2 マグディスの日常(3)
「何なんだアイツはクソがぁあああ!」
ドム、と殴った鈍い音が響く。
「ウッ!」
「ヒッ!」
数人の奴隷たちの声が聞こえる。
撤退した魔国軍第四軍団長クルドは、奴隷を殴ってもフラストレーションが冷めなかった。
それで解決しないからこそ殴っているので、止む気配がない。
「クルド、もうちょっと静かにできませんかね?」
そう声をかけるのは第三軍団長シュウだった。
ただ、奴隷たちを気遣っているわけではない。
本当にただうるさいと感じ、しかもシュウ自身もイライラしていたのだった。最悪、奴隷をいたぶる相手が増えてもおかしくない状況だった。
「チッ。わーったよ。クソっ、ムシャクシャが収まらねえぜ。」
「私も、私の部隊も皆、君と同じ心境なのです。数時間魔力を溜めた矢が無駄になった気持ち、分かりますか?」
「そいつは俺が悪いが…だが、あんなの予想できるか?隠し玉だったとしても、2回目で出す意味が分からねえしよ。」
「いえ、私は君が悪いとは思っていないです。むしろ、あんなことが出来る相手が向こうにはいる。それが分かったのは収穫です。」
「はあ?じゃあなんでお前はイライラしてるんだ?」
「そんなの決まってるでしょう。狙った相手を射殺せないというのは、あの弓を使う上で最高の報酬なのです。それをたった1人で防がれたからですよ。私の部隊の方は、大規模魔法で敵を殲滅できなかったから鬱憤が溜まっているのです。」
「相変わらず、お前は殺しにしか興味がねえんだな…。」
「【我々は】、大概そういうもんでしょう?そういう君は、敵を蹂躙するのが好きみたいですが。」
「…まあ、お互い敵をぶっ殺したいと思っているという意味では、まだマシかもしれんな。」
「そうですね、味方よりは敵を殺したいところです。」
会話することでなんとか落ち着いてきた2人。最もホッとしたのは奴隷たちで間違いない。
「さて、今後はどうなりますかねえ。」
「今後っつーのはどっちだ?あの2人の話か?それともアイツの話か?」
「両方ですよ。…あの2人については、上手くいって欲しいですねえ。」
「本当だぜ。これで俺たちの戦いが無駄になってほしくはないね。」
「あのヒュム族については、作戦を練りましょうか。」
「まあ、アレは初見だったからな。今なら何とか出来ると思うぞ。」
「ほう?聞かせてもらいましょう。」
軍団長同士の会話は長く続いた。
「何だと…!?」
報告するドワーフ族の男は、土下座の格好をしていた。顔は青ざめている。
普段から、悪い報告をする事はもちろんある。
だが、今回の報告は史上最悪と言って良い報告だった。
「我が騎兵隊と軍団魔術師を、敵の新戦術で丸ごと失った上に、あのヒュミッドごときがその敵の策を破ったと言うのか!!」
ヒュミッドとは、『ヒュム族のガキ』という意味であり、マグディスが養子としてヘムト家に引き取られるまでは、名前も無くそう呼ばれていた。
今回このような事態となった理由は、騎兵団第一隊は戦地へと強行軍を行ったため、情報が不足したこと。また、第二隊よりも先行していたため、敵と真っ先に接触し、その餌食となったこと。この二つである。
つまり、作戦ミスが多大な被害を呼んでいる。
それは理解できる事だっただろう。
「なぜ我らだけがこのような目に遭わなければならない!何故だ…!!!?」
先ほどから1人で喋り続けているこの男は、ワルド共和国の3人の大公のうちの1人、イルライド大公爵。
決して短慮な判断というわけではなかった。複合的に考えた結果、ハイリスク・ハイリターンな選択をし、リスクを引き当てた。
それだけだった。
一つだけ言えることは、マグディスはあまりにも大きな渦中の人となったという事だった。
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背景紹介10「ヒュム族」
成人の身長は150〜180cm程度で、4種族の中では中間に位置する。耳は小さく、鼻も高くない。身体能力はそれなりで、魔力量は少な目。寿命は60歳程度と短いが、平地を主として住み、農業が盛んで人口が多い。人口が多いため、確率は低くとも上級魔術師相当の魔力量を持つ人間はそこそこ現れる。そういった人間は大抵が貴族子飼いのエリートコースを歩む。
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