5 アルディス王国にて(4)

「マグディスさんはね、魔臓を2つ持っているようです。」


途端にザワつく周囲。

マグディスだけはなにも分からないので静かだった。


「魔臓…ですか?」

「首の下あたりにある、魔法を使う際の自分の魔力が溜まっている場所のことです。人は魔法詠唱や魔法具の使用時に、そこから魔力を取り出して使用しています。また、わずかながら生存にも魔力を使用していることが分かっていまして、魔力が無くなると体の各所に不調を来たし、最悪心肺停止します。」


それを聞いて、そういえば魔力欠乏で倒れたことを思い出した。


「そういえばメリアお嬢様が先程、魔力属性調査の魔法具を使用した言っていましたね。そのときはどういう結果が出たのですか?」

「地属性と出ました。」

「なるほど。マグディスさんの魔臓ですが、地属性らしき魔臓と、もう一つ何属性か不明瞭な属性の魔臓があるように思います。そしてマグディスさんの中を流れている魔力は、おそらく…。」


そこで一度言葉を切る。周囲は何がきても驚かないというより、最早現時点で何が起きているのか全く分からず、驚けなくなっていた。


「その2つが混じった結果、ほぼ無属性の魔力が体を巡っているように思います。」

「あ、それでマグディスは無属性魔法が得意なのね。」

「本来はそれ自体がおかしな話なんですけどね。無属性魔法が得意な人は聞いたことがありません。なので、何故マグディスさんが2つの魔臓を持ち、そしてその結果無属性の魔力を持っているかは不明です。しかし大事なことは、マグディスさんはそれによって無属性魔法に特化した魔術師になっていることです。」

「巡っている魔力が無属性だったのは初めてでしたから、属性が判別できませんでした。こんな人に出会ったのは初めてです。」


シンディアの次に魔力探査を行ったモーリーが言葉を続ける。


「魔法はイメージをした上で、魔力で他のモノに干渉する。これが魔法の原則と言われています。これを元にして、魔力は動かすモノに対して属性を持ち、そして魔力にはその対象の特性が反映されるという仮説があります。ですので、魔力探査をすると各属性のイメージがなんとなく伝わってくるものなのですが…マグディス様の魔力には、希薄な地のイメージがあるくらいで、ほとんど何も感じられませんでした。透明な魔力のイメージと言った方が正しいくらいです。」

「…これくらい色々分かる時があるのよ。メリアお嬢様?」

「分かったわよ、師匠、もう良いでしょ…。」


モーリーが結構な理論をスムーズに話すのを見て、地味に驚くマグディスだった。なお、自身のことについては、今までの知識が無いためピンと来ていない。


「…でも、別にこれもマグディスさんの魔法具の秘密を解明できる情報じゃあ無いわね。」


少し考え込んだシンディアが口を開いた。


「よし。モーリー、マグディスさんの旅に同行なさい。レンディス様には話を通しておくから。」

「良いんですか?進捗途中の地属性魔法の研究もありますが。」

「ウチが最初にマグディスさんの魔法具の秘密を解明出来たのなら、それは他領に対するとんでもないアドバンテージなのよ。だから最悪、研究所の費用で落としてでもついて行きなさい。これは命令よ。」

「やった!ありがとうございます!」


非常に嬉しそうな顔をするモーリーにシンディアが一言。


「帰ってきたらちゃんとレポートも書かせるから、しっかり調査してきなさい。」

「はい…!」


モーリーは背筋を伸ばした。



昼食を一緒にいただいて、午後には研究の様子を見させてもらう。

一方には既知の魔法をもっと効率よく使うために、イメージや詠唱を考える低級魔術師達。

他方には既知の魔法の特性を変化させようとする上級魔術師。

そういった人たちの様子を見せてもらったマグディス一行。


「思ったより、魔法発動に苦労しているなあ。」

「アナタとアナタの魔法具が異常なだけで、コレが普通よ?」

「そうなのか。だから戦場で使えないんだな。」

「だからまあ、この前の襲撃犯なんかはかなり驚いたと思うわよ。相当な事前準備が必要な実践的な魔法を、あんな短時間で準備されたんだから。」

「逆に言うと、位置がバレていたとしてもあの人数で制圧できると思っていたのかな?」

「多分ね。」


マグディスが見た限り、最低でも地球基準で言う分単位の時間がかかっていた。その間ずっと魔力をコントロールしながらイメージを耐え続けなければならない。これを魔法具に込めて量産したり、あるいは戦場で即座に使用しようというのは確かに現実的ではない。

