5 アルディス王国にて(2)

ギルバート親方が船で商品を配送しているとはいえ、ワルド共和国からアルディス王国へ輸送される商品全体から見れば、ほんの一部にしかならない。つまり、この船には同乗していなかった。

また、同じような旅客もいない。何故なら、種族が異なる国に居れば奇異の目で見られるからだ。知り合いがいなければ、その地で食事に有りつけないのがほぼ確定しているような土地となってしまう。そんな場所を旅するのは余程余裕のある人か、ネタを探して彷徨う吟遊詩人くらいだった。街であれば、お金さえ払えば食事を提供してくれることもある。怪しまれたり、スリの標的にされたりなど、全く安心できないだろうが。


長々と話をしたが、結局マグディス達は変わり映えのしない面子での船旅である。ただし、船となると少々様子が変わる者もいる。


「うおおおお…。」

「ホラ、マグディス、隊長さんに酔い止めの回復魔法よ。」

「ああ…って、酔い止め?あったか?そんな魔法。」

「…ああ、【鎮静(ストア)】よ。マグディスはよく使ってたけど、そういえば筋肉痛の痛み止めにしか使ってなかったわね…。」

「なんでもいいから、やるなら早くしてくれんか…?」

「すみません、つい。【鎮静(ストア)】!」


メリアと隊長は驚いた。メリアは魔法に、隊長は効き目に、である。


「えっ、魔法名だけ?」

「何度か使ってたらイメージがしっかりしてきたみたいで、ほとんど魔力消費がなくなったから良いかなって。剣無しでも本当に数分で回復するくらいの魔力しか使わないし。」

「相変わらず、アナタの無属性魔法への相性の良さは異常ね。無属性魔法の中でも軽い方とはいえ、私は詠唱込みでも結構持っていかれるのだけど。」

「こんなに良い効き目で、魔力消費も少ないというなら訓練で他のやつにも使ってもらいたいところだな。もっと厳しく鍛え上げられそうだ。」

「隊長さん、今はまだ他領なので強くは言いませんけど、いくら魔力を消費した方がマグディスの魔力も育つとは言っても、組織立って行動する軍が1人に依存する体制というのはよろしくないですし、マグディスは鍛治も魔法の勉強もしているのですから、負担を考えてあげていただけませんか?今のマグディスなら多分、【鎮静(ストア)】の魔法具を作ることは多分出来ますので、それをヘムト様経由で依頼する形ではいかがですか?」

「うむ、ごもっともだ。それに魔法具なら、いくつか用意しておいて貰えれば長く使えそうでもあるな。」

「それだと鍛治の仕事というか、道具作りになるかな。まあそれでも好きだから良いですよ。多分ヘムト様も苦い顔はしないんじゃないですかね。領内で済む話ですし。」


そうこうしているうちに、アルディス王国の港に付く。

もう日は暮れかかっている。


「じゃあ、予定通りここで一泊するよ。」


レンディス公爵が指示を出す。

港の周辺は宿場町となっているようだった。

ワルド共和国側、ヘムト領の端にあたる位置にある港も宿場町になっていたことを考えると、行き帰りでこの辺りで一晩を過ごすのはごく普通なのだろう。

また、人数や荷物の量、上流に向かうか下流に向かうかなどの違いで、荷馬車や船の速度は変わってくる。そのため、両側の港が税関と宿場町の機能を果たすのは効率的であると言えた。


