6 邂逅(1)

「練習試合だってさ。『殺しは無し』という点以外は完全に決闘だったよ。笑っちゃうよね。」


その人影は誰かに話しかけているようであった。


「彼は僕よりも上になる可能性を秘めている。そうした時、君たちが彼に僕より酷い仕打ちをするのか、そこが気になってるんだよ。実際のところどうなんだい?答えてはくれないんだろうけどさ。」


他の声は返ってこない。


「全く。意固地すぎて笑っちゃうよ。君たちは自ら滅びの道を歩いているって分からないのかな?分からないんだろうね。だからこそ僕をこんな目に合わせた上で生き残ろうとしている。神経が図太いにも程があるよ。君たちに比べれば彼らの方がよっぽど生きていると言えるね。」


喧嘩を売っているような口調だが、周囲はただただ静かであった。


「何度でもはっきり言うよ。君たちの在り方は君たち自身を滅ぼすよ。まず時間感覚が遅すぎる。そして変革についていけない。さらに言うなら他人と協力関係を築けない。君たちは種族的に欠陥があるんだ。僕をこうしたのもそう言う理由だろう。そうでなければ生き残れないからだろう。」


そこにある魔力が、黒く渦巻くかのように動いた。


「仕方ないから一つだけ教えておいてあげよう。もうすぐ君たちは彼に助けを請うことになる。その時に礼を失しないようにすることだ。そうできれば彼らも協力してくれるだろう。今のままでは、彼の周囲の反発で戦争になって、彼が先陣を切り、負けておしまいだ。君たちの強さなど、全員合わせても彼1人にも満たないよ。僕の武器を使っても良い勝負止まりだ。それに彼の仲間が加われば、まず勝てないね。」


魔力が消え、残滓も無くなった。


「困ったものですな。」

「魔力をこれだけ費やしているのに、数多の愚痴と文句を言われてこれだけの成果とは、我の立場は辛いものがあるな。」

「お察しいたします。」

「しかし、事実あのお方の言うことは正しいのだろう。いつも耳が痛いな。」

「かと言って簡単には変えられぬ…ですな。」

「あのお方の声を皆も聞ければ良いのだがな、そうもいかんか。」


疲れた顔で呟くのは、豪奢な衣装に身を包むエルフ族の女性であった。



マグディス一行は素早く朝食を終えると、謁見の間へ向かった。昨晩は街に出ていたらしいキャロットとクワルドも合流した。


「英雄、マグディス・ヘムト様一同、ご入場ください!」


謁見の間の騎士が宣言しながら扉を開ける。

王以外の貴族や上位の役人および使用人らが拍手で出迎えた。

壇上には近衛魔術師と近衛騎士、つまりサバル伯爵の姿もある。


「王が入場なさいます。全員、礼!」


全員が跪くと王と王妃の足音が聞こえてくる。


「うむ。皆の者、楽にせよ。」


その一言で、マグディス一行と近衛以外の面々は席についた。


「マグディス・ヘムトよ。昨日は良いものを見せてもらった。この度の褒賞として何か欲しいものはあるか?」


それを聞かされて考えこむマグディス。


「私は鍛治がしたいだけの人間ですので、魔法金属かその購入資金がいただけると嬉しいのですが。」


(…正直に言ったわね…。)

(マグディス様、直球ですね。)


メリアとケイトがマグディスの後ろで目線で会話する。

しかし、王は気に留めた様子はない。


「なるほど。では、お主が作った魔法具をこちらが買う、というのはいかがかな?」

「よろしいんですか?」


この場で詳しくは話せないが、マグディスも王もマグディスの魔法具は販売できないことをよく知っている。

だからこその質問だった。


「うむ。その話は後ほどとしよう。レンディスの娘らもここまでの旅路ご苦労だった。これからも彼を支えると良い。」

「承知いたしました。」

「そしてヘムト家の皆、よくぞ参られた。」

「あの高名にて神に選ばれし王と名高い、アルディス王様とお会いできて光栄です。私はヘムト侯爵家長女のキャロット・ヘムトでございます。こちらがクワルド男爵家長男で婚約者のクワルド・ディアスでございます。そしてこちらがヘムト家にて騎士として隊長を務めております、コール・ランディスでございます。」

「うむ。そちらから見た我が国の様子はいかがかな?」

「昨日、街を見させていただきましたが、目を疑う程に素晴らしい街並みでした。」


そのような会話が多数続き、マグディスも疲れを感じるようになった頃。アルディス王が切り出した。


「ふむ、まだまだ話していたいが、こちらもそちらも予定があるのでな。謁見そのものはここまでとする。」

「マグディス殿、ヘムト嬢、レンディス嬢はお残りください。他の者は自身の仕事や部屋にお戻り願います。」


そう進行役が言うと、王と近衛、そして呼ばれた3人を残して、進行役も含めて出ていった。

どうやら、予定通りらしい。

サバル伯爵が切り出した。


「最初の話の続きだが、マグディス殿が込めた『身体強化魔法具』や『回復魔法具』を売るというのではどうだろうか?これらであれば君の今までの魔法具ほどの劇的な効果を生むこともないから、危険性も低い。もちろん入手元は秘匿するつもりだ。そのうち噂で広がっていくかもしれんが、無属性の魔法具も強力なものではないが存在する。君の魔力が無属性というところまでは特定されまい。」