上級魔術師が戦場に出ても、ほぼ発動するのは最初の消費魔力だけで済む魔力遮断結界だけなのも、戦場では魔法を魔法具に頼るのも、理にかなった話だった。


「しかし、水属性の魔術師が多い気がするな。」

「ヒュム族は水属性になりやすいと言われてはいます。ドワーフ族は地属性ですね。伝承通りなら、マギア族は火属性、エルフ族は風属性です。」


近くを歩いているモーリーが教えてくれる。旅に同行することもあり、今からお付きのような立ち位置をするように言われていた。


「…そういえば、マギア族が集団で使ってくる大規模殲滅魔法は火属性だったっけ。」

「それも関係あるかもしれません。他属性のマギア族もそこそこいるはずですが、大規模殲滅魔法の魔力供給に協力できるのかどうかは気になりますね。残念ながら調べようがありませんが。」


(調べようが無い…か。)


腰のミスリル魔法剣を見る。コレがあれば、あるいは魔法の組み合わせによっては潜伏行動が可能になるかもしれない。

何せ、短時間で上級魔法を連発できるのだ。今まで出来なかったことが可能になるかもしれない。


(まあ、それもこれも先の話だな。)


そう思って、このことは一旦考えるのをやめ、もう少し研究所内を見て回るマグディス一行だった。



「さて、それじゃあ出発しようか。次は王都に向かうよ。」

「今更ながら、なぜレンディス様が直々に説明されるんですか?」

「ああ、君たち、特にマグディス君の今後の予定って結構秘匿度の高い情報なんだよ。直前まであまり広げたく無いからね。」


レンディス公爵直々にマグディス達に説明する。思えば、この通達も別に使用人がやれば良いことの筈だが、レンディス公爵自らが行う理由は、秘密だからだという。


「そこまでするんですか?」

「マグディス君はやっぱり今の自分の価値が分かってないよね。私からすると、そうだな、戦術級、って言うのが正しいかな。」

「戦術級…?」

「うーん、私からではやっぱり難しいか。モーリー、道中で説明してくれないか?」

「分かりました。お任せください。」


マグディスはピンと来なかったが、実際問題、マギア族が大人数で長時間(それでも数分程度と短い方だが)もかけながら使っていたような大規模殲滅魔法を、今のミスリル魔法剣であれば数十秒単位でヒュム族1人で実行できるだろう。

マグディスがピンと来ていない理由は、最近急にとんとん拍子で目立ち、もてはやされるようになったからである。

そのうち慣れてくるものと思われる。


アルディス王国への道中は、平和そのものだった。モーリーから説明を受けて状況が今更ながら少しだけ分かったり、昨日は街をみていたキャロット・クワルドの2人からレンディス公爵領の様子を聞いたりした。

夜は訓練し、そしてまた1日が過ぎて、一行は、ようやくアルディス王都に到着した。


「『アルディス王都。自由で気高き王都。憧れの場所。』と吟遊詩人が唄っていたのを聞いていましたが、凄い広さですわね。」

「本当だねハニー。コレだけ広くて人も多いのにも関わらず、中央通りは馬車がすれ違えるくらいに広いね。都市としての規模も最大ということだけど、これだけ計算し作るには、おそらく…かなりの権力を見せつける意味もあるのかな?」

「権力を見せつける、ですか?」

「貴族には大事なことだよ、覚えておいた方がいい。」

「そうですわ。権力が無いと思われると、交渉ごとが大抵不利な状態から始まるんですわ。これが貴族だけの話なら良いんですけど、そうじゃないのですわ。」

「商人達は特によく交渉するからね。その中で不利となってしまうと、商人がその土地から離れていくんだよ。結果として流通が滞るから、その都市は発展できなくなる。栄えていないように見える都市というのは、商人達から見れば利益の出しにくい場所なのさ。だから、見栄を張った都市と言うのも大事なんだけど…。」

「ここまでのものとは思っておりませんでしたわね。おや?あそこからが貴族街かしら。」

「建物がひしめいた都市の中央区に、貴族の屋敷と同等の大きさの邸宅がこんなに…。」

「うーん、本当にここに来て良かったね、ハニー。これは実際に見てみないことには信じがたいよ。」

「そうですわね。私たちはアルディス王国の歴史をあまり知りませんわ。ですから、例えば昔に遷都したとかあるのかもしれませんわね。その際にこのような方向性で都市計画をしたのかもしれませんわ。それでも、やはり凄いとしか言いようが無いですわね。」


クワルドとキャロットの会話をなんとなく聞きながら、マグディスは新鮮な景色を受け入れきれずにいた。目新しいものが多過ぎて、もはや何が何だか分からなくなってきていた。なので今は、景色や建造物を見ながら、今後の鍛治・道具作りの意匠や装飾の参考になるものが無いか探している。


そうこう話をしていると、貴族街も抜け、前方に大きな城が見えた。真っ白な外壁に、何本もの尖塔が見え、そしてそんな尖塔よりも高いところまで伸びた中央部には、アルディス王国の紋章が描かれている。またその下には、時計が動いていた。


