剣士と土界

『帝冠式で最も重要な『帝冠』当日。つまり丁度一週間後まで、俺たちは帝都に留まり続けることになる。と言っても、常に気を張り続ける必要はない。うちにはエトゥラがいるからね』


『何かあれば、全員に報告するわ』


『そういうわけで、実質自由行動だ。必要に迫られる事態が起こらなければ、好きに動いていいよ』


 団長の一言で一時解散となった幻想侵犯ファンタズマ

 本来ならバラムに付き添い、帝都を回ることを暇つぶしにでもしようとしていた鬼灯なのだが。


「いくぞー、バラム」


「国立図書館は絶版物の蔵書もたくさんありますから……一日では足りないかもしれませんね」


「これ、寄贈する」


「えっ、スミレ先生の本あげちゃうんですか!?」


「前、王立図書館から本貰ってるから、そのお礼」


「へー、そんな関りが……」


(わ、割り込めない……)


 前々から、ギンとバラムは周りを置いて二人の世界に入ることがしばしばあった。それを歯がゆく思っていた鬼灯も勉強を、と思っていたこともあったが如何せん専門性が高く、故にそれを断念したのが二年ほど前。


(付いて行っても、邪魔になりますね)


 鬼灯は今回も、二人が王立図書館に向かっていくのをただ見送ることしかできなかった。


「嬢、どうする?」


 気遣うように優しく問うラウルグラムに、鬼灯は努めて冷静に背を伸ばした。


「人の流れに身を任せ、中央の闘技会でも見に行こうかと」


「……坊を誘おうとしていたのだろう?」


「……む、難しいですね、やはり」


 図星を突かれて背が曲がり、眉尻が下がる。

 ラウルグラムから注がれる温かい視線に居心地が悪くなりながらも、鬼灯はラウルグラムの裾を引いた。


「爺様、一緒に見に行きましょう」


「坊の代わりは、儂には務まらんぞ?」


「からかわないでください」


「すまない。お供しよう」


 見渡す限りの人々の波は、そのほとんどが中央に聳える闘技場に向かってその足を繰り出していく。

 帝冠式の一週間、絶え間なく行われる闘争は上級貴族や王族などがお忍びで観覧に来るほどの催しだ。この人気も頷けるだろう。

 近づくほどに出店から放たれる食欲をそそる香りや、観客の声援、歓声、熱量が増していく。

 鬼灯も、数年に一度の盛り上がりを直に浴び、どこか高揚した面持ちで辿り着いた闘技場を見上げた。

 

「お、大きいですね……」


「世界最大の闘技会だ。当然というもの」


 空気を震わせ、地を揺らす歓声が、びりびりと鬼灯の肌を打つ。

 見上げるだけで身を竦めてしまう程の巨大さを誇る帝都闘技場に、鬼灯は珍しく呆けて零した。

 参加希望者と思しき人間が長蛇の列を作り、そのほとんどが死線を超えた経験を感じさせる立ち振る舞いを見せている。


「参加者のレベルも、想像以上ですね」


「一定の実績を持っている人間のみが参加できるらしい。冒険者ならばランクはC以上。学生ならば成績上位者。騎士ならば爵位持ち……といった具合でな」


「納得です」


 伊達や酔狂で参加できるほど敷居は低くないらしい。

 だからこそ、人々は彼らの戦いに魅了されるのだろう。


「他にも、参加資格のある人間に対戦相手に推薦されれば、資格が無くとも参加できることがあると聞いた。当然、互いの合意が必要にはなるがな」


「物知りですね、爺様」


「知ろうとせずとも情報が入ってくるほど、この帝覇武闘は一大行事なのだ」


 再び納得の首肯を返した鬼灯は、そのまま観客用の入場口に足を向けた。

 その時、闘技場から降り注ぐ歓声とは別のざわめきが段々と広がり、鬼灯とラウルグラムの耳に届く。


「——へー、おっきいねー。ボク帝都初めてだからいろいろ圧倒されちゃうよ」


「私も、本でしか見たことない」


「……心地良い熱だ」


「うわ、狂剣モードユディアだ。早く餌あげないと」


 三人組の少女。

 誰もが目を奪われてしかるべき美貌を惜しげもなく晒した彼女たちは、四方八方から注がれる不躾な視線もどこ吹く風だ。

 先ほどから鬼灯も同じような視線に晒されていたこともあり、三人の気持ちがよく分かった。

 気にしてもしょうがないし、気にするほど意に介していない。


 立ち振る舞いが、すでに『強者』の二文字を体現していた。


「……強いですね。圧倒的に」


「違いない。まだ幼くも、あれほどまでに成るものか」


 カタカタと、無意識に鬼灯の手が愛刀へと伸びる。

 剣を携えた少女は、白銀の少女一人。


「う、撃ち合いたい、です」


「押さえろ嬢」


「無理」


「嬢」


 ぐっ、と足が力んだ。

 叱るような口調へと変化したラウルグラムの呼びかけに、鬼灯は歯噛みする。


 そして。

 さらに、騒乱の種が闘技場へとたどり着いた。


「——サタナ様ッ!! ステイッ、ステイッ!」


「うっさいわよッ! この時期の帝都に帰ってきたんなら行くとこは一つでしょーが!」


「あんた部下おれたちがいなかったら帰って来れてすらないですからねッ!?」


「知らないわよ! わかり辛い道が多い世界のせいよッ!」


「ほぼ一本道だろーがっ!」


 大勢の騎士を引き連れ……というか騎士に追われながら、一人の女が純白の軍服と青藍の髪を翻して闘技場へと駆ける。

 分厚い白鋼の剣を引き抜く姿は、ほとんど騎士団に追われる辻斬りのそれに他ならない。

 それを示すように、帝都の外からやってきた観光客や冒険者は何事だと眼を剥いていた。


 しかし――帝都の住民たちの反応は違った。


「——きっ、きたぁあああああああッ!!」


「待ってましたサタナ様ッ!」


「騎士団今日も大変そうだなぁ」


「頑張れー!」


「あんたら笑ってないでサタナ様止めてくれぇぇえッ!!」



「さあっ! 誰でもいいわッ! この天将サタナに相対する自信があるやつ――誰でもいいからあたしの剣を受け止めなさいッ!!」



 言いながら、万力を込めた剣が地面に向かって振り下ろされる。




 まずい。

 ラウルグラムがそう思った時には、紅い一線がサタナに向かって駆けていた。


 そして――白銀の狂剣も、理想的な脚運びで女の懐へと飛び込んでいた。



 ——ガィンッ!!


 鋼が削られるような甲高い金属音。

 衝突のエネルギーが凝縮された風圧が、闘技場前を席巻する。


 ピタリ、と。 

 サタナの剛剣は、一振りの剣と、一振りの刀によって完璧に受け止められていた。

 

 ギリギリ受け止められることが精々だったサタナの一撃を軽々と受け止めたその二人は、サタナとほとんど変わらない少女。


「天将——この程度でか?」


「お前、強い……ですか?」


 懐疑的な視線を向けてくる二人に、サタナは青筋を立てた。


「二人がかりでよく言うじゃない」


「一人でも充分だった。この紅女より、私の方が一足早かった」


「私だけなら反撃もできてた。銀女、邪魔」


「人、殺さないようにすんのも大変なのよ。ガキども――名乗りなさい」


「ユディア・シン・ガルアード」


「……鬼灯」



「舞台、上がりなさい。ぶちのめしてあげるわ」



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