「これを君に作ってもらえるなら、作り込み次第で通常の魔法具の数十倍の価値となるでしょう。何せオンリーワンですので。」


近衛魔術師も販売に賛成の様子だ。


「なるほど、それでヘムト伯爵家名代の私がこの話を判断するために残されたのですね。」


キャロットが考えこむ。しばらく沈黙の時間が流れる。


「私からも頼む。少なくとも、ヘムト家にもマグディスに報いようという気はあるのだろう?」

「ええ、そこは間違いございません。」


『マグディスに報いる』というのは、マグディスが魔法具を売れば大金が手に入る。その多くは魔法金属の購入に使用され、マグディスはより高度な魔法具の製作ができる。その結果マグディスは強くなり、戦場で生き残れる可能性が高まる。

どう考えてもwin-winの関係である。だが、マグディスの魔法具がもたらす世界への影響も無視はできない。注意する必要があった。

それをキャロットは考える。

アルディス王国は、前王の時は各国に積極的に手を伸ばし、特にヒュム族の多くの国を併合した。しかし手を伸ばしすぎた結果、マギア族に防衛線を突破され多大な被害を受け、前王は元老院により王の座を降ろされ、処刑された。

現王は内政重視の政策を取り、アルディス王国の地盤固めを行っている。ワルド共和国とは長い間同盟しているが、同盟関係自体は時代により揺らぎもあった。それが安定しているのは現王のおかげである。

逆に言えば、王が万が一、いや千が一変わってしまえば、次の体制は分からない。その点、長らく現状の体制を維持しているワルド共和国の方が安定していると言える。

ただ、現在はマグディスの登場によって時代の変革期を迎えつつある。ワルド共和国が今後どうなるかも不透明な部分は多い。であるならば、直近の戦力確保も必要である。

マグディスをヘムト家で飼い殺しにするよりも、よほど有効な活用方法であると言える。マグディスはそのうち戦争で亡くなるかもしれないのだ。モノを残さないのが1番ダメージが大きい。

キャロットはその辺りを勘案して思考をまとめた。


「念の為父には確認はとりますが、ヘムト家は受けるものと思っていただいて問題ございませんわ。ただ、完成品を融通するのは、オルダンドルフ大公爵家の次となると思われます。」

「うむ。それで構わん。よろしく頼む。マグディス・ヘムトよ、何かあったかな?」


マグディスは何か言いたそうな顔をしていたので、王が話を許可した。


「いえ、私はいわゆる普通の魔法具を作ったことがありませんので、今更ながら少々心配になりまして…。」

「それなら、メリア嬢がよくご存知のはず。ですよね?」

「ええまあ。クレード伯爵のおっしゃる通り、上級魔術師であれば大きな問題は無いと思いますわ。」


クレード伯爵とは近衛魔術師のことである。


「アナタの魔法具とは作り方が根本的に違うから、最初は戸惑うかもしれないけど、普通の魔法具は簡単に作れるわ。まともな性能にすると準備が大変だけど、いくつか限られた数を作る分には問題ないと思うわ。」

「作ったことがあるのか?」

「そうよ。まあその準備が面倒だったからもうやめちゃったけど。」


どうやら、メリアは普通の作り方をちゃんと説明はしていない模様。だが、同じ作り方ではマグディスの魔法具は作れないのだから、今まで不要だっただけである。


「よし。話はまとまったな。完成品を受け渡しする際には報告を。」

「「はっ」」


そしてその場は解散となった。

待ち受けていた使用人より今後の予定の連絡を受け、一旦自室へ帰った。お昼までにはまだ少し時間がある。


(回復魔法具かあ…。)


回復魔法具は、それなりの魔力を消費してもかなり軽微な怪我を治すくらいの効果しか出せないものが多いらしい。自分の魔力であれば、かなり高効率の魔法具となるのだろう。その時、どこまでの治療が出来るのかは未知数だった。


(何の道具に魔法付与しようかな?杖?腕輪?)


