6 邂逅(4)
「エルフと遭遇した!?」
非常に珍しいことに、レンディス公爵は大きな声で驚いた。
公務の途中だったが、重大な話があるということでメリアが呼び出し、その報告を受けていたのだ。
「はい。男女どちらか分かりませんでしたが、中性的で美麗な顔立ちでした。耳を隠すようにフードの内側に更に帽子を深く被っており、手足が非常に細く、力が出せるようにはとても見えませんでした。」
「なるほど、そうか。そのエルフらしき相手…暫定的にエルフで良いか。エルフとは何があったんだ?」
「まず初めには、恐らく大規模魔法で周囲の人と私たちを隔離と言いますか、見えなくなるようにしていたようです。店から出たら誰も居なくなっており、店にも誰も居ない様子に見えました。」
「誰もいないように見えるほどの大規模魔法だって…?」
「しかも魔力が欠片も感じられませんでした。それを含めての、複雑な魔法だったとしか思えません。私たちは実際に店のすぐ前にいたのか、違う場所にいるのに店の前にいるように見えたのかすら分かりません。」
「とにかく聞こう。続けて。」
「しばらく周囲を探すとエルフが現れました。どうやらマグディスと会話したかったようです。挨拶と忠告だと言っていました。エルフはマグディスを怒らせることを言い、マグディスが身体強化魔法で斬りかかりましたが、おそらく何らかの魔法で魔力を霧散され、そしてこれも推測ですが物理障壁に弾かれました。直後に私が氷の矢を打ち込みましたが、全てエルフの体をすり抜けました。どうやら向こうから襲う気はないらしく、その後いくつか会話の後、エルフはどこかに消えました。その後、気づけば私たちの周囲に人が見えるようになっており、王城に急いだのがことの顛末です。どの魔法も、魔力の動きが感じられませんでした。」
「そうか…。そのエルフは何を忠告していったんだい?」
「ええと…、マグディスの特異性は子孫には引き継がれない、と。だから生き残って、技術を引き継げ、と言っていました。マグディスが引き継がずに死ねばヒュム族が滅ぶかもしれない、とも。」
「…。」
考えこむレンディス公爵。不思議というよりは、少し気付いたことがあるように見える。
「心当たりがありますか?」
「いや、無い。ただ、アルディス王国の法には、他の国には無い法がある。メリアは知っているね?」
「ええと…?」
「あれ、覚えてないのかな。『エルフまたはエルフと思しき者と接触した場合、必ず衛兵に知らせること』というものだよ。貴族にはその続きが伝えてある。」
「ああ、そうでした。続きとは?」
「貴族にはね、『衛兵にはエルフと思しき者と接触したとの報告を、直接貴族に伝えること。その内容は、可能な限り早く王に伝えること。そしてその者と接触したことは、可能なら緘口令を敷き、不可能なら噂を放置すること。』という命令になっているんだ。」
「つまり、今ここにいる4人とお父様だけの秘密ということですね。」
4人とは、メリア、マグディス、ケイト、隊長のことである。使用人は呼ぶまで外すように言ってある。
「そうなるね。メリア、内容をすぐに書き起こしてくれ。私は王との会談を取り付けるから、その時にそれを持って伺うようにする。」
「はい。すぐに。」
「皆も他人には話さないように。では、私は公務に戻る。」
急いで出て行きつつ、『メリア達を客室へ』と外にいる使用人に伝えることを忘れないレンディス公爵。
メリア達も、すぐに移動を開始した。
メリアの客室で、メリアが手紙を書いている。中に入ったのは残りの3人だ。メリアはペンを置くと、マグディスに紙を見せた。
「内容が合っているか見てもらえるかしら?」
「ああ。でも、あんまりはっきり覚えてないんだよな。…うん、問題ないと思う。」
「ケイト、お父様に『メリアの書いた手紙が出来た』と報告するよう伝えて。」
「はっ。」
ケイトが廊下に出て使用人と会話する。
しばらく沈黙の時間が流れた。
「…ありがとね、マグディス。」
「なんだよ、急に。」
「だって、私のために怒ったんでしょう?内容がアレだったからお父様にはぼかしたけど。」
「うーん、分からないんだよな。」
「分からない?」
「あの時は頭に血がのぼって、アイツを黙らせることしか考えられなかった。なんでそうなったのか、今でもはっきりしないんだ。」
「…そう。でも良いの。私が言いたかったことは今言ったから。」
「…うん。」
また沈黙が流れる。
(なんで私だけこの部屋にいるんだろうなあ…。)
場違いなところに居合わせた隊長は、現実逃避をしていた。
その後、夜まで部屋で休憩したマグディス達は、パーティー直前に王と再び面会するよう使用人から告げられた。
謁見の間に再び入るが、王と近衛しかいない。
「挨拶はいい。エルフと会ったそうだな?マグディスよ。」
「はい。…ただ、喧嘩を売られた感じでしたが。」
「ヒュム族が滅ぶかもと言われたのは本当なのだな?」
「私はハッキリとは覚えておりません。…メリア。」
「はい、そう確かに言っていました。」
「ふむ…。分かった。聞きたかったのはそれだけだ。下がって良いぞ。」
「「失礼いたします。」」
謁見の間を出て、マグディスが切り出す。
「これだけの為に呼んだのか。」
「どうやらそうみたいね。それでも大事な内容だったのでしょう。」
「エルフ絡みで大事な内容って何だ?」
「あまり言わない方が良いわよ。誰が聞いてるかも分からないし、疑っていると思われても良くないわ。」
「確かにそうだな。やめておこう。」
この件は2人にしこりを残したが、とりあえず直近のことを考えることにした。
「…パーティーか。考えたくないな。」
「そうね。でも、私はマシというかいつものことだから。マグディスは頑張ってね。」
「前以上っていうのが辛いところだなあ。」
2人は着替えのために別れた。マグディスは客間で、オルダンドルフ大公爵邸で貰った礼服を着る。
「…これ、先読みで用意してたのかな。」
よく見ると、小さくはあるがヘムト家の家紋がついている。
「それは、ヘムト家に帰ってから大急ぎで服職人に出しましたからな。」
「コラムか。そうか、なるほどな。」
「マグディス様はアルディス王国との橋渡しとして、今後も何度も来る機会があるでしょうから、ヘムト家の家紋は必須でしょう。今後独立されるなら別なのですが。」
「俺にそんなつもりは無いけど…あり得るかもな。」
「ほう?そういう予想があるのですか?」
「なんか、俺を上に上げたい意向みたいなものを感じるんだよな。ここでも、あっちでも。」
「なるほど、そうかもしれませんな。」
「まあ、そんなものは『なるようになれ』だけどな。なりたくてなれるもんじゃ無いと思うし。なりたくなくてもなるもんだし。ヘムト様が良い例だ。」
「ギルバート様が、ロバート様に爵位をお譲りになりましたからね。ロバート様に何のお話もなく、ですが。」
「そうそう。まあ、俺のできることなんてたかが知れてるっていうか、本当に鍛治がしたいだけの人間なんだけどなあ…。」
どうしてこうなったんだろう。
といつも思っているマグディス。答えは出てこない。
「パーティーの場ですよ、シャキッとしてくださいませ。」
「そうだな。行ってくる。」
そうして会場に足を運ぶ。
メリアを待ち、両開きの扉の前で待つ。
後からメリアが歩いてきて、横に並んだ。
「何か言うことはある?」
「…あー…、今それを聞くのか?」
「逆にいつ聞くの?」
「確かに。…俺はドワーフ族ばかり見てきたから、初めての同年代はメリアだったんで、あんまりどう言ったものか分からないんだが…。」
「もちろん知ってるわ。」
「綺麗だと思ってるよ。いつも。」
「今は?」
「…そうだな、似合ってると思うよ。」
「………そう。なら、他の女の子には大丈夫かしら?」
「正直、分からない。けどまあ、大丈夫なんじゃないか?」
「そういうことにしておいてあげるわ。」
「そうしてくれ。」
小声で話してからしばらくして、使用人が声をかける。
「お時間でございます。ご準備を。」
覚悟を決めて前を向くと、扉が開かれた。拍手とともに、中央奥の少し高くなったところに案内される。
「王がいらっしゃいます。」
その使用人の声と共に、マグディス達含め全員が跪いた。
マグディス達がいるところよりも若干さらに高いところに豪華な扉があり、そこから近衛と王、王妃が現れる。
「このパーティーに先立って話しておくことがある。昨日、マグディス・ヘムトは、剣技で上回るサバルに対し魔法で勝利した。その類稀な魔法戦闘技術と、魔法具の才能を見込んで、今後特例として、マグディス・ヘムトを男爵相当として取り扱うこととした。なお、当然だがこれは我が国内だけの話である。ワルド共和国他、他国では意味を持たないので注意せよ。」
全員跪いているので騒ぐことは無いが、雰囲気がざわついた。それが落ち着いたのを確認して、さらに王は続ける。
「通達は以上だ。皆の者、楽にせよ。パーティーを始めよう。」
全員立ち上がり、使用人達が急いで、しかし冷静に酒とグラスを配ってまわる。
「昨日、新たな英雄の実力を知ることが出来た。そして今日は、そのひととなりを知るための有意義な会にしよう。新たな英雄、マグディス・ヘムトの誕生に、乾杯せよ!」
「「「乾杯!!!」」」
先程の王の発言に動揺した空気が残っているが、王の乾杯に応じない者が居るはずもなく。
少しざわついた空気のまま、パーティーは始まった。貴族やその子女達は内々で話をしている。
「今のうちね。行くわよ、マグディス。」
「ん?…確かにそうだな。」
王の前に歩み寄り、再度跪くマグディス。それに続くメリア。
「この度は、私のためにこのような会を設けてくださり、誠にありがとうございます。」
「何、このような近くで臣下や君のような国外の者と話せるのは非常に珍しいことなのだ。もっと砕けて話してくれんか?」
「皆様いらっしゃいますので、流石にそういうわけには。ご容赦願います。」
「うむ、なるほど。これはもっと酔わせんといかんな。ーーー酒を。」
「は。こちらに。」
アルハラという単語は無いが、実際に行われ焦るマグディス。代わりの話をとメリアが前に出る。
「国王様。この度のマグディスの男爵相当の扱い、ご厚意痛み入ります。ですが、どのような理由でこうなったのでしょうか?」
「なに、元々我々としてはマグディスは友好国の外交官に近い立ち位置である上に、前の戦争とこの度の練習試合、それに今後の様々な活躍を考えれば…むしろ伯爵くらいでもお釣りがくるところだ。今の騎士爵では肩身が狭かろうとは思っていたのだ。」
「なるほど。そういうことでございましたか。感