5 アルディス王国にて(3)
そしてまた1日馬車での移動に費やして、夕方にはレンディス公爵領に着いた。
ヒュム族の人々が家に、帰路についていく。
それだけでも、オルダンドルフ大公爵領よりも人が多いように思える。
「こんなに人がいるんだな。」
「まあここは、アルディス王国の中に2つしかない公爵領だからね。王都はここよりも凄いよ?」
マグディスの独り言にレンディス公爵が応じた。
馬車のままレンディス家の屋敷に向かっているが、今はメリア、ケイトと同乗している。
「まあ、人が多くて凄いことは確かです。ただ、今回初めてヘムト領やオルダンドルフ領を見て、そういう趣もあるというのが新しい発見でした。」
「勉強になったようで何よりだよ、メリア。具体的にはどう感じた?」
「そうですね…。ヒュム族は生き急いでいる感じがします。時代の流れに置いていかれまいとしている感じがしますの。対してドワーフ族は、自分のしたいことをしているというか、のどかというか。貴族としては時代に置いていかれないようにしているのは分かりますが、それでも『種族差』がそういうところに現れているのではと感じました。」
「なるほど、そうかもしれないね。その中でだからこそ、専門を極めるような職人が育つのかもしれないね。」
マグディスは常にヘムト領にいたため、この件は分からず黙っていた。だが、確かにドワーフ族に比べてヒュム族の方が『忙しい』印象を受けた。
それは確かに、時代の変化に追いつくために、様々な対応を余儀なくされているからかもしれない。
「さて、そろそろ屋敷だ。久々に我が家で休むとしよう。まあでも、君たちは明日1日だけここにいて、王都に向かってもらうよ。」
「そういう予定だったんですね。」
「あれ、言ってなかったっけ。でもまあそうなんだよ。今回は前ほどじゃないけど余裕はなくてね。明日はウチの魔術師達に会ってもらう予定だよ。」
「…1日たりとも余裕が無い感じですね…。」
「君に会わせたい人や君に会いたい人は、君が思っているよりもずっと多いんだよ。有名になるっていうのはそういうことさ。できる時に訓練や勉強をしておかないといけないよ。」
「鍛治がしたかっただけなんですけどね。」
「まあもうここまで来ちゃったからには仕方ない。とりあえず今日はウチの料理を堪能して、それから休んでくれれば良いと思うよ。」
「分かりました。」
その後、夕食の席で一緒になったレンディス家の家族の質問責めに遭い、もはや誰が誰だか分からないまま夕食を終えた。終始、レンディス公爵とメリアは苦笑いしていた。
夜、割り当てられた自室で魔法書を読んでいると、部屋をノックされた。執事コラムが出て対応する。
「マグディス様、メリアお嬢様がいらっしゃいました。魔法の勉強の件だそうです。」
「分かった。通してくれ。」
「私は外しておきます。」
「この部屋にいてくれても良いんだぞ?」
「いえ、そういう訳にも行きますまい。では、失礼します。」
そう言って出て行くコラム。入れ違いにメリアが入ってきた。
「お邪魔するわよ。」
「どうしたんだ?こんな時間に。」
「どうしたんだ、じゃないわよ。アナタ、魔法の勉強ちゃんと進んでる?」
「いや、行きはキャロット姉さんとクワルドさんがずっと喋ってたからなあ。よくあんなに会話が続くなって。」
「それは置いておいて。それなら、今からちゃんとやるのよ。」
「うーん、まあやろうとしてたところなんだけどな。」
そう言って魔法書を見せる。
「勉強はこれからするから、できれば1人にさせてくれない?」
「見張は必要じゃない?」
「コラムもいるんだから、コラムに後で聞けば良いんじゃないのか?」
「それだと結果だけよね。実際にやらなかったら意味ないわ。」
ふと、マグディスが気づいた。
「…何か理由があるのか?」
「…そうね。いや、私もそれを読んでおけとお父様に言われていて…。」
「…?」
「この指輪貰ったじゃない?」
「ああ、今日レンディス家の人達に散々弄られたソレか?」