イメージを膨らませて楽しんでいると、部屋の扉がノックされた。


「マグディス、入るわよ。」

「ん?メリアか。どうしたんだ?」

「アナタねえ、せっかくアルディス王国にいるのに、部屋で時間潰すつもり?ホラ、外行くわよ。お昼も外にしましょ。」

「へ?外で昼?」

「ここなら可能よ。割とお金を持った中流階級が多いから、一般向けレストランとかあるのよ。」

「へー…そんなのここまでで聞いたことなかったな…。」

「でしょ?だからこういうのも経験よ。いきましょ。」


各領地であれば、貴族の元で仕事をする人には、専属の料理人が貴族向け、使用人向けの食事を分けて作っているので、それを食べることが多い。また騎士爵やそれに近しい家であれば、マグディスのように使用人を雇い作ってもらうこともある。農家や職人などの平民は、出かける際には自炊したり実家・伝手に弁当を作ってもらうなどがよくある対応だ。

しかしアルディス王都は、人の密集度が高く裕福な者が多い。物価も相応だが食糧生産には力を入れていることもあり、外食需要とそれに見合う支払いが可能な人間が多く、使用人としての経験でレストランを経営する者や、使用人として雇われることを目指してそこで働く見習いなども多くいた。

よって、アルディス王都では外食産業の基礎が出来てきていた。

2人は貴族街を抜けて足早に歩く。メリアは貴族令嬢ではあるが、自由が好きで束縛を嫌い、基本1人でよく歩くのでこういう運動も苦にならない。


「どこに向かうんだ?」

「一応、聞いておいた店があるから、そこに向かってるんだけど…あった、アレね。」

「おお…いい匂いがするな。」

「入ってみましょう。」


店の名前を読むと『アルトリー香食店』と書いてあるようだ。入り口にかけられた札から、開店していることが分かる。しかし2人とも、こういう場所での作法がよく分かっていない。なので恐る恐る扉を開けた。


「ごめんください…か?」

「いらっしゃいませ。ご予約はされておりますか?」

「マグディスとメリアで予約されてないかしら?」

「少々お待ちください…、ありますね。こちらからご案内いたします。」


受付の近くにいた案内係が呼ばれて、その人に連れられて室内を歩く。個室式の食事どころのようだ。


「いつの間に予約したんだ?」

「王城の知り合いにこの店の話を聞いて、そのまま予約まで使用人に頼んだのよ。」

「なるほどな。でも行き先が決まっているなら馬車で良かったんじゃないか?」

「他の人がいると色々めんどくさいじゃない。私は歩くのは好きだし、何かに目移りしたら止まってって言うのもイヤじゃない?」

「ああ、なるほど。それは確かにな。」


案内係が予約済みと札のある部屋を開け、2人を中に入れる。4人掛け程度の狭い部屋だった。

マグディスとメリアは向かい合うように座る。


「当店は初めてでございますか?」

「はい。」

「そうね。」

「では、軽くご説明いたします。」


案内係がコースなどの料理や料金システムの説明をしていく。


「また、ご入用でしたら『音声遮断結界』の魔法具をお貸しできます。」

「そんなものまであるのか?」

「はい。当店は中流階級の方々から、上位の貴族の方々まで幅広くお客様がいらっしゃいますが、個室ということもあり中には秘密の会話や秘密の会合などで使用されることがそこそこ多いのでございます。そのような方のために、魔法具を貸し出ししています。」

「なるほどね。ちなみに、この辺りの他のお店はどんな感じなのか知ってる?」

「ほとんどの店は1つの大部屋やテラスに机や椅子を並べて食べる形式をとっておりますので、当店のように個室形式は稀でございますね。上位の貴族の方々は流石にそちらではお見かけしたことはございません。」


(思ったより上位の店みたいだな。)


マグディスはそう思いつつ、とりあえず注文を済ませた。


「『音声遮断結界』の魔法具を貸してもらえるかしら?」

「承知いたしました。すぐお持ちいたします。」


そう言って案内係がすぐに魔法具を持ってきた。


「魔力を込めていただきますと、音声遮断結界が展開されます。同時にこの部分が光ります。光が消えると同時に結界は解除されていますので、その際は再度魔力を補充してください。その目印に設置いただけば、結界の範囲はちょうど扉までとなります。料理やサービスでお伺いする際にはノックいたしますが、ノックの音は聞こえたうえで声は漏れておりませんのでご安心ください。」

「ありがとう。分かったわ。」

「念の為お伝えしておきますが、この魔法の展開中に室内で何が起ころうとも関与できませんのでご注意ください。」

「…穏やかじゃなさそうだな…?」

「ええまあ、不倫中の男女の方が殴り合いをしたという話を聞いています。といっても、女性の方が一方的に殴っていたとの話でしたが。」

「「…。」」


この2人であれば、今の今そのようなことが起こることは無いだろう。今後は誰にも分からないが。


「まあ、とりあえず分かりました。」

「では、料理をお持ちいたします。」


そう言って案内係は出て行った。

メリアが魔力を込めて音声遮断結界を展開する。


「どんな料理が来るんだろうな?」

「そうね、楽しみね。」


何も考えずに食事を楽しむ、その心意気な2人だった。


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背景紹介36「アルディス国王と元老院」

アルディス国王は、11人の元老院によって選出される。王の決定は多数決であるが、罷免などはより多くの人数比が必要となる。元老院は、既に家督を譲った元上位貴族で固められている。元老院のルール変更には王及び直近数名の臣下全員の承認が必要となっており、また王の権限は上位貴族の領地にも強く影響が及ぶことから、一方通行の権限というわけでも無いようだ。

アルディス国王は『神に選ばれし王』と言われているが、前王はそうでは無かったとして、全会一致で処刑されている。

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