5 アルディス王国にて(7)
「王も観衆もいますのでここでは手短にします。私は2つの魔法を使用しました。『魔力遮断結界』と『身体強化』です。『魔力遮断結界』で明かりが消えているうちに『身体強化』を即座に発動して、押さえ込んだということです。」
「魔力遮断結界…それで私の魔法が無力化されたのか。なるほど。魔法具を使用していないという点は信用しよう。レンディス殿、私は降参する。」
それを聞いて、レンディス公爵は大声で言った。
「ジェイド・サバル伯爵の降参により、この勝負、マグディス・ヘムト騎士の勝利とします!」
がやがやと観客席や王の周囲が話しだす。
司会がそのうち進行するだろう。
「ケイト殿、今の最後の瞬間は分かりましたかな?私は魔法には疎いので、何が起きたのか…。」
「マグディス様が、おそらく魔力遮断結界を使用され…、その後は分からないですね。暗くなったとはいえ、サバル伯爵がマグディス様の剣を捌けない理由が分かりません。」
「メリア様の言うとおり、マグディス様が勝ちましたね!」
当のメリアは若干疲れたような顔をしている。
「また、無茶して…。」
そして、全て分かっているようでもある。
その様子を見て、ケイトが尋ねた。
「失礼ですが、メリア様はお分かりになったのですか?」
「まあ、そりゃあね。私も『読んだ』からね。失われた魔法を使うなんて思ってなかったけど、マグディスはずっと気にしていたのね。」
「『読んだ』というと…、魔法書ですか?」
「ウチの魔法書の方には、水属性魔法だけじゃなくて、無属性魔法の記述もあったわ。私はマグディスの魔法具無しでは使えないけど、マグディスは無属性の魔力を持ってる。それに戦争では剣を取り落とすこともある。魔法剣が無くても使える魔法ということで目をつけていたのね。その中に、『身体強化魔法』というものがあったわ。」
「そういえば、私との訓練時に何か狙っている雰囲気がありましたが、そうか、その魔法だったんでしょうな。」
それを聞いて、モーリーが素直に疑問をこぼす。
「『身体強化魔法』、ですか?すみませんが聞いたことがありません。」
「私も魔法書を読むまで知らなかったし、魔法書の記述も『こういう魔法があった』程度のものだったわ。ただその理由も書いてあったの。『膨大な魔力を使用する割にさほど強化されないため、実用に適さない』とね。」
「なぜそんな魔法に目をつけていたんでしょう?」
ケイトが疑問をこぼす。メリアはこれについても納得しているようだった。
「マグディスだけは、自身が無属性の魔力だから、他人よりもはるかに効率よく無属性魔法を扱えるわ。この試合が始まる前からこの展開を予想して、ずっと『魔力遮断結界』を仕込み、そして発動した直後に『身体強化』を残りの魔力全てを使って発動する、そんな作戦だったんじゃないかしら?」
「マグディス様の剣捌きが普段より悪かったのは、魔法を仕込んでいたから、ですか?」
「多分そうじゃない?おそらく会話も難しかったはずよ。一言二言発言するだけで、イメージが失われて消費魔力量が一気に増えるからね。」
そこでモーリーが一言。
「そんな状態で剣を打ち合わせるような試合をするなんて、とんでもない集中力ですね…。」
「マグディスは、ここぞの集中力は謎に高いわね。あれは多分そういうセンスよ。他の人には真似できるものじゃないわ。」
「確かに、私との訓練でも、力の差が大きいですが上手く紙一重のところでよく捌きますからな。あれも一つのセンスでしょう。」
そう話していると、使用人が迎えに来て、客室に戻ることになった。
王の方では、サバル伯爵と会って話をしていた。
「負けてしまいました。申し訳ございません。」
「良い。本気で戦い、相手が真の英雄だと知れ渡っただけのことである。」
「流石、神に選ばれし王でございますな。」
近衛魔術師が皮肉にも取れる言葉をこぼす。しかし王は素直に受け止めた。
「まあ、そうでなければ選ばれることも無かったろうよ。それに、サバルは手を抜いたわけでも無いのだろう?ならば功労者を労らねば、上位者として失格というものよ。」
「手を抜くことはありませんでしたが、失策だったかと思います。」
「どの辺りが失策だったというのだ?」
「詰め所を見誤りました。あのまま剣技で押し切るのが正解だったと、彼と話して気付かされました。」
