5 アルディス王国にて(6)

「レンディス、参りました。」

「よく来たレンディス。ワルド共和国はどうだったかな?」

「今でも変わらず長閑な雰囲気が漂っております。ただ、貴族達の中では動きがあるかと。」

「ふむ。それなら今後の支援の仕方も考えねばな。」

「はい。」

「それで、今日の練習試合のことは聞いておるか?」

「サバル伯爵とは私が直接対応いたしましたので、実施すると言うことは聞いております。」

「ふむ。そのルールが決まったぞ。」


王が声をかけると、使用人が紙を持ってきてレンディス公爵に渡す。


「私が立会人ですか。なるほど。」

「うむ。お主しか適任がおらんでな。」

「責任あるアルディス王国の貴族でありながら、『新たな英雄』の味方でもある者…ですか?」

「そうだ。引き受けてくれるな?」

「了解いたしました。」


輸入品の処理で奔走していたレンディス公爵は、夕飯の前の時間に王の使いに呼び出された。練習試合の立会人をせよ、というものである。

それ自体に問題はないが、レンディス公爵としてはこの練習試合で両国間に亀裂が生まれないか不安だった。


(心配しても仕方ない。どちらが勝つにせよ、拮抗して欲しいものだな。)


夕飯も手短に終え、練習試合の準備で待合室に向かい、2人と事前に会うことになった。


「…以上が今回のルールです。両名とも問題はありませんね?」

「私から提示したものであるからな。問題ない。」

「はい。」

「それでは、お2人の身につけているものに魔法具が無いか、お互いに確認してください。私も見ます。」


2人は服を脱いで相手に渡し、魔法具でないかどうかを確認する。もちろん剣も見る。魔法具は見当たらない。


「問題は無いようです。」

「私も同じく、だ。」

「大丈夫です。」

「では、すぐに入場となりますので、お二人は合図があったら入ってきてください。」


そう言って闘技場中央に出た。

夜の晴れた星空が少し霞むくらい、円形の闘技場とその周囲に置かれた照明魔法具が煌々としていた。

観覧席を見渡すと、大部分が貴族やその家族、あるいは王城勤務の上位役員らで埋まっている。

観覧席の一部がステージ側に出っ張った形をしており、その先の特等席に王が座っていることを確認した。


「選手入場!」


係員の声と共に、サバル伯爵とマグディスが中央に出てきた。


「試合に先立ちまして、王よりお言葉をいただきます。」


王が立って話し出す。ステージの2人は王に向かって跪いた。


「今、ここに2人の強者が集った。1人はアルディス王国の盾、近衛騎士団隊長サバル。もう1人はワルド共和国の剣、魔法鍛治士マグディス。各々、この戦いで正々堂々と誇りをかけて戦うことを神に誓うか?」

「はい!勝利を王に捧げます!」

「は。」

「よろしい。皆の者よく聞け!これより行われる試合は歴史に残る一戦となるだろう。文書には残しきれぬこの試合をしかと目に焼き付けよ!」


そう言って王は席に戻った。サバル伯爵とマグディスは立ち上がり、向かい合う。


「準備はよろしいですか?」


両者頷き、剣を抜いたのを確認する。


「では、始め!」


その合図を元に、2人は回るようにゆっくりと横に歩きながら、少しずつ近づく。


「マグディス・ヘムト。君には悪いが、この試合、一方的に勝たせてもらうぞ。呪うなら自身の不運を呪え。」

「…。」


サバル伯爵が話しかけるが、マグディスは無言のままだ。比較的声も大きい。客席に聞かせているつもりだろう。


「どのようなつもりでこの試合に臨んだのか知らないが、その英雄の肩書き、ここで奪わせてもらう!」

「…!」


サバル伯爵は一気に踏み込んで正中線目掛け突きを放つ。マグディスは軽いバックステップをしながら剣を横に振るって弾く。

そのまま踏み込みつつ突きの連撃を繰り出す。狙いは手足腹肩様々だ。それらをマグディスは弾き、躱し、距離をとる。


次に大きくサバル伯爵が前に出た瞬間、マグディスも前に出る。


「ぬっ!!?」


突きを弾きながら肉薄するマグディス。剣をコンパクトに振り左袈裟切りを行う。


「やるな。だがこの程度!」


剣の根本で受け、いなすサバル伯爵。下がって一旦距離を取った。


「マグディス様、押され気味に見えますね。」


観客席でモーリーがつぶやいた。それを皮切りに、各々話し出す。


「あれは刺突剣か?それにしては独特の形状をしとるな。根本が太いぞ。」

「ヒュム族の中でも時々使う人がいるとは聞きますが、あのような形状だと突きの速度が落ちたり、体力の消費が激しいはずですが、そこは力で補っているのでしょうね。」

「今回の試合は刃を潰した剣のはずだけど…、元々あの形状のものを特注しているのね、きっと。それを魔法剣に仕上げているから、普段腰に刺しているのはおそらく相当な価値があるわね。」