予定の宿に荷物を置き終え、夜も暗くなる間際。


「よし、じゃあ始めるか、マグディス。」

「隊長…、ちょっとはアルディス王国を見たい気持ちは無いんですか?」

「私は何度か来とるしな。今はお前さんの訓練の方が大事だ。」

「うえ…。」

「ま、2日に1日は休みにしてやる。その方が力も強くなるし、休めるのでな。毎日やったらスタミナはつくが必要な時に回復しないから、それくらいなら良いだろう。」


そう言って訓練用の剣を構える隊長。

マグディスもやむを得ず構える。


「久々に私が直々に教えてやる。付いてこいよ!」


そう言うと、隊長は剣を上段に振りかぶりつつ突っ込む。

マグディスはその振り下ろしを剣で逸らしつつ、足で回避しようとするが、側面方向に吹き飛ばされる。

これが、ドワーフ族とヒュム族の差である。


「コール隊長はもちろん素晴らしいですが、マグディス様も中々ですね。」

「そうなの?」

「はい。あれだけの威力の振り下ろしであれば、綺麗に捌かなければ剣を取り落とします。そうしつつ、回避しきれる距離までしっかりと足でタイミング良く動く必要がありますから。」

「貴女なら可能よね?ケイト。」

「はい。私の場合は、筋力的に劣るため足捌きでの回避がもう少し大きくなるのが厳しいところですね。マグディス殿もそこが少々足りず力負けしたようです。」


そう話しているうちにも、隊長はマグディスを攻め立てて行く。胴薙ぎや袈裟斬りに突きまで含めて、攻撃の手が多彩で終わりが見えない。

マグディスも全てを捌くことは出来ず、致命的なものは避けるが押し切られて打撲をいくつか負っている。


「どこまでこれ続くのかしら…。」


一方的な展開が続き、ついには隊長がマグディスの喉元に剣を突きつけた。


「ハァ…ハァ…参りました。」

「…マグディス、お前なんか隠してたな?」

「隊長には隠し事が難しいですね、うーん…。」

「まあ、言わんでも良いが。大方予想はつくからな。警戒した結果、勝ち切るのに時間がかかったぞ、まったく。」

「そうなんですよね。警戒されてたから使う意味も無かったんですよね。隊長相手にこんなに時間もったの初めてですし。」

「まあ戦争でも無いから、勝ちを急ぐ必要も無かったのでな。短すぎたら2セットやる必要があったが、まあ取り急ぎはこんなところだろう。また明後日にやるぞ。」

「やりたくないなあ…。」

「そう言うな。お前さんが生きてないと鍛治も出来んだろうし、ヘムト様も困るのでな。」


それを見て、ケイトが声をかけた。


「コール隊長、私にもご指導頂けないでしょうか。」

「ケイト殿に?失礼だが、貴女の戦闘スタイルは、魔法具との併用を前提にしていると思うのだが。私と打ち合うにしても、魔法具なしでは厳しいかと。」

「それでも、いや、だからこそ、です。私の素の力はマグディス様と同等程度でしょう。より力のある相手を捌けなければ、今後もメリア様を守れるかどうか分かりませんので。」


前の旅の戦闘は、少人数でかなりの速度重視の旅というイレギュラーではあるが、主人の援護を受けるというのは本末転倒だった。ケイトはそう思っていた。

この先はヒュム族の領土である。魔法具なしで互角ならば、魔法具の性能差が勝敗を分ける。魔法具頼りの護衛ではいけないと考えていた。


「なるほど。マグディス、練習用の剣をケイト殿に。」


そうして始まった訓練を見つつ、メリアはポツリとつぶやいた。


「みんな元気ねえ、もう夜なんだけど…。」


ただ、呆れた様子というわけでもなかった。


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背景紹介30「上級魔術師」

定義は地域で異なることがあるが、かつては『自属性の上級魔法を1人で、半日以内で使用できる者』であり、今では『魔力遮断結界を短時間(約1時間以内)で張れる者』がメジャーな定義である。

アルディス王国では領地持ちの貴族が1代限りの騎士爵に引き上げ雇用することが多い。上級魔術師自体の人数差から、ワルド共和国では大公爵が雇用している。マグディスがヘムト家にいるのは、ヘムト侯爵がオルダンドルフ大公爵に直訴したことと、マグディスがヒュム族でありオルダンドルフ大公爵旗下の魔術師達がマグディスを嫌ったことなどの理由がある。

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