「それは今関係ないから置いておいて。私は今まで自分が水属性だったから他の属性の魔法はほとんど知らないの。これがある以上、私は他の属性も使用できるでしょう?」
「そういうことになるし、実際簡単な魔法を試して出来てたよな。」
「そう。だから私は戦場には出ないけど、この前みたいなことが今後もあり得るだろうから、覚えておけという話になったのよね。」
この前というのは、ドワーフ族の襲撃のことである。
メリアも目潰しで援護していた。
「でも、これを覚えてもすぐには使いこなせないし、イメージがしっかりしてこないと詠唱や集中する時間が長くなったり、消費魔力が増えるよな?」
「そうよ。でも対応できる状況を増やすためには、今から覚えておくことに損は無いわ。気が乗らないのは私も同じだけど。」
そこから2人で、魔法具の明かりの中夜遅くまで読み進め、柔らかなベッドでそれぞれ眠りについた。
そして翌朝、イジられないよう可及的速やかに朝食を終え、今度はレンディス公爵家の魔法研究所に向かう。
向かうと言っても、警備部隊の直近に隣接するように建てられているため、到着まで時間はかからなかった。
研究所の中を、メリア先導で歩いて行く。
今回のメリアはよそゆきではなく、身内なのもあってラフな格好だ。腰に差した2本の水筒が目立つ。
「メリアは領内でもそれ持ってるんだな。」
「水分補給が必要なのかなと心配されることはあるのだけれどね。護身用と思ってない人の方が多いわ。…噂されてたりはするみたいだけど。」
「そうだろうな。」
普通に考えたら水筒は護身用にはならないが、水属性魔法は水を生成から始めようとすると、大気中や地中から僅かに集めてくるくらいしか出来ない。よって、水を持っておくことが最も効率的であるが、水筒を護身用にするには、比較的即座に魔法の使用が可能である必要がある。よって水属性上級魔術師のうち、さらに護身用として魔法を使用する者だけだ。
結果として、メリア自身も他に聞いたことがない。
「私の師匠も水属性上級魔術師だけど、護衛兼下働きがいるから、持ってないのよね。便利なんだけど。」
「おや。誰かと思えばメリアお嬢様じゃありませんか。」
メリアがノックもせずに入った部屋の奥から女性の声がする。
「相変わらずですね。ノックくらいしていただきたいものです。」
「私がこんな対応するのはここだけよ。他じゃしないわ。」
書類の山から顔を出した老齢の女性は、それを聞いてため息をついた。
「それで、あなた様は…。」
「あ、はい。マグディス・ヘムトです。ワルド共和国で騎士爵を持っております。」
「ご丁寧にどうも。私はシンディア・ムール。私はアルディス王国の騎士爵よ。よろしくお願いします。」
お互いに礼をしたマグディスとシンディア。シンディアが話を続ける。
「マグディスさんにはこれをお渡しして欲しいと、レンディス様から聞いています。」
そう言って、魔法書を取り出す。内容は、オルダンドルフ大公爵領で貰った土属性魔法書のように、水属性魔法の使い方が記載されているようだ。
「ありがとうございます。」
「いえ、これもお仕事ですからね。でも、長時間書き物に向き合ったのは久しぶりで、肩や腰が固まっちゃったわ。」
雑談に移ったため、メリアも会話に加わる。
「師匠、もういい歳なんですから。他の人で良かったのでは?」
「これ自体は責任ある仕事だから、そうもいかないのよ。それに私自身も魔法を使うことがだんだん難しくなってきているの。この前なんて長時間詠唱してたら腰が痛くなっちゃって、魔力とイメージが霧散しかけて焦ったわ。」
「またそんな無茶を…。」
話していると、外からノックされる。「どうぞ。」と師匠が応じると、多くの人が入ってきた。十数人はいるだろうか。
「この子達はここの魔術師達よ。ところでマグディスさん、ワルド共和国に友人はいらっしゃって?」
「いえ、友人と呼べる人は…いないですね。」
「なら、ここには何度か足を運んだり、移動の休憩で寄ることは多いでしょうから、この子らと交流しておくのも損は無いと思うわ。この子らも新しい知識を欲しがっているしね。」
