂を使うってことは、この街の人だよね?」
「うん、大通りから一つそれた通りの孤児院に住んでる。こっちはそこのシスター」
「よろしくねぇ、アニムちゃん。バラムは優しくていい子なのよ、仲良くしてあげてね!」
なぜかうっきうきのシスターに若干気圧されながら、アニムはコクコクと数度頷いた。
まあ、こういうのは社交辞令だしな。
実際に僕とアニムが仲良くなるのは、一、二年先のはずだし。
彼女と次に会うのはそのくらいになるだろう。
それまでに、今よりもっと強くならないと。
「アニム! 準備ができたぞ!」
「あ、はーい! 行かなくちゃ」
「うん、頑張って、アニム。またね」
「う、うん。またね、バラム」
にやにやと僕を見下ろすシスターの手を引いて孤児院に戻る。
自分の中の決意や覚悟が、より強固なものになるのを感じながら。
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