6 邂逅(3)
会計を終え、店を出る。
「おや…?」
「えっ…!?」
2人は目を疑った。
馬車が通る中央部を除き、それなりに人が歩いている。
しかし、マグディスとメリアの姿が見当たらない。
「店を出た直後に全力疾走していれば、見えなくなっても仕方ありませんが…メリア様はそこまでお転婆ではありません。これ以降予約の店はない筈ですし、脇道に入る用があるとも思えません。」
「軽く周囲を探して、いなければ衛兵に応援を頼みましょう。最悪なのは2人が見つからないことですな。」
「そうですね。そうしましょう。」
そういって捜索を始めた隊長とケイト。
見逃しがないか、どこか近くに隠れたりしていないかをチェックしながら探し回っていた。
そのマグディス達は、じりじりと誰もいない広い道の真ん中を歩いていた。
「不気味ね…。」
「そうだな。気を抜くなよ?」
亀の歩みで、王城の方に進む。
「アルディス王国のことはよく知らないんだけど、何か心当たりは無いか?」
「無いわ。アルディス王国の中枢は味方だし…。これが大規模な魔法だったとしても、それを使える相手に心当たりが無いわ。さらに言うと、こんなピンポイントに私たちだけを狙ってこんなことを仕掛ける理由が分からないわ。攫うにせよ脅すにせよ殺すにせよ、こんな状況にする理由が見つからないの。」
「夢を見させて攫う…とかも無いんだな?」
「無いわね。それなら眠らせれば良いだけだもの。眠らせる魔法も、夢を見させる魔法も聞いたことが無いわ。」
まさに八方塞がり。手がかりなしの状況だった。
「ふむ。中々面白い反応をするね、君たち。」
その声が背後から聞こえた瞬間、マグディスは即座に反転しメリアを庇うように前に出る。剣は常に構えているが、握る手に握力と魔力が籠った。
「誰だ?」
「はっはっは。懐かしい反応だ。そうだね、僕のことは『ヨル』とでも呼んで貰えば良いよ。」
「偽名と分かるように言うんだな?」
「そう警戒して探りを入れなくても良いでしょ?マグディス・ヘムト君?」
「…俺のことは知っているようだが、命知らずとは思わないのか?」
「ははは。そうかもしれないね。そういう未来もあり得るか。」
「そのヨルとかいうやつが、俺に何の用だ?」
「んー…そうだねー…。」
マグディスはヨルの様子を観察する。マグディスと同じくらいの背丈に長いローブ。フードの中には更にニット状の帽子を深く被っている。
性別は判断できない。美形で中性的、手足は非常に細い。
(エルフ…か…?)
不思議なことに、相手には警戒心と魔力がまるで感じられない。エルフであれば魔力量が高く、今のマグディスが正面近くで相対すれば、ヨルの魔力を少しくらいは感じ取れてもおかしくはない。
「まあ、忠告とご挨拶ってやつかな?」
「大それたご挨拶だな。」
「ふふふ。笑っちゃうね。」
「何も笑えないが。」
イライラしてきたマグディスをよそに、ヨルは目線をメリアに向けた。
「そこの女の子は?君の遊び相手かな?」
「…お前には関係ない。」
「マグディス君くらいに有名人になれば、数人くらいは侍らせてるか。ごめんね、巻き込んで。でも今がチャンスだったからさ。まあでも、この様子じゃあ楽しい夜は過ごせないのかな?はっはっは。」
(…。)
「そうそう、僕が忠告しとかないとなって思ったことはね、君の特異性は君の子供には引き継がれないんだよ。だから沢山女の子を引っかけたって…、」
「それ以上喋るな!!」
マグディスは身体強化魔法を発動させる。ミスリル魔法剣により何倍にも増強された魔力で。
サバル伯爵との練習試合とは比にならない速度で剣を振りかぶり、ヨルに迫った。
「おっと。」
少々あった距離を急激に詰められても、ヨルは落ち着いた様子だった。軽く手を振る。
それだけでマグディスは魔法を消され、前につんのめってしまった。
振りかぶった剣をどうにか振り下ろすが、それもどういう訳か固い壁に弾かれた。もちろん、その場に壁はない。
その反動でマグディスは後ろに転んだ。
「ぐっ!」
「下がって!」
転んだ瞬間メリアがずっと用意していた魔法を解き放つ。
氷の矢が数十本、ヨルに向かっていき、
ヨルの体をすり抜けた。
メリアは驚愕の表情を浮かべる。そんな魔法は聞いたこともない。
「なっ!!?」
「おやおや、それもよく見たら魔法具…ああ、マグディス君のなのか。そうか、遊び相手とかじゃ無かったんだね。これは失礼。でも…そうだな。君の身体強化魔法はワンパターンだから、もう少し色々使いこなせるようになった方が良いよ。まあ、僕が焚き付けたんだけどね。」
「どういう、つもりだ…?」
「いやなに、本当に忠告と挨拶のために君に会おうと思ったんだけどね。君にはこの地の発展のために、もっと長く生きて、それで技術を残してもらわないといけないからさ。」
何とか立ち上がるマグディス。ヨルが何を言っているのか分からない。
「今はそれくらいかな。他にも色々言いたいことはあるんだけど、急いでもしょうがないから。まずは手札を増やすことだね。その為には、魔法を増やさなきゃね。それは君は頑張っているようだけど、まだまだ足りないよ。」
「アナタは…何を知っているの?」
怯えたままのメリアが問う。
「ん?僕?ははは、僕のことは良いんだよ。マグディス君が生きていれば、そのうちまた会うことになる。いつかその時が来たら、多分分かると思うよ。」
「どういう、つもりだ…!」
「どう?とは?」
「馬鹿にして、好き放題言って、お前は何がしたいんだ!」
「あー、うーん。なんて言えば良いかなあ。まあ好き放題言ったのは確かだけど。馬鹿にしたのは焚き付けて現実を見せたかったからだけど。君の前に姿を見せたのは、忠告をするためだけど。」
「なぜそんなことをしたのか聞いているんだ!」
「ああ。なぜ忠告なんてするのかってことかな?それは単純さ。君を生かさないと、ヒュム族が滅ぶかもしれないから。」
2人は目を丸くする。
「まあ僕が今言えるのはそれだけさ。他に何もなければ僕は帰るよ。邪魔したね。」
ヨルが手を振ると、マグディスの痛んだ四肢から痛みが引いていく。
「ちょっと待って。」
メリアがヨルを呼び止める。
「なんだい?」
「なんで…出てくるのが遅かったの?」
「…。」
確かに。
この状況を作ってからすぐにはヨルは出てこなかった。
「だって、この魔法使うのすごく珍しいんだよね。反応見たいじゃん。怖がってるのすごく面白かった。ありがとねー。」
そう言ってヨルは、文字通り消えていった。
周囲の光景が『復活』した。
「おい、どけ!危ねえぞ!」
馬車の御者が叫びながらマグディス達の横を抜けていった。
「メリア様、マグディス様!!」
2人を見つけたケイトと隊長が駆け寄ってくる。
とりあえず4人は歩道側に避難した。
「ご無事ですかな?」
「ええ、大丈夫よ。マグディスの服が汚れたくらいね。」
盛大に転んだせいで、マグディスの服に土や砂がついている。
「もう少しで衛兵を呼ぼうかとしていたところでした。何があったのですか?」
「…馬車に乗ろうということになって、ただ途中で『無賃乗車だ』とか難癖をつけられて叩き落とされた。メリアは普通に降りたけど。」
苦しい嘘をつくマグディス。
「まあ、詳しい話はここではできないし、すぐにお父様と話さないといけないこともできたの。もうちょっと外にいたかったけど、それは明日ね。すぐ帰るわ。」
「それがよろしいかと。レンディス様にお伝えいただけるなら、同席は可能でしょうか?」
「構わないわ。一刻も早くというだけだから。」
「それなら、馬車を借りましょう。すぐそこに馬小屋が見えますので、馬車の貸し出しもしているでしょうから。」
即座にケイトが動き、馬車と御者を連れてきた。
「王城へお願いします。」
「了解いたしました。」
馬車の中では気まずい沈黙が流れる。
(レンディス様に話さなければならないこととは、ご結婚のこと…という雰囲気ではなさそうですが、まさか、別れ話…?)
ちょっと邪推してしまうケイトであった。
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背景紹介38「レンディス公爵領都」
アルディス王領より2回りほど小さい。ワルド共和国のすぐ近くに街ができており、多くの商品がここでやり取りされる。
宿屋や流通に関しては王都と同等か、時にそれ以上の施設が揃っている。飲食店は存在しないが、宿では食事や軽食が有料サービスとなっており、領民が全体的に裕福になれば、アルディス王都のように飲食店も出展し始めるかもしれない。
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