4 騎士爵叙任式(4)
(うーん、どうしたものか)
マグディスは悩んでいた。
「いや、私は剣にはうるさいのですが、見事な剣ですな。芯が異なるのはミスリル製ですかな?わずかに漏れ出す緑が美しいですな。」
「なるほど、秘密なのですな。それほどの性能であれば、見てみるだけでもしてみたいものですな。」
「売りに出すことはしないのですかな?ああ、本数が用意できてからで構いませんよ。」
「私の方では金属の精錬と卸しをしていますので、必要なら言っていただければ用意しますよ。」
マグディスの周りには、ドワーフのおっさん…もとい、貴族たちが集まっていた。
今は立食パーティーの時間だが、言い寄る女性はいない。
まあそもそも、メリアとの婚姻を許可されているというのもあるが、まず異種族間では子供は生まれないとされているのも理由だろう。
よって、友人関係を作る必要が無く、かつ異性として魅力的で無いのならば、ドワーフ族女性が近づくことはなかった。
さらに言えば、マグディスが英雄とはいえ、平民上がりの騎士爵というのも大きいだろう。これから先、それ以上に上がることはない。よって女性たちからすればマグディスはこれ以上活躍しても『頭打ち』の存在だった。
「ええと、すみません。私の魔法具に関しては、ヘムト侯爵に扱いは一任されておりまして…。」
「いえいえ、ご謙遜なさるな。マグディス殿程の英雄であれば、ヘムト侯爵も駄目とは言いますまい。」
「精錬済みの金属を融通するのでしたら、許可は不要なのでは無いですかな?お安く提供できるかと思いますぞ。」
(話を聞いてくれない…)
魔法具や魔法武器を入手するためのコネクションを作りたい貴族たちを、何とか躱すだけの時間が過ぎていった。
尚、この間ヘルプをする筈の隊長は女性陣に捕まっており(※誘われてはいない)、メリアも女性どうし楽しく(?)会話を交わしていたようだ。
そろそろ終わってほしいと思い始めてからどれだけ経っただろうか。貴族たちがマグディスから離れた。
「楽しんどるかね?」
「大公爵様、…そうですね…。」
「はっは、まだ慣れとらんな。こういうところでは嘘でも楽しいと答えるもんだ。アルディス連合国に今後いくだろうが、そっちはヒュム族女性が押し寄せ、その後にアルディス王が来るだろう。もっと酷いことになるぞ?」
「うぅ、考えたくないですね…。」
「まあこれも勉強だ。今後見聞を広める時に役に立つだろう。せいぜい頑張ることだ。」
「は、ありがとうございます。」
「予定でも伝えている通り、明日は魔術師長に会わせよう。地属性魔法を教えるように伝えているから、短い時間だがちゃんと吸収するようにな。」
「ありがとうございます。」
話を終えると、大公爵はメリアのところに歩いていった。
(仕事とは言え、あの女性が固まっているところに突っ込んで行くのか…)
そんなことを考え現実逃避しながら、パーティーが終わるのを待つマグディスだった。
そして一夜明け、マグディス達は大公爵領内にある魔法研究所を訪れた。
「おお、結構広そうだな。」
何部屋もありそうな3階建ての建物だった。日本人で言えば、学校が思い浮かべやすいだろう。
「…そうね。アルディス王国だとこれでも結構小さいと思うけど、ワルド共和国内では最大級よね。他の貴族領だとそもそも無いことが多いと聞いているし。」
メリアは魔法の素質を持って生まれたため、いくつかの魔法研究所には行ったことがある。それに比べれば小さいが、それは種族差を考えれば仕方のないことだろう。そうでなければ、魔法具もアルディス王国からワルド共和国に売ることはできないという点を考えれば、むしろ良いことのように思える。
「まあここで会話していても仕方なかろう。早く入ろう。」
隊長が門番に声をかけ、マグディス達は研究所内に入っていった。
「君がマグディスか。」
案内された部屋は、魔法研究所の所長室だった。
座っている男性は、ドワーフ族で若そうに見える。
開口一番、中々な挨拶だった上、その目は細く、額に皺が寄っている。
はっきり言えば、マグディス達を睨んでいた。
「君のことは聞いているし、その剣の特異性も私は聞いている。その上で、今日一日、君に魔法について教えろとのお達しだ。」
大きな溜息をつく所長。客人に対する態度ではない。
「相当な活躍だったらしいな。いつもは私かもう1人の上級魔術師が軍団魔術師として戦場に出ていたんだがね。…今回の戦況を聞く分には、多分、君に私達の命は救われたんだろうが…。」
そこで少し目を逸らす。
「私達は、このワルド共和国の上級魔術師として、ドワーフ族の上級魔術師として、誇りを持っている。」
ヒュム族でも上級魔術師は一握りの存在。
それよりもさらに少ない、ドワーフ族という魔法が苦手な種の中での、非常に希少な存在。
それが所長だった。
「本当は、私達が戦場に出るべきだった。たとえ死んだとしても。進言もしたんだ。しかし聞き入れられなかった。」
マグディスが戦場に出た理由はもちろん命令であるが、つまりこの話によれば、オルダンドルフ大公爵とヘムト侯爵の間で話がついていたということになる。
『ドワーフ族の中で飼われていたヒュム族を戦場に出さないのは何故だ』
という住民からの反発を回避する目的だと、マグディスは聞いている。それは間違いではなかった。
ただその決定と、その戦争の後の結果で、誇りが傷つけられてしまった人がいた。
「私の部下も同じ気持ちだと言っていた。私達から話すことはない。…しかし、大公爵様の要請は断れん。私の土属性魔法について、今までの研究をまとめた資料を複写しておいた。魔法のイメージと発現する現象、詠唱の構成と意味などが書かれている。読めば分かるだろう。私に『できること』は、これだけだ。」
紙とインクも、そして複写の魔法具もアルディス王国製のものがほとんどだ。本1冊分を複写するのはそれだけで結構な額を消費する。
話したくは無いが、対応としては丁寧という、なんともチグハグな状況だった。
「君達の話を聞くつもりはない。それを持ってすぐに出ていってくれ。」
マグディス達は結局一言も話さず、部屋の外に向かう。
「私達は必ずや君の功績を超える成果を出してみせる。」
そんな声が聞こえた。
「結果的に、叩き出されちゃったわね。」
「まあでも、良い人…なんだろうなあ。」
「そうね。」
微妙な心境になりつつも、大公爵邸に戻ってきたマグディス達はそう話していた。明日帰る準備があるが、それでも相当時間に余裕ができてしまった。
「まあ、俺もマグディスが戦場に出ると聞いた時、ヒュム族なら仕方ないか、とかそういうことを考えた。向こうさんにも色々想いがあったんだろうなあ。特に同じ魔術師としてならば、ひとしおだろう。」
隊長は理解を示しつつ、自分の想いと重ねてみているようだ。
「とはいえ、そんな本をわざわざ用意してくれたというのは、やはり感謝もあるんだろうな。…魔術師ってのはプライド高い奴が多いとは聞くし、難しいんだろうな、やっぱ。」
「まあ実際、ヒュム族でも、魔術師のプライドは高いですわね。それで色々困ったことになりましたから。」
メリアは別口で色々ある様子だ。
「何があった………かは、聞かないでおく。」
「そうしなさいな。」
聞こうとしたらいい笑顔が返ってきたので、とりあえずやめておいた。
ひとまず全行程を終えたマグディス一行は、帰路につく準備に取りかかったのだった。
そして帰路、マグディスは土魔法の勉強を始めた。
「凄いなこの本。効率的な魔力の練り上げ方から、無属性と土属性の初級魔法、上級魔法のイメージと詠唱まで網羅されてる…。」
「流石、ドワーフ族イチの魔術師というだけはあるわね。」
「そうなのか?」
「実際は分からないわ。でも大公爵様はそう喧伝していらっしゃるわよ。」
「まあ、上位5指以内に入るのは間違いないからな。」
「そうそう、マグディス、貴方はまずは戦争で使えそうな魔法を覚えなさいよ。」
「まあ、死んだら元も子もないしな。そうするよ。」
「私が教えた水魔法もそういう方針で順番に教えているの。」
「…攻撃魔法、防御魔法、補助魔法…この本、区分けもしっかりしてるなあ。」
「ホント、流石ね…。」
行きよりはマシに思いつつ、マグディスは読み込み、1日を終えた。
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背景紹介25「農業」
地属性魔法を込めた鍬などで畑を耕すと、土の状態が良くなる。水の調整は多い分には、河川の工事を土属性魔法と水属性魔法で行う。収穫は場合によっては風属性魔法を込めた道具で行うこともある。これらが出来ると生産量の増加や連作災害の低減が可能となり、結果として国家/領地間での大きな貧富格差を産んでいる。
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