5 アルディス王国にて(5)

「あー、それで『決闘の練習試合』と呼んでいるのね。模擬戦じゃなくね。」


王城の客室でメリア達と話をするマグディス。メリアは何やら分かった様子である。

隊長も思い当たる様子で話をする。


「ワルド共和国でかつて英雄と呼ばれた者もいるが、その者達は当然ドワーフ族だった。しかし今回はヒュム族の英雄だ。それに近衛騎士であるサバル伯爵が剣の腕で負けるとあっては誇りに傷がつくな。…いや、負けることそのものよりも、まずは出会ったのに挑まないことの方が問題になるのだろう。もちろん勝つ気であろうし、負ければ傷はつくのだろうが…。」

「サバル伯爵は私と同じように魔法剣士ですが、剣の腕だけでもアルディス王国で五指に入ると聞きます。それほどの腕前でなければ『近衛騎士 サバル伯爵』は名乗れないと聞いたことがあります。また、当然王の護衛ですので、マグディス様の魔法具ほどの効果は無いでしょうが、多くの高価な魔法具をお持ちです。それらを使いこなす王国一の騎士として知られています。」


隊長の思考に、ケイトが情報を追加する。


「うーん、聞けば聞くほど大変なことになったなあ…。」

「はあ。それだけじゃ無いわよ?肝心なことが抜けてるわよ、マグディス。」


ため息をつきながらメリアが話す。この練習試合の本当の意味を。


「アナタを騎士として認めた人は誰?アナタを贔屓にしている人は誰?」

「それは、ヘムト様…じゃないのか?」

「オルダンドルフ大公爵から、アナタは相当な期待を受けているわ。それは、もちろん魔法鍛治士としてもあるとは思う。だけど、アナタが戦争の英雄として頭角を現したからこそ、騎士爵を授けるという話になったのよ。もちろんアナタの活躍によって、アルディス連合国から多大な褒賞がワルド共和国に支払われたし、その中に騎士爵の話もあったわ。でも、最終的に決定権を持っているのはオルダンドルフ大公爵なの。だから今アナタはオルダンドルフ大公爵旗下の最大戦力として認識されているの。」


そこで一息つく。メリアの目はしっかりとマグディスを見据えている。


「今回の練習試合の話は、言ってしまえばオルダンドルフ大公爵の勢力圏と、アルディス王国とのプライドを賭けた一騎討ちなのね。負けるのはもちろんそうだけど、断ればもっとプライドに傷がつくわ。お父様がアナタに断らないように言ったのは、間違っていないわ。」

「…つまり、ワルド共和国の3分の1を背負えってことか…?」

「負けてもはっきり言って仕方ないわ。これは戦争ではなく1対1の試合だし。加えて、アナタは自分でも認識している通り魔法鍛治士が本職よ。ただ、無様な負け方はできないわ。本気で当たらないと大公爵に泥を塗るわよ。」

「うぇ…そんな気は全く無かったんだけどな。」

「まあアナタはそうでしょうね。周りがそうさせるのよ。貴族には良くあることよ。諦めなさい。」


『しょうがない、何か策でも考えるか…。』と肩を落としたマグディス。なんとかやる気は出させられたようで、メリアは少しホッとした。

なお、メリア自身は貴族としての『周囲の目』からは反した行動を諦めずに多くとり、その結果レンディス公爵の世話を焼かせ、今に至る。


「そういえば、今日は私が回復させてあげるわ。夜があるからね。」


そう言って念の為、杖をかざして指輪の効力のようには見えないようにしつつ、回復魔法をかけるメリア。

そうしていると、部屋がノックされた。


「私はサバル様の使いにございます。マグディス様に今回の練習試合のルールをお伝えに参りました。ご確認の上、疑義があればご質問くださいませ。」


そう言って紙を見せた。認めれば、この内容が流布されるのだろう。


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相手を殺してはならない

魔法具を装備及び使用してはならない

対戦相手以外を盾にしたり巻き込むよう動いてはならない

武器は刃を潰した鉄剣を使用する

勝敗はどちらかの降参または立会人が判定する

勝敗に引き分けはない

場所はアルディス王領内闘技場とする

立会人はカイラル・レンディス公爵とする

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「練習試合の場合、『殺してはならない』が入るのですね。」


ケイトが感想をこぼす。メリアは立会人について考えを話した。


「お父様が立会人?そうね…、確かに、ここでは全員アルディス王国側だものね。マグディスに近い貴族じゃないと立会人は務まらないわね。」

「魔法具の禁止か…。マグディスには不利な内容ではないのか?」


隊長はマグディスに確認した。実際のところ、これを対等かどうか判断するのはマグディスだ。


「多分だけど、勝てるとは思います。少なくとも無様な負け方はしないんじゃないですかね。」

「ほう?お前が自信ありとは珍しいな。」

「それに関しては、種族差がキツいんですよ。」


訓練ではよく負け、トレーニングも遅れがちなマグディスであるが、ヒュム族としては十分に鍛えられている。それでも勝てないほどの種族差が、筋力差としてあらわれていた。


「勝算はあるのね?」

「うーん、予想通り行くかは半々くらいだと思うけど、このルールなら…うん、大丈夫だと思う。」


問題ない旨をサバル伯爵の使用人に伝えると、『それでは夜になりましたら、闘技場へお連れいたします。』という言葉を残して出ていった。


その後、魔法書を読み直したり、使用予定の鉄剣の感覚を確認したり、ウォーミングアップをしながら過ごした。


夕食後。使用人に連れられて闘技場へ向かうマグディス一行。一時期離れていたモーリーも合流した。


「晩餐会という感じもないし、お父様も戻ってこなかったわね。」

「ヘムト領で長期滞在していましたからね。こちらでの公務が多いのでしょう。基本的なことは部下がやるにしても、許可と指示出しについてはレンディス様しかできませんから。」


