2 マグディスの日常(4)

「うっ…」


木枠の窓から溢れる朝日に焼かれるかのように、マグディスはまた今日の目覚めを迎える。


「朝か…。」


あの戦争は、マグディスにとってはたった2日、いやそれ以下の時間しか無かったはず。実際には丸一日も経っていない。

だが、命を賭けている瞬間というのは、凄まじい密度を持つらしい。そんな感覚で、夢現な毎日を過ごしている。


「おはようございます、坊ちゃん。」

「坊ちゃんはやめてくれと言っているだろう。コラム。それに着替えたら朝食を取るから、確認しに来なくて良いよ。」


マグディスの寝室を訪れたのは、彼の執事であるコラムだった。マグディスが自分の工房を持つことに決まってから、ヘムト家の執事から1名、マグディスについていくことになり、コラムが抜擢された。『老体なので本邸での執務に無理が来ていたため、私が選ばれたのです。』とはコラム自身の言である。


「そうは参りません。今日もメリアお嬢様が来られていますからね。」

「え。また来たのか…。」

「それに、坊ちゃんは最近あまり物事に集中できない様子ですので。様子を見るのは当然でございます。戦争で活躍されたということは、命のやり取りをなされたということ。それが初陣であるならなおのこと、後遺症を抱える方も少なくありませんから。メリアお嬢様も、その辺りは心配しておられますよ。」

「はいはい、分かったよ。着替えたらすぐ食べて、いつも通り訓練行ってくるから。」

「本日はお昼は本家で取られることになっておりますので、お忘れなく。」

「え?もうそんな日だったっけ?」

「そうですよ。何でも、今回の戦争の褒賞の話だそうですね。」

「うーん、何を貰ってもあんまり嬉しく…いや、そんな事もないか。銀、金、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトとかなら打ってみる価値があるかな。」


銀や金などは、日本人に分かりやすく変換しているだけで、地球の銀と同じものかは不明だが、おおよそ似たようなものと考えれば問題ない。


「さて。その辺りは侯爵様と話してみては如何でしょうか?ともかく、お元気ならお着替えになって下さいませ。」

「…ああ、しまった、そうだな。すぐ行くよ。」


マグディスの日常としては、最近では、午前中は軍隊の訓練、午後は工房で鍛治、夜には魔法の勉強をしている。基本的には休みがないが、鍛治の時間は趣味のようなもので、そこまで問題にはなっていない。

身の回りの事は、1人ずついる執事とメイドに任せっきりだ。

最初はしようとしたが、止められて今に至る。


(この環境に慣れてきてしまったのは、考えものだよなあ…。)


そんなことを思いつつ着替えたマグディスは、リビングの方へ向かった。


マグディスの工房は、マグディスの自宅を兼ねている。

作業場と廊下で繋がる形で、リビングとダイニングキッチンが併設された場があり、また他にはマグディスの自室と使用人室2部屋、あと客間があった。

マグディスはダイニングキッチンに顔を出した。


「おはよう、マグディス。よく眠れたかしら?」


そう言いつつ、我が物顔で席についているヒュム族の女性は、レンディス家の三女で名をメリア・レンディスという。マグディスはメリアを疲れた顔で見た。


「メリア…『ゴホン』…様。何でまたいるんだ『ゴホッゴホッ』…ですか?」


コラムが主張してくるので、口調だけは直しているが、マグディスはメリアを敬う気がない。メリアはそれを気にもせず続ける。


「何って、私はこっちではあんまりできることが多くないのよ。暇だから、ストレさんに言って上がらせてもらったわ。」


ストレとは、マグディスのメイドの名前である。朝食を2人前並べ、脇に立っている。既にコラムとストレ自身の分は作ってある。


「ストレ、明日からは上げなくていいからな。」

「そういう訳には参りません。メリアお嬢様はマグディス様の魔法の師匠でもいらっしゃいますので。」

「何てことだ、味方はいないのか。」


大袈裟に両手を挙げて天を仰ぎ見るマグディス。そうしたところで、土色の天井が見えるだけである。


「とにかく朝食を頂きましょうよ。冷めちゃうわ。」

「分かったわかった。…はあ。」


朝食は、パンとスープに根菜類のサラダといったありふれたもので、基本的には季節で変わるものの毎日変わるようなものではない。毎日食事が変わるのは、それこそパーティーによく出席するような上流階級の者達だけだ。


「そういえば、ここの食事には慣れたので?」

「そうねえ、誰かさんを待っていたから、ちょっと飽きちゃったかも。」

「これだけ食べれれば豪勢な方だけど、そういうところはご令嬢なんだなあ。」

「まあ、でも美味しいし、嫌いじゃないわよ。スープやサラダの具材は変えてもらったりしてるし。」

「…そんなことしなくて良いぞ、ストレ。」


そんな事を言いながら、朝のゆっくりした時間は過ぎていく。


「そうそう、今日もアナタについていくからよろしくね。」


(暇人かよ…)


「だって、お父様は仕事でここに来たけど、私は社会見学で付いてきただけだし。」

「心を読まないでもらえます?」

「それくらい分かるわよ。それに、ヘムト様にもお昼はお呼ばれしてるのよね。理由は聞いてないわ。なら一緒でしょ?」


兵士の宿舎は本家の屋敷に併設されているので、行き先としてはほぼ同じ。よって午前中暇ならばついて行ってもそこまでおかしくはない。


「…訓練と仕事の邪魔はするなよ。」

「あら、誠意が足りなくない?」

「しないでくださいませ!」


ヤケクソで叫ぶマグディスだった。


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背景紹介11「ドワーフ族」

成人の身長は120〜150cm程度で、4種族中最も小柄ながら、運動能力についてはマギア族に若干劣るがかなり強い。魔力は4種族中最も少ないため、上級魔術師クラスの存在は非常に稀。寿命は90歳程度で長め。実直・温和な性格であることが比較的多い。

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