「にしても、マグディスは手を抜いているんだろうか?」

「どうなんでしょう。確かに、普段の訓練の様子からすると、もう少し綺麗に捌けると思うのですが。」

「ちょっと嫌な流れですね…。」

「うむむ。なんとももどかしいな、これは。」


マグディスの方は、全ての突きを捌ききれず軽くではあるものの剣が刺さっている。時々反撃に転じるが、これは逆にサバル伯爵に全て捌かれていた。


「ふむ。これは、サバルの方が勝つかな?」

「どうでしょうね、あの子は色々、他の子とは『違う』みたいですから。」


王と王妃が会話する。


「クレード。お前はどう思う?」

「剣術は専門外なので難しいところですね。サバル殿が押しているように見えますが、マグディス殿も致命傷は避けているように思えます。勝負を決する時はまだ先なのではないかと愚行します。」


クレードと呼ばれた近衛魔術師が答える。


「なるほどな。まあ、この試合を肴に飲む者もおるし、賭け事をする者もおるようだし、我らもあまり気にせず見守るとするか。」


王はそう言って、また試合に目を戻した。



(そろそろ致命傷だろうか?)


レンディス公爵は試合を見ながら考える。2人の力はほぼ拮抗しているが、僅かにサバル伯爵の方が上だ。致命傷と呼ぶには弱い攻撃しか当たっていないが、それでも多くの回数、マグディスを傷つけていた。

レンディス公爵は、この試合で死人を出さないことが最大の仕事だと考えていた。そろそろ判定すべきかもしれない。そう思った時、一区切りついたのか、サバル伯爵がマグディスから距離を置いた。お互いに息が荒い。


「君もなかなかやるようだ。楽しい時間ではあるが、長過ぎてもつまらない。よって、これでトドメとさせて貰おう!」


観客に聞こえるように、高らかに大きな声で宣言する。

サバル伯爵は刺突剣を脇腹深くに構え、タイミングを窺い始めた。今までに比べると少し距離が遠い。


「これを避けられるか!」


その瞬間、サバル伯爵の周囲に風の刃が出現し、マグディスに向かって行く。と同時に、弾き出されるようにサバル伯爵も前に飛び出した。


(こんな奥の手を仕込んでいたのか!)


レンディス公爵は戦慄した。攻撃魔法と補助魔法の合わせ技を、詠唱無しで即座に実行するサバル伯爵の魔法の練度に、である。体も同時に動かす必要があり、確実にできるよう何度も何度も練習する必要があるだろう。

そんなスローモーションの世界で思考する最中、急に『世界が暗くなった』。


「え?」


瞬きをすると、また明るくなった。

しかし驚いたのはそこではない。

マグディスに向かっていったサバル伯爵は仰向けに倒されており、マグディスは剣の切先をサバル伯爵の喉元に突きつけていた。


「マグディス君。確認だけど、魔法具は…使っていないんだね?」

「はい。使っていません。」


サバル伯爵も口を開いた。


「ゲホっ、ぐ、何が起きた…?」

「…。」

「それは私も教えて欲しい。マグディス君、君は何をしたんだい?それが聞けないと、勝敗を宣言できない。」

「分かりました。」


そう言ってマグディスは剣を引いた。サバル伯爵は座り込んで聞く姿勢をとった。


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背景紹介34「ジェイド・サバル」

アルディス国王直下の近衛騎士団を従える近衛騎士団長であり、伯爵位となっている。

サバル伯爵家は、古くより騎士を輩出し続け、アルディス王国を守ってきた名門である。魔術師は魔力量という個人差が大きいが、訓練すればそれなりには磨ける武術・剣術は競合が多い中、とても過酷な訓練に耐え、屈強な者だけが残り貴族位を維持し続けてきた歴史を持つ。

近年ではドワーフ族に対抗する手段として、魔法具技術や魔法の併用など、高度・先進的な技術の習得に力を入れている。

それらを使いこなせる者が、今のサバル伯爵であり、次世代のサバル伯爵となりうる。

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