布石と別路

「ウル、彼女は?」


「……私と一緒の先生に師事してる子。……タイプ?」


「タイプ……好みってこと? あー、ちょっと性格きつそうで苦手かな……僕はもっとお淑やかで、それでも芯が強い子が好きだね」


 ウル経由でアニムに在らぬ情報が渡らないようにきっぱりと否定しながらも、口をもごもごと動かすウルは不満げに見える。

 ゆっくりと僕の上から退いたウルは伏し目がちに綺麗な生地のローブを撫でつけ、しきりに前髪をいじって見せた。その後ふるふるとかぶりを振っては、恥ずかし気に僕に背を向けた。


「呼ばれてるみたい……お城に戻る。いろいろ話したいけど……」


「あ、それなら、帝冠式が終わるまでは僕は帝都にいるから、時間があるなら話せるよ……っていうか、ウルは一人で帝都に来たの? もしかして、アニムと一緒だったりする?」


「……急がないと先生が待ってるそれじゃあバラムくんまた今度……ここに来れば、また話せる」


「え、ああ……うん」


 矢継ぎ早に問いかけた僕の質問に眉根を寄せた彼女は、やたらと早口で捲し立ててから魔術書蔵を出ていく。

 ……最後の最後で機嫌を損ねてしまった。アニムの名前を出してから……? もしかして今喧嘩中とかか? 

 あらゆる可能性を考慮したうえで、また今度謝ろうという思考に結した。


 アリスさん……やっぱり、聞いたことないな。

 僕は先ほど初対面を終えた少女の姿に思いを馳せて手で口を覆う。

 ウルと先生を同じくするっていうのは、まぁとてつもない魔術師の卵であることの証明だ。

 ウルに何かを教えることのできる人間なんてかなり絞られてくる。それと同門であるということはそれだけで才能の確約と言っても過言ではない。


 だがやはり――

 一度目で名前すら聞かなかった誰かの台頭。これは僕にとって不気味以外の何物でもないのだ。

 当然考えすぎの可能性は充分ある。っていうかその可能性の方が高い。


 でも少し、不審感は否めなかった。


 まず、不自然な言動が目立つ点。

 ウルを呼びに来た彼女は、ウルへの要件を終えた後、僕の顔を見て少しの間止まっていた。

 時間にして数秒。だが無言で僕の顔を見続け、数秒動きを止めた彼女の動きは明らかに不審だ。そしてその後の僕への媚びるような謎の笑顔と、ウルへの敵愾心の籠った視線。

 まぁ、簡単に言えばアリスさんはだった。


 自分が初対面の誰かと会うシチュエーションを想像してみて欲しい。

 明らかにあの人は可笑しい。

 どれくらいおかしいかと言えば、二度目でアニムの顔を初めて見た時に涙を流した僕ぐらいおかしい。


 それと、彼女の実力はともかく、相当な自信家であることも窺えた。

 彼女にとって僕はいろいろな意味で未知数の存在。

 そんな僕が握手のために差し出した手を躊躇いも無く取る動きは、『握手して万が一何かがあっても問題ない』という自信が見て取れた。


 それほどの強者か、あるいは社会的な地位の高い人間か……どちらかはわからないけど。


 でも幸いにして、彼女は僕のに今のところ気付いた素振りは無かった。

 恐らくウルと同じく帝城を自由に歩くことのできる人間だろうから、あの仕込みができたのは僥倖と言っていい。


 僕、ギンさん、アリスさん。

 この三人の動きは、ある程度把握できるようにしている。

 それと――。


 今も掌で遊んでいるプルートさんから頂いた許可証。この硬貨にも同じような仕込みをしている。

 気を見計らって返却できれば、さらに四つ目。

 その位置情報を送ることが出来れば、相当動きやすくなる……はず。


 懸念点はある。

 でもそれはどうしようもないものだ。


 周りからの視線を視界の端に追いやって、熟考すること少し。


「お、済まないな、待たせてしまって」


 そう言って、兵士が僕の下にやってきた。


「プルート卿がお見えだ」





■     ■     ■     ■




「——むっ、主殿の魔力が三つ見えるぞっ! 重なっているのも合わせれば四つじゃ!」


 奈落の底。


 別路にて帝都へと潜り込んだ女が、ぴこーんと閃いたように顔を上げた。


「位置は……広いのう、帝都の城とやらは……」


「昇降機の位置はわかるか?」


「待つのじゃ我が臣下よ。気を急くでない」


「だから臣下じゃねっての」


 エンダークの抗議を意にも介さず、無躯は指をレーダーのようにして歩いていく。


 帝国に侵入した信仰者どもは未だ、地下から迫る脅威には気づいていない。





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