「あんな大きな時計…。どうやって作ったんだ?どうしてあんなところに?」

「ふふ、やっぱりマグ君はこういうのに目がないのね。でもそうね、どのようにあれが作られているかは後で聞いてみましょうか。今後のマグ君の魔法具の参考になりそうですし。」


マグディスは時計を見上げて驚き、そしてさらに紋章を見てそのデザインにも驚いた。


「龍…?あんな複雑な紋章を王家の紋章にしたのか…?」

「なるほど、王城に掲げてあれば誰でもそれが王家の紋章だと分かる。城壁にもあったけど、あれはこの紋章の劣化版だったようだ。おそらく、馬車や服飾にはこの複雑な方の龍の紋章が刺繍されるんだろう。『下手な絵は描いてもすぐ捨てなければならない。特に龍の絵は。』と聞かされたことがあったけど、そうか。アルディス王国の紋章が龍だから、貴族やその子息が龍の絵を描くと外交問題に発展する危険性があるからだったみたいだ。」

「…理由を教えてもらえなかったんですか?」

「まあ、絵を教えてもらってたのはお付きの画家にほんのしばらくの間だったからね。才能が無くて興味も薄いと分かったら他の勉強に移っちゃったから。その一言だけ何故か覚えているんだよね。」


そして王城の入り口付近まで馬車が来る。ここも城壁で囲まれており、そこで馬車が止まった。

しかし、何やら門の前が騒がしい。レンディス家の使用人がレンディス公爵の乗っている馬車と門の間を行ったり来たりしている。


「はて?レンディス公爵が連絡を忘れるとも思えないが…。」

「何があったのかしらね。」


そう話していると、とうとうレンディス公爵本人が降りてきて、そして何故かマグディスのいる馬車の方へやってきた。


「マグディス君に、サバル伯爵が直々に話があると言って聞かないらしい。国王様にも話を通してあると言っているようだ。」

「え、ですが私はそもそもサバル伯爵を知らないのですが。」

「会って話してみる他ないと思う。ついて来てくれるかな?」

「分かりました。すぐ行きます。」


ここで止まっているのも困ってしまうので、レンディス公爵とマグディスは早足で門前へ向かう。


「初めまして、私はジェイド・サバルだ。君がマグディス殿かな?」

「はい。初めまして、マグディス・ヘムトです。何やら私に用があるというお話でしたが?」

「うむ。アルディス王には既にお話しているのだがな、今日君が来ると聞いて、決闘の練習試合を行いたいとの話をしたところ、王も観戦いただくことになってな。急遽その連絡をしに来たところなのだ。」

「練習試合、ですか?私は鍛治士ですが…。」

「それも分かっているが、それでも君はもはや2国間に名の知られた英雄なのだ。剣の腕も確かだと聞いている。それに挑まねば、私の周囲は納得しないのだよ。それは私自身もだ。しかしだからと言ってまさか殺し合いをする訳にはいかない。よって練習試合をお願いしているのだよ。」


(これが、貴族の面子ってやつなのか?)


マグディスは疑問に思いつつも、ある程度納得した。尊大な態度に思えるのも、周囲の目から見て立場が上であることを示さねばならないからだろう。

しかし、まさかクワルドに教えられた直後にこのような話をされるとは思っていなかった。


「この話、受けるしかないと思うよ。マグディス君。」

「流石レンディス公爵は話が分かりますな。」

「そうなんですね。分かりました。練習試合、お願いいたします。」

「うむ。マグディス殿も流石英雄と言われるだけのことはある。決断が早くて気持ちが良いな!今晩夕食後に時間をとってあるのだが、問題ないだろうか?」

「夕食後ですね。大丈夫です。」


(って言わないといけないんだろうなあ…。)


遠い目をしないよう顔を作りながら、脳内で現実逃避を始めるマグディスに、決定事項が下されていく。


「王のご観戦なさるスケジュールもあるのでな。良い返事が聞けて良かった。練習試合の説明は後ほど使用人より伝えるから、今しばらくは夕食まで、体を休めるなり温めるなりしているといい。」

「分かりました。」


その返事を聞くや否や、サバル伯爵は踵を返した。


「では、夕食後にまた会おう。良い勝負になることを期待している!」

「………。はは。」


何を言っていいかよく分からなくなったマグディスは、とりあえず乾いた笑いをした。


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背景紹介32「動物」

この世界の動植物は、おおよそ地球上のものと似通っている。馬はほぼ馬であり、人に慣れれば乗ることもできるし荷物を引かせることもできる。マグディスがヘムト王国でよく食べているシチューも、羊のような羊毛の多い動物から乳を取りスープにしている。他、衣類の原料として活用している。本ストーリー上は名称としては分かりやすく羊や馬を使用する。

この世界、4カ国の外側には、まだ知られていない動物、『魔物』と呼ばれるそれらがいて、その中に龍もいると伝えられているが、定かではない。

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