脱出と旅立ち
まだ朝霧が晴れない聖都。
街は静かで、響くのは僕が石畳を蹴る硬質な音だけ。
「……にゃ」
朝霧に紛れた猫が一回鳴いた。
人影ありの合図だ。
完全にマークされてるな。あくまでも僕を聖都から出すつもりはないらしい。
「
僕のような子供であっても、彼らにとっては年齢なんて関係ないみたいだ。
ほんの少し足を早め、頭に叩き込んだルートを辿るために路地へと入る。
僕は今日、聖都を出る。
聖都の正門前にはもう迎えが来ている。あとは合流するだけなんだけど……。
「数は?」
「めっちゃいるにゃ」
「朝からご苦労様です」
大聖堂か、国ぐるみか。……これはエンダークの話が無くても、この都にはいられなかっただろうな。アニムや先生にも絶対迷惑が掛かる。
僕が入った路地は一本道、脇道無し、薄暗く狭い。追手が僕を追ってくるなら、通れる道は限られてくる。
それに……。
「——あなたが『
「……エルフ。アルセントの言ってた協力者ですね」
僕を待っていた女性は、深緑の髪の間から長い耳を覗かせる絶世の美女。
彼女はゆったりとしたローブを揺らし、僕を値踏みするように目を細めた。
「カインを間に挟んでの交渉でしたが……あの少女の交渉術には舌を巻きました。あなたに協力します、バラムさん」
「……失礼ですが、あなたは?」
「私のことはいいではありませんか。ただの協力者として覚えていただければ」
ほんの少しの疑念に足を止めていると、後ろからアルセントに背を突かれる。
急げ、と言っているのだろう。
まぁ、警戒心の強いアルセントが協力者に選んだ人物だ。ここは呑み込もう。
「……すみません。情報がどこから漏れるかわからないので」
「わかっています。口外厳禁、必ずお約束します」
「バラム、行くにゃ」
「……ああ」
エルフの女性とすれ違って路地を進む。
追手は、彼女に任せるしかない。
■ ■ ■ ■
「どーよ、俺の弟子」
「……あの目は、十歳の目ではありませんね」
「星主帝から見てもか?」
「ええ、流石は剣帝の弟子と言ったところですね」
セラシュの言葉にカインはおどけるだけ。どこか誇らし気にも見える彼に、セラシュは短く嘆息した。
「追手の位置は?」
「聖都全域を魔力探査網で囲っています。『
「了解。協力感謝いたしますよ星主帝サマ」
「……約束は守っていただきます。ジャックがあなたに剣を教わりたいと」
「わかってるよ、教えるっての。でも、どうかな」
「と、言うと?」
肩を竦めたカインは意味深げにとんとんと鞘に入った剣で肩を叩く。
振り返った彼の表情はつまらなそうに平坦だった。
「俺もユディアも――退屈は嫌いだぜ?」
「っ!」
「弟子として、同門として……そいつは、バラムと同じものを見せてくれんのか?」
そこまで言って、カインはまた飄々とした態度を見せる。
「ま、でも! 安心しろ! 俺とお前の仲だ、ジャックとやらは本気で育てっからよ!」
「……ええ、お願いします」
セラシュの言葉を受け、カインは追手——覆面たちへと疾走する。
その背に、セラシュは唇を噛む。
「ジャックに、『
その言葉に答える人間はいなかった。
■ ■ ■ ■
「くそっ……くそッ!」
「目標、正門に到達。追跡隊はすべて星主帝の探査に掛かり、剣帝によって壊滅」
「わかっているッ! ……覆面どもは生死問わず燃やせ。万が一情報が漏れないとも限らん」
「はっ」
「くそ……魔物モドキを庇いおってッ!!」
■ ■ ■ ■
「アルセント、どう?」
「うひゃ~……すっげーにゃ~」
「おいアルセント!」
「わかってるっ、大丈夫にゃっ。カインが暴れてるにゃよ」
その情報だけで、僕は脱出が成功したことを悟る。
正門。先回りしていたであろう覆面たちが倒れ伏すそこを通り抜ければ、霧に包まれた光景が僕を出迎えた。
その中には、ぽつんと馬車が停まっている。しかしその馬車は馬どころか何の生物にも繋がっておらず、あるのは光景に似合わない豪奢な荷台だけだ。
多分、あれだ。
「——よぉ、大変そうだったな」
「……エンダーク」
「乗りな……その嬢ちゃんも、一緒でいいんだな?」
エンダークは僕の後ろに隠れたアルセントを顎で示す。
僕が目をやれば、アルセントは首を何度も縦に振った。
「……ま、いいだろ。俺でも気づけない隠密性、役に立たないわけねえしな」
「あれ、二人は会ったことあるの?」
「森でな。それより早く乗れ、行くぞ」
促されるままに何にも繋がっていない荷台に乗り込む。
ガチャッ! と扉が強く閉まる音が鳴ると、エンダークはどこにでもなく「いいぞ」と一言呟いた。
瞬間。
ガタンッ!
荷台が左右に揺れ、勢いよく動き出した。
「なっ!?」
「にゃにゃっ!」
荷台の窓。外の光景に目を向ければ、映っているのは――巨大な翼。
翼が羽ばたく度、荷台が前に、上にと豪速で引っ張り上げられていく。
「イ、
突然変異。魔力異常。
生態不明、発生理由不明。
ただ透明になる以外は他の魔物と変わらないが、透明になれると言うだけで、特別ランク――厄災級に認定される超希少種、
さらに、竜。
透明だった竜は羽ばたくと同時に姿を現し、僕たちの乗る荷台を運んで空を駆けた。
「良く知ってんな、バラム。ウチの団長のペットだ、名前はステルス。これから長い付き合いになるから、仲良くな」
「き、規格外すぎる……でしょ」
「お前が言うか? それ」
僕は馬車ではなく竜車に乗って空を行く。
聖都を遥か下に、見下ろしながら。
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