「…目の下にクマが出来ている人が多いように思うのですが…。」
実際、目の下にクマが出来ている人は多かった。というか、全員が寝不足のように見える。
「マグディスさんは朝に強いのね。ウチの子らはみんな夜更かしでね。私も研究をほどほどにして寝た方が、毎日の効率は良いと思うのだけど、期日も厳しいから、どうしてもこうなりがちね。他の魔法研究所でもそうだと聞くわ。」
「師匠、マグディスの場合はちょっと違いますよ。午前中は軍隊の訓練、午後に鍛治をして、魔法の練習は夜だけです。その時点で疲れ切っているので、ちょっと練習したら就寝です。そもそもワルド共和国では明かりの魔法具もアルディス王国ほど普及していませんから、夜は寝るものという考えはここより強いですよ。」
「…そうなんですか?」
全員の視線がマグディスに向いた。
「はい、事実です。なので俺も、なんでここまで魔法の有力者達と比較されるのか分かっていないくらいです。」
シンディアは考え込む様子を見せた。沈黙の時間が過ぎる。
「ふむ。それなら、ちょっと調べさせてもらいましょうかね。」
「師匠。それは良いんですけど、マグディスのことはここの人は知ってるんですか?」
メリアの質問は、『マグディスの魔法具の秘密をどこまでバラして良いのか』という意味だ。
「ここの人は大丈夫です。知っているのも、この研究所の上位陣だけですよ。…さあマグディスさん、手を出して。」
マグディスはゆっくりと、差し出された手に手を重ねた。
すると、魔力が流れ込んでくる。
シンディアは目を見開いた。
「これは…一体どういうことでしょう!?」
「何かありましたか?」
マグディスはイマイチ分からない。というか、シンディア以外の人は全て分かっていない。
「モーリー、ちょっと来てちょうだい。」
「所長、なんでしょう?」
モーリーと呼ばれた少年は、マグディスより背が低く、さらに痩身でもあった。シンディア所長の前に出る。
「私と同じように、マグディスさんに魔力探査をかけてちょうだい。」
「分かりました。マグディス様、お手をお借りしますね。」
マグディスの手を取り、同じように魔力を流し出すモーリー。
(魔力の感じシンディアさんと違うな…まさかこれは、土属性か…?)
マグディスがそう思っていると、モーリーが驚きの声を上げた。
「え!?2つ!?」
「やはりそうなのね。私がおかしいわけじゃないわね、久々に焦ったわ。」
そう言ってホッと胸を撫で下ろしたシンディア。周囲はずっと頭に疑問符を浮かべている。
なお、マグディスもその1人だ。
「メリアお嬢様?」
「…なにかしら?」
少々剣呑な雰囲気で話しかけられたため、若干引き気味になるメリア。
「マグディスさんに魔力探査をしてないんですか?」
「…あー…、まあ、魔力属性調査の魔法具もあったし、小さい魔力遮断結界だったらすぐに展開できたみたいだったから………。」
「魔力探査は魔法の基本だといつも言っているでしょう!しかもそれを魔法の新人同然の者にしないとはどういうことですか!!」
「うっ…私は人に魔法を教えることは無いと思っていたし…。」
「メリアお嬢様のお立場であれば、貴族の魔術師に教える場面はあるとも何度も言いましたよ?」
「うぅ…、ごめんなさい…。」
「よろしい。肝に銘じておきなさいね。」
そう言い終えると、シンディアはマグディスに向き直った。
「これもマグディスさんの秘密の一つ、ということになるんでしょうね。」
「えっと…聞くのが怖いんですが。」
マグディスは戦々恐々と、シンディアの次の言葉を待った。
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背景紹介31「魔力探査」
対面して相手の両手を掴み、自身の魔力を片手から流して反対の手に戻るようにすることで、相手の魔力を調べる技術。相手の魔力量や属性を調べることができる。
魔法というよりも技術に分類され、魔力の少ない者でも実行可能である。
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