殺害と簒奪
さて、ここに一人、至福を肥やした怪物がいた。
世界に巣食う人間たちの中に蔓延る有天説を語り継ぎ、その役割を担った“帝”の冠。
『大聖帝』。
彼の居室である一室、大聖堂の司祭が報告を持ってその戸を叩いた。
「閣下、失礼いたします。帝冠式の現状と勢力についての報告を持って参りました」
返事を待つべく目を伏せた司祭の耳に、室内からの声はいつまで経っても返ってこない。
不審がってもう一度戸を叩くが、硬い音が響くだけだ。
「……閣下?」
思わず喉を掻きむしりたくなるような、不穏な感覚。
いつもの活動時間を参照すれば、この時間帯に返事がないことなどまずあり得ない。
あの老翁は、この十年以上、部屋から出ることなどほとんどなかったはずだ。
「閣下」
渇きをそのままに、司祭はもう一度問いかけた。
一度目、二度目と変わったのは、司祭の声の調子だけだ。不安を押し殺したような陰鬱な司祭の声は、自分が思っている以上に小さく、頼りなく壁に当たって雲散した。
そこで、徐に手がドアノブへと伸びた。
失礼上等。何事も無ければ、自分が罰を受ければ良いだけの話である。
ここでこのまま引き返して、取り返しのつかないことになるよりはましだった。
「……失礼いたしますっ」
そうして掴んだドアノブは――ぬるり。
嫌な感触と、生暖かい何かが付着していた。
脳裏を駆け巡る嫌悪感と応戦すること数秒。彼は一室の戸を開けた。
大聖帝。
彼は、開け放たれた窓から侵入してきた鴉に身体を啄まれていた。
帝として君臨した豪傑の姿は、そこらに当然のように存在する頼りない老人の最後と変わらない、呆気ないもの。
頭部は原形がとどめられない程に潰され、四肢には夥しい数の刺突痕。
むせかえる鉄の臭いに、司祭はたまらず嘔吐した。
大聖帝の机の上。
彼がいつも眺めていた盤上の上には――何も残っていなかった。
伝承が記された分厚い魔書も――天使を象った、あの駒も。
予言は恙なく執行される。
まずは一つ――帝が、欠けた。
――――――――――
次回から分量多くなります。
次回は19日、水曜更新です
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