来訪と侵入
「ア、アニムだ、大丈夫ですかっ?」
「ボクはね。レヴァノの方が心配だよ」
「わ、わたくしは平常心を保っています。帝国に訪れるのも初めてではありませんしっ、ふ、ふふ」
「引き攣ってる引き攣ってる」
帝都への街道を埋め尽くす馬車の群れ。神聖皇国アルヴァリムの国旗を上げながら土煙を立たせた馬車群の中央では、一際豪奢で巨大なそれが悠然と車輪を鳴らしている。
一目で皇族専用車両とわかる馬車で運ばれるのは、帝冠式の主役の一人であるアニム。そして、その契約精霊であるマナ。眷属であるユディアとウル。
「だ、大丈夫ですっ……帝都にはすでにお父様やお母様、それにお姉様方もお兄様方も入られておりますのでっ、アニムは一人じゃありませんっ」
「レヴァノもね」
「そ、粗相がないように……ぅぅ」
相変わらずプレッシャーに弱いレヴァノの様子に仕方なく笑うアニムは、そんな皇女とは打って変わってマイペース過ぎる二人にジトッと半眼で目を向ける。
車窓の縁に頬杖を突き、死んだ目で景色を流し見るユディア。風で白銀の長髪を靡かせながら、長い脚を組んだ、まるで退屈を絵に描いたような出で立ちだ。
その横に座るのは、愛読書を眠そうに眺めるウル。こちらも緊張とは無縁の面持ちで睡魔と戦っているようだ。
「あれ見て。緊張するだけ無駄だよ」
「わ、わたくしはお二方のようにはなれませんよ……」
そう言いながらも険しかった表情をいくらか解し、レヴァノは再び深呼吸を始める。
その姿は脇目に、アニムはユディアへと声を掛けた。
「ユディア、ごめんね。無理やり連れてきて」
「……剣帝からは必要な儀礼だと聞いた。帝は陣営を設えるものだと」
「ボクも、ユディアがいると心強いからさ。頼りにしてる」
「……精霊の眷属であることが、私の可能性を押し上げていることを否定する気は無い。その返礼分であれば、やぶさかではない」
「つまり?」
「お前が私に気を遣うことはない」
「え、もう一回言って?」
「二度は言わん」
幼い闘争心は未だそのままに、しかし成熟した精神性を剣帝の教えによって身に付けたユディアは、静かに首を振る。
鋭利さと高潔さをない交ぜにした彼女は、アニムの目にも頼りになる騎士として映っていた。
「ん。ユディアは帝覇武闘にも興味あるもんね」
「……まぁ」
ウルが眠たげな声でそう零せば、見透かされているのが気恥ずかしいのか、ユディアは口ごもって返した。
帝覇武闘。
帝冠式と同時に行われる数々の祭事の一つで、その名の通り「武」に焦点を当てた闘技会の俗称だ。
開催の理由は、帝冠式を祝した祭りに過ぎない。
だが参加者のメリットは、帝冠者の陣営の目につくためのアピールや、単純な腕試しなど他にも多岐に渡る。
年々参加者のレベルが上がっている帝覇武闘は、これ単体でも他国から人を集める注目度がある。出世欲や承認欲求を同時に満たすことのできる大会ということもあり、参加人数も年々増しているようだ。
「剣帝が面白いと言っていたのでな。……やつは武において世辞は言わん」
「確かに、それは気になるね」
「……見に行く?」
ウルの問いに、アニムは面白そうだと首肯し、ユディアは何の返答もしない。
「じゃ、きまり」
変わらず深呼吸を続けるレヴァノの背をさすり、アニムは窓の外に目をやった。
「……バラム、聖都に戻ってきちゃう」
入れ違いになることを心苦しく思い、アニムは伸びた黒髪の先を少し撫でる。聖都に帰ることのできない一週間という期間を、とても長く感じながら。
アルヴァリムの馬車が、続々と帝都の大通りへと入って行く。
■ ■ ■ ■
「
『一時待機』
「了解」
通信を終えた男は、人込みと喧騒に紛れ、帝都の正門側へと歩みを進める。
男に特徴など無い。ただの一般市民に他ならない容貌に旅人の外套、実際特殊な経歴などは持っていない。
故郷を天使に壊された人間の中の一人に過ぎない。
だからこそ、疑われない。
だからこそ、歩いているだけで紛れることが出来るのだ。
とんっ。
不意に、肩がぶつかった。
「あ、すみません」
「……ああ、こちらこそ」
ぶつかった青年の顔も見ずに、男は目立たないようにと再び人の波に潜った。
■ ■ ■ ■
「……魔力反応。慣れてないのか……隠せてないな」
「ちょっと考えすぎにゃ」
「だったらありがたい」
バラムは片目を閉じた。
「まず、どう見ても帝都の住人の服装じゃない外套の裾に土がついてた。まだここに入ったばっかりに見えるのに、手ぶらで入り口に逆行。微小の魔力反応……アルセント、一応」
「疑り深いにゃ~、ほぼ難癖にゃ」
「ただでさえ人が多い都なんだから、慎重に行こう。この慎重さが僕を救う」
「んにゃ」
男を追って気配を消したアルセントを残し、バラムは呟く。
「杞憂ならそれに越したことはない……んだけどね」
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