「ふむ?しかしそれでは地味な決着で、周囲は収まらんかったかもしれんぞ?」
「いえ、それは無いでしょう。彼はこう言っていましたから。」
『あまりこういうことを説明するのは苦手なのですが…。私が上級魔術師であることはそちらも分かっているはずなのに、ルールには魔法具しか禁止されておらず、魔法は許可されていました。それを見て、魔法を許可せざるを得なかった…つまり、魔法を使用する予定なのかと考えました。それでまあ、私としては魔法を使用してくることは分かっても、いつ使用してくるかは分かりませんでしたので、魔力遮断結界の発動タイミングをずっと見計らっていました。もし剣技で押し切られそうなら、即座に身体強化魔法に切り替えて発動する気でした。』
これが、決着後の喧騒の中でサバル伯爵とレンディス公爵が聞いた言葉であった。
「ふむ。サバルの用意した奥の手が裏目だったと。」
「そうですね。派手に決着するにしても、彼に先に奥の手…身体強化魔法を使わせなければなりませんでした。」
「しかし、決着の瞬間に魔力遮断結界によって照明魔法具が一時的に消えたことにより、この勝敗を疑うものもいるかもしれませんな。」
近衛魔術師が口を挟んだ。
「その辺りは英雄に失礼となるな。こちらで配慮せねばならんか。この結果については、もとより隠す気もなかったが、しかと周知するように。噂だけだと不和を呼ぶかもしれんのでな。」
「「御意。」」
後日、アルディス王都内に練習試合の概要と結果が周知され、英雄が魔法と剣技の両面で本物であると噂されるようになった。
なお本人。鍛治しかしたくない模様である。
「疲れた…。」
「おめでとうマグディス。これで多少は喧嘩を売られることも減るんじゃ無いかしら?」
「俺は鍛治がしたいだけなんだけどなあ。」
「そうはいかんと思うぞ。現に今もルーベン商業連合だったかに向かっている最中なんだぞ?これからも戦力としての依頼は多くくるだろう。余裕が無いな、お前さんは。」
「隊長殿の仰る通りかと。剣技でも弱くない、魔法技術も魔力も高い、魔法具に関しては現時点最高性能と言って良いでしょうから、マグディス様は引っ張りだこでしょうね。」
「マグディス様、本当に凄かったです!」
「どういう作戦だったか、そろそろ聞いてもいいかしら?」
マグディスはサバル伯爵に説明した内容を繰り返した。
「やっぱりね。ほんと無茶するのね。魔法を準備しながら近接戦をする騎士なんて聞いたことないわよ。」
「魔法を使うという部分までは私も読めますが、しかしそれにしても対抗策として魔力遮断結界を使用するとは…盲点でした。」
「魔力遮断結界と言えば、上級魔術師が守られながら、詠唱込みで魔力ギリギリで発動するという印象がありますが、無属性の魔力を持つマグディス様なら無詠唱でも魔力が余るんですね…。」
「私でも、戦争のような集団で使用するイメージだったからな。まさか対個人で使ってくるとは夢にも思うまい。」
疲れで乾いた笑いをしながらマグディスも返す。
「まあ後は、向こうが色々警戒してくれたのも良かったと思うよ。こっちが何か、例えば土属性の魔法を発動したら向こうは防御か回避をしないといけないから、アレでもかなり警戒しながらだったと思うし。」
「殺してはいけないというルールがあっても、危険ですね…。」
「で、多分、それまでのやり取りで魔法を使ってこないと判断して最後の魔法を使ってきたんだろうな。」
「なるほどね。今日はもう休みなさい。回復魔法はもう一回くらいならかけといてあげるわ。明日には王様との謁見よ?早く寝ることね。」
そう言われると眠くなってきたマグディスは目をこすった。
「そうする。メリアにも恥をかかせなかったみたいで良かったよ。」
「はいはい。そういうのは良いから。」
それ以降、各々自室で就寝した。
マグディスは久々に、悪夢を見ずに朝を迎えられたのだった。
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背景紹介35「無詠唱魔法」
詠唱には段階があり、長期詠唱、反復詠唱、(標準)詠唱、短縮詠唱、魔法宣言、完全無詠唱の6段階となっている。このうち魔法宣言と完全無詠唱は無詠唱魔法と呼ばれる。1段階ごとに、消費魔力量が倍の差があると言われている。
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