到着と冥界

 眼下、竜車から見下ろす景色は圧巻の一言だった。

 帝都の至る所に張り巡らされた水路がキラキラと陽光を反射し、煌びやかに都を彩る。

 無数の人影が都市を蠢き、それでもなお、広大な大通りはまだまだ人々を歓迎する余裕を見せている。


 一度目では当然訪れたことがある帝都。しかしそれを上空から俯瞰する機会など無かった僕にとって、わかっているはずだった帝国の国力を脳に直接叩き込まれるような光景だ。

 聳え立つ帝城は、およそ人間が建造したとは思えない、ある種神秘的な美しさを放っている。

 そして、一度目ではわからなかった漠然としたその美しさの正体を、今回の僕には理解できた。


「魔防術式……耐震に、耐酸……城だけじゃなくて都市全体に行き渡ってるな」


 城を中心として帝都全体に波及する魔術式。大きな都では別段珍しくないものだが、その徹底ぶりと強度、範囲は誇張無く桁違いだ。

 何も知らなければ「流石帝都」と諸手を上げるところだが、その実体はあまり褒められたものではないだろう。

 なにせ、僕は知っているのだから。

 帝国どころか、大陸全土の地下に潜む“奈落”の存在を。

 もし地面が何らかの要因で崩落でもした日には、その存在が露見する危険性が常に付き纏っている。そんな都市なのだから、そりゃ異常な几帳面さで術式を編むだろうよ。


「種は、水路か……あの水、どこから引っ張ってるんだろう……」


 広大な術式を都市に波及するために、おそらく魔力を多分に含んだ水路が用いられているのだと想定する。

 水路を術式に見立て、その中央に帝城を置くことで術式を起動しているのだろうか。


「つまり前後関係は、帝国が奈落を発見したというよりは、奈落の上に帝国を作った……感じか? 水路を張り巡らせた後、中央の起動点に帝城を置けば……」


 あとは必要な魔力を帝城に設置した何かしらに魔力を注ぐだけで、人間がいる限り途切れることのない魔術式を編むことが出来るはずだ。


「癖あるな、この式。あ、これあれか、奈落の昇降機作った人が編んでるな、絶対」


「バラムくーん? そろそろ下降するわよ、座って座って」


「あ、ごめんなさい」


 微笑ましそうな表情で僕の思考を遮ってくれたエトゥラさんは、「楽しそうね~」と笑う。

 何故か気恥ずかしくなりながら腰を下ろすと、ラウルグラムさんは仕方なさそうに肩を竦める。


「坊の思考癖は今に始まった事ではない。恥じずとも、好きにするといい」


「フォ、フォローが余計に自制できてないのを浮き彫りにしていく……」


 慰めるための言葉ではあるのだが、やはりエトゥラさんとラウルグラムさんの中では僕はまだまだ子供のようだ。

 肩を落とす僕に、「まぁ」と声を掛けるのは、隣に腰を下ろした鬼灯さん。


「それもバラムさんの利点です。私は悪い癖だとは思いません」


「たまにだけど、未だに周り見えないときあるんだよなぁ……」


「その時は代わりに私が見ます。お任せください」


 そう言って鬼灯さんがむんっと胸を張った時、その膝上にギンさんがぽすんと腰を下ろした。

 初めて会った五年前から一切の変化を見せない彼女は、相変わらず小柄な体を鬼灯さんに預ける。


「や、やば……酔った……竜車きっつぃ……人混みヤダ……」


「や、やはりギンさんはアジトに残っていた方が良かったのでは?」


 鬼灯さんが心配そうに問うが、子供のようにいやいやと首を振るギンさん。その手には、「欲しいものリスト」。文字がびっしりと書き連ねられている。


「じ、自分の目でみないと……」


 気だるげな彼女は長い前髪で涙目を隠しながら、気分とは裏腹な高揚した表情を見せている。


「あ、あとバラム、国立図書館行くよ……ぜったい」


「当然です」


「んへへ、たのしみ……うぎゅ……っ」


 だらしなく笑ったギンさんは、突如強めに抱き着いて来た鬼灯さんの力に締め上げられるような呻きを上げた。


 そして、それと同時に竜車が急降下を始める。

 今までにこにこ僕たちのやり取りを見ていた団長は僕たちをぐるりと見回した。


「さて、これから帝都に入る。最終確認だ。護衛対象はアルヴァリムの第四皇女レヴァノ・アル・アルヴァリム。今回行われる帝冠式に招待された国賓だ。当然接触は無し。あくまで有事の事態に備えてって感じだけどね」


 帝冠式。

 アニムが呼ばれるのはいまから五年後の20歳の時だ。

 僕が引っ掛かってるのはここだ。一度目、この時点では帝冠式が開かれてないはずなんだ。

 その事実が僕の興味を惹きつける。


 もしや……と思わないことも無いけど……まさかな。


「それじゃ、入るよ。——帝都、到着だ」





■     ■     ■     ■





「ん~……結構時間あるなぁ……」


 まだ幼い見た目の少女は、頬を釣り上げ目を細める。

 下で唇を舐りながら、帝都の道で人々を値踏みしていく。


「ザコ……ざこ、雑魚……みーんなざっこ」


 嘆息しながら少女――『冥界の騎士』プルートは帝城への歩調を緩めていく。


「つまーんなーい」




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