6 邂逅(2)

「このような店は初めてでしてな。どうしたら良いものか…。」

「あまり気になさらないでください。その発言、もう4回目ですよ?」

「うむ…。帰ったら妻に何を言われるかも心配なところでして。」

「ご結婚なさっていたのですね。失礼ですが、年齢が見た目では分かりづらく…。」

「その辺りはこちらも同じですからな。気にしないでください。子供も3人おりまして。」

「あー、私もそういう生活したいですねえ…。」

「ケ、ケイト殿?」

「ああ、すみません。こういう時はつい本音が出てしまいますね。」

「いえ、それは大丈夫ですが。ご結婚されていないのですかな?」

「ええまあ。婚約者はいるのですが、私の仕事が仕事ですのでほとんど会えておりません。この前レンディス領で少しだけ時間を捻出しましたが、やはり短かったですね。メリア様が最近ずっと移動されてますので、仕方ないですね。」

「貴族の女性の護衛だと、通常複数名で頻繁に交代するものと思っておりました。」

「それはその通りなんですが、遠出するなら人柄も腕も信用できるものを少数の方が良いとのことですね。」

「人柄は問題ないのでしょうが、腕は仕方ありませんなあ。」

「そうなのですよ。まあおそらく、マグディス様とご結婚されれば、2人でヘムト領に常時出張するような形となるかと。その際は私だけではありませんので、おそらく今回のような形にはならないと思いますね。」


この2人も『アルトリー香食店』の中にいた。雑談しているが、仕事である。メリアが予約を依頼した際に、隣の部屋を予約できるよう滑り込ませたのである。

メリアはヘムト領でも基本1人で行動しており、よってマグディスとは1人で会って、ケイトは部屋に入れなかった。

これが、自由闊達なメリアの護衛の大変な部分であった。


既にマグディス達は音声遮断結界を発動しており、声が聞こえないので、護衛として警戒はするが、雑談していてもそばにいることがバレることもないという状況だった。


「せっかくですから、もっと気を楽にして食事を楽しみましょう。」

「うむ、そうですな。気にしすぎたようです。」


給仕によりいくつかの食事が運ばれてくる。コール隊長とケイトは食べ始めた。


「野菜の香りが強く、でも風味はあっさりしていて食べやすいですな。」

「肉も珍しい部位をうまく調理してありますね。ピリッとした味付けですが、お陰で肉の甘みが広がりますね。」


2人とも中流階級であるため、大袈裟なリアクションもなく、楽しく食べ進めるのだった。


さて、マグディス達はというと。


「これ、旨いな。」

「そうね。というか、料理の腕で言えば貴族家に劣らない感じがするわ。」

「料理の腕以外って何だ?」

「素材とかね。例えば高価な香辛料をうまく使わずに味を出したりしている感じがするわ。肉や野菜の質も平民向けというか、まあ貴族向けではないわ。」

「音声遮断結界が無いと言えないことをサラッと言うなあ。」


隊長とケイトよりもあけすけな会話をしていた。


「まあ、私は家が家だからね。どこに行っても大抵『我慢する』という感じにはなっちゃうのよ。」

「まあそれは分かるけどな。俺は舌が肥えそうで怖いよ。」

「でも、感想を求められた時に言えるようにならないとダメよ。今晩のパーティーは立食形式で、食後にはダンスの時間もあるらしいわよ?」

「うぇ…嫌だなあ…。」

「そう言えば、叙任式の時は無かったわね。アナタ踊れるの?」

「最低限は。ワルド共和国の、ではあるけど。」

「ふーん…。」

「というか、俺がメリア以外と踊ることがあるのか?俺は誰かを誘う気は無いぞ。みんな知らないし。」

「あるはあるかも…というか、何人かには誘われるんじゃないかしら。…一応言っとくけど、断りすぎちゃダメよ。」

「え、何でだよ。」

「誘った方にもプライドがあるのよ。女からなら尚のことね。貴族社会はプライドを示す社会でもあるわ。傷つけすぎちゃダメよ。」

「マジか…。」

「私も全部が全部断れるわけじゃないし。踊ること自体はただの『遊び』だから。その先のことを決めなければ大丈夫よ。アナタはこの先も忙しいんだから、次に会う時とかの話をされるようだったら、上手く断りなさいね。」

「うへぇ。分かったよ。今回はヒュム族だからな…。」

「そうね。それでいてアナタは英雄とはいえあくまでも騎士爵。格好の的と思われても仕方ないわ。」


叙任式では周囲がドワーフ族であったから、恋敵とでも呼ぶべき相手はどちらも現れなかった。しかし今晩のパーティーは、普通にそう言うケースがあるという。


「…口裏合わせで聞いておくけど、今後の『予定』ってあるのかしら?」

「…。」


結婚はまだなので、今まで通りパーティー内では婚約者として振る舞うことになるだろう。

その時にどこまで話ができるかは、周囲からの横槍の跳ね除けやすさに繋がる。

流石にそれは分かっているが、マグディスは言葉を濁した。


「多分、2年以内には、だと思っている。」

「…ちょっと時間空くけど、まあ現実的な範囲ね。分かった、それで行くわ。」


納得した様子のメリア。しばらく沈黙が流れる。

この話、メリアから日程を切り出しても良かったはずではある。

…と言うことをマグディスも分かっているが、口に出す気はない。

ノックの音が響いた。扉が開いて給仕が顔を出す。


「次の料理をお持ちしました。」

「今度は何かしら。あら、蒸し物みたいね。」

「蒸し物?珍しい気がする。」

「マグディスはあんまり食べたことないのね?」

「かなり少ないと思う。」


ふと、マグディスが気づいた。


「ん…?音声遮断結界魔法具の光が消えてる?」

「あら、本当ね。」


メリアは魔力を魔法具に込めた。


「いつから消えてたのかしら?」

「いや、分からない…まあ、会話を聞いてる人はいないと思うけど。」

「そうね。予約制の個室のお店だもの。流石にケイトも近くにはいないわよね。」

「ん?ケイトさんがどうした?」

「いや、私の護衛は普段は近くにはいないけど、遠くから見てくれているのよ。ただこの店内だとそれは出来ないでしょうから。」

「なるほど。」


そう言って、蒸し物を口に運ぶマグディス。


「おお、旨いな。」

「そうね、やっぱり良い腕してるわね。」


柔らかいとか良い香りがするとか、そういう感想が出てこないまま、食事と会話を楽しむ2人だった。


「…『2年以内』とか聞こえましたね。」

「ですな。」

「マグディス様にその用意があるのでしょうか?」


なお、ばっちり聞こえていたケイトは、マグディスのことを疑っている模様。


「おそらくですが、考えはあるのでしょうな。」

「というと?」

「今メリア様がつけているミスリルの指輪も、本来であれば指輪である必要はなかったはずですが、婚約指輪として渡しています。偽装をしたいなら、指輪はミスリルなどではなく、魔法金属ではない普通のものでも良かったのではないかと思うのですよ。作る技量はあるのですから。ミスリルの魔法具はネックレスとか他の形でも良かったはずです。」

「なるほど、確かにそうですね。あの指輪はミスリル製ですから、紛失防止やいざという時の魔法使用のために常時つけていなければならないものです。『着けていて欲しい』という想いがありそうですね。」


そこでふと隊長が気づいた。


「この音声遮断結界の魔法具ですが、逆に我々が得をしておりますな。こういう会話が小声ですができてしまう。」

「隣の音が聞こえるようにこの予約を取りましたが、こういう場所での密談はそもそも予約から知られてはいけなさそうですね、確かに。」


マグディス達が食べ終わるまで、隊長とケイトも雑談に花を咲かせた。


食事が終わり、部屋を出るマグディスとメリア。

受付のところで足を止める。


「お代金はこちらでお支払いいただきます。」

「分かったわ。」


そう言ってメリアは財布を出して支払う。お忍びの街歩きを頻繁に行うメリアは、お金もよく持ち歩いている。

防犯対策に魔法を使用できるとはいえ、水筒も持ち歩いており、女性にしては多くのものを持ち歩いていた。

その分、服装は貴族にしてはラフだ。


「そのお金って、俺の分はどうするんだ?」

「マグディスは出世払いね。私の分もお願いね。」

「…、まあ、お金のアテは出来てるから良いか。」


無属性の魔法具を販売し始めれば、それこそ桁違いの金額が手に入る筈である。そのため、マグディスは文句を言うのをやめた。

マグディスは普段あまりお金を持ち歩かない。お金の管理はコラムに投げっぱなしだ。鍛治以外に興味がない証拠である。


支払いを終えて店を出る。


「またここにいつか来たいわね…、あら?」

「気をつけろ、状況がおかしい。」


マグディスはミスリル剣の柄を握りしめた。

おかしい。

あれだけ人の多い、アルディス王都の大通りに『誰もいない』。


何らかの魔法かと思い魔力を感じようとしてみるが、全くもって感じられない。

急に異空間に飛ばされたような錯覚。

しかし、周囲の建物はそのままに見える。

振り向けば『アルトリー香食店』の看板がある。

周囲を警戒しながら近づき、扉を開けてみるが、受付の人も見当たらない。

人だけが居なくなった世界にマグディス達はいた。


「どういうこと…?」

「分からない。ただ、魔法の用意はしておいた方が良さそうだ。」


人もいないので、マグディスは魔法剣を抜き放ち、魔力を存分に込める。イメージは魔力遮断結界と身体強化を交互に行う。魔法剣があれば、イメージが浅くともすぐに発動できるだろう。

メリアも指輪に魔力を込めていた。使い慣れた水魔法を用意している。


広い大通りの真ん中を歩く。本来なら馬車が通るところだが、今は少しでも遠くを見たかった。


「何が起こっているんだ…。」


ゆっくりと王城に向けて歩き出す。そこに人の姿があることを祈った。


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背景紹介37「ミスリル」

金属の中では銀よりも柔らかいが、反応性は銀よりも低く安定している。

魔力をよく通すが、他の魔法金属ほど溜め込めないため、電気の銅線のように、魔力ロスの小さい伝達手段としても使われる。

魔法金属自体は他の金属と混じって産出されるが、ミスリルは比較的採れやすい。

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