偶然と運命

「あら、鬼灯ちゃん……面白そうなことしてるわねー」


 仮の拠点としてとった宿の一室で、普段と変わらない微笑で言うエトゥラ。

 シェードはこれまた楽しそうに口角を釣り上げた。


「いいねぇ、楽しんでて。やっぱ帝冠式はこうでなくちゃね」


「多分、結構目立つわよ?」


「承知の上だよ。うちの子たちを野放しにしたらこうなるのは当然わかってる。それが不都合なら、そもそも自由行動なんか許さない」


「だと思ったわ」


 団長はあっけらかんとそう放つ。


「この都において……今、この帝冠式という場においては、俺たちの敵はそう多くない」


 天使を崇拝する者たち。天使を恨む者たち。

 そして、その中間に位置する崩人クズレビト

 普段三つ巴の様相を呈している三つの勢力は、この時だけその関係性を変える。


「俺たちの目的は、『天使を殺すこと』。だけど、才能タレント持ちを殺すことは理念に反するわけだ。俺たちの最大の敵である『忽焉騎士団』は、天使に関するあらゆる物事を守護する名目で成り立ってる。つまり……」


「共通の敵が生まれるのよね。前も聞いたわ」


「はは。こんな時は、忽焉騎士団が頼もしく感じるよ」


 帝冠式真っただ中の帝都で崩人クズレビトが目立つ。

 すると、崩人クズレビトの正体や目的を知る人間には様々な情報が齎されることになる。


「皇女を守る。この一点において、幻想侵犯おれたちと忽焉騎士団の利害は一致してる。だから、天使の才能タレント持ちの皇女の危険がある時に俺たちを排除しに来るほど、忽焉騎士団は――あそこの総長マスターは馬鹿じゃない」


「なるほどね。この期間中、私たちに接触してくる何者かがいればそれは」


「俺たちに居て欲しくないやつら……皇女に危害を加えようとしてる人間ってことになるね」


「何もないのが一番だけれど……」


「そうもいかない。あちらも死に物狂いだからね」





■     ■     ■     ■




 王立図書館。

 古今東西の書物を収め、叡知の泉と名高い世界最大の図書館だ。

 僕がスミレ先生の本に出会ったのも、一度目のここでだ。


「久しぶりにきた」


「ギンさん、人込み大丈夫ですか?」


「本、読んでれば気にならない」


 大通りには劣るが、それでも当然の如く人で溢れる図書館に辟易しつつも、ギンさんはぎゅっと寄贈する本をに抱き締めた。


「し、司書室行ってくるっ。許可ない人は入れないから、バラムは適当に回っててっ……さ、先か、帰らないでっ!」


「帰らないですよ。頑張ってください」


「い、行ってくる」


 まるで戦場に赴く兵士のような面持ちで歩いていく危なっかしいギンさんを見送り、僕は案内板に目を向ける。


「魔術学……魔物学……五階。変わってないな」


 七階建てという、図書館にしてはあまりにも広すぎる図書館に今一度感嘆しながら、一度目と何一つ変わりなく存在している図書館に安心感を覚える。


 特に目的無く、一番馴染みのある区画に足を運ぶ。

 

「……ん?」


 ふと、目についた。

 魔術学のスペースで、本を積みながら目を落とす青年の姿。

 特に難解な部分はなさそうな、魔術では基礎中の基礎が書かれているであろう書物に食らいつくように目を落とす彼は、どこか苦しそうに眉間を強張らせていた。異様に整った相貌を歪ませながら、必死に文字を目で追っている。


(似てる)


 一番初めに脳裏に浮かんだ感想はそれだった。

 必死というよりは、疲弊している。

 努力しているというよりは、行き詰まっている。


 一度目の僕が、そこにいるようだった。


「あの……」


 何故か僕は、無意識に声を掛けていた。


「——え?」


「ご、ごめんなさい。難しそうな顔してたんで……何かわからないことがあるのかと思って。魔術、結構得意なので」


 顔を上げた彼は、金の髪を揺らしながら、驚愕に一瞬目を見開いたように見えた。

 歳は僕と変わらないくらい。少し上かな。魔力の質が良いのが、近くにいるだけでわかる。


(強いかもな、この人)


 目を細め、悪癖である観察を繰り出したのも束の間。

 彼は恥ずかしそうに「ああ」と頭を掻いた。


「魔術……難しくてさ。かなり前から努力はしてるつもりなんだけど……一向に芽が出なくて……」


「……魔力の量も質も、申し分ないと思いますけど……」


「す、すごいな……見ただけでわかるなんて」


 再び驚愕に目を開きながら、彼の視線が一瞬、僕の左手に流れた。


「その手……」


「ああ。傷があるんで、隠してるんです」


 手甲に覆われた左手を白々しく鳴らしながら、そう言って誤魔化す。

 まさか「左腕が魔物の腕なんです」なんて言える訳もない。


 すると、彼は考え込むように視線を落とし、何かを決したように頷いた。


「少し……話せないか?」


 どこか縋るように見えた彼に、断る理由もなかった。

 ギンさんの用事が終わるまでは、どうせ暇だ。


「いいですよ」


「ありがとう……少し行き詰まっててさ」


 本をどかしながら、彼は僕に手を伸ばした。


「——俺はジャック。君は?」


「バラムです。よろしくお願いします」


「……やっぱり、そうか」


「え?」


 ほんの小さく呟いた彼の言葉は、僕の耳にははっきりとは届かなかった。


「いや、なんでもないんだ。よろしく、バラム」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る