メリアとケイトは比較的気楽だった。この練習試合ではマグディスが殺されることはほぼないだろう。その後の対応があるにせよ、そこまでのものではない筈である。


「マグディス。緊張しておるのか?」

「いや、うーん…そうですね。少しは。結構一か八かだとは思うので。」

「ううむ。今回の件、ヘムト様やオルダンドルフ様に影響があると思うと、私が代わってやりたいくらいなのだがな。」

「ははは。それじゃあダメですよ。このルールだと多分、隊長は簡単に勝てると思います。」

「では、何で勝負する気なのだ?」

「…そうですね…、いや、言わない方がいいと思います。誰が聞いているか分からないので。」

「うむ…頑張れとしか言えんのがもどかしいな。」

「無様な負け方はしないように気をつけます。」


隊長との会話が終わり、モーリーも声をかける。


「あ、マグディス様。僕一つ思いついちゃいました。戦う直前とか戦っている最中に、新しく魔法具を作るって言うのはどうですか?」

「それはダメなんだよ。まず、魔法具は装備だけじゃなく使用も禁止されてる。それをバレないよう隠すにしても、一度魔法具にしたものを元に戻す方法とか知らないし、そもそも自分の魔法具作りは鍛治の時しか今まで成功してないんだ。だから、かなり分の悪い賭けになる。」

「あー、そうなんですね…。すみません。」

「いやいいよ、謝ることじゃない。」


会話が一区切りついたところで、最後にメリアが声をかけた。


「マグディス。相手はヒュム族の最上位の騎士よ?手も足も出なくても無理ないわ。」

「まあ、そうかもね。」

「…一応聞いておくけど。何か良からぬことを考えていたりはしないわよね?開始直後に降参するとか。」

「そうしたいのはやまやまだけどね。ちょっとそうも出来そうにないから。まあ、なるようになるんじゃないか?」

「…マグディス、アナタ勝つ気はあるの?」

「…ああ。勝てるように頑張るよ。」

「………そう。頑張ってね。」


その会話以降、その場は静かになった。闘技場に辿り着く。


「こちらが会場になります。マグディス様はこちらの控え室へ。他の方は観覧席にご案内いたします。」


そこで別れ、メリア達は案内された観覧席に座った。


「ケイト、あなたの見立てはどう?」

「そうですね、普通に考えればマグディス様は相当不利だと思うのですが、あの様子ですと作戦というか、読み?のようなものがあるのではないでしょうか。それが通じるかどうか次第なのでしょう。ただ、素直に考えると、マグディス様は残念ながら負けるのではないかと思ってしまいます。」

「隊長さんはどうかしら?」

「私もケイト殿と同意見ですね。サバル伯爵の腕前が分かりませんし、マグディスがしっかり鍛えていることを知ってはおりますが、やはりそれでもマグディスは負けるのではないかと心配ですな。」

「モーリー、アナタはどう?」

「私には戦いのことはわかりませんが、順当にいけばマグディス様は勝てないのではと思います。」

「そうよね…。」


少し考え込んだメリア。しばらくして、呟くように言った。


「うーん。私はね。なんとなくだけど…マグディスが勝つような気がするのよね。」


それを聞いて3人は驚いた。なんでも無いかのようにメリアは続ける。


「マグディスは普段流されっぱなしだし、やる気も低いけど、やるべきことは真面目に取り組むし、安請け合いもしないのよね。そのマグディスが、ルールを見ただけではあるけどなんの勝算もなく『勝てるかもしれない』とは言わないと思うのよね。ケイトの言う通り読みが通る必要もあるのだろうけど、確実に逆転できると思えるような、そんな何かがマグディスの中にある気がするわ。」


それを聞いて、3人は関心したように頷いた。


「なるほど。ううむ、上司である私が彼を信頼せず、不安になっていてはいけませんな。」

「私もマグディス様の強も普段の様子も見ていたのに、考えが足りませんでしたね。」

「メリア様は、マグディス様をそこまで信頼していらっしゃったのですね!」


モーリーにそう言われて、メリアは顔を逸らした。


「案外あっさり負けちゃうかもしれないけどね。でもまあ、今は信じてあげればいいんじゃないかと思うのよ。…今の話、マグディスに言っちゃダメよ。」


そう言うないなや、『選手入場!』という号令のもと、マグディスとサバル伯爵が闘技場中央に歩いて行く様子が見えた。


試合が始まる。


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背景紹介33「アルディス王都」

世界最大と言われるアルディス王城と城下街で構成された都であり、馬車や軍隊の移動がしやすいように真っ直ぐで広く整った道による区画整備がなされているなど、複雑で大規模な都市計画が伺える。

今のアルディス王都は『新都』であり、『旧都』は別にある。それでも100年以上前に遷都しており、当時からアルディス王国の国力が高かったことが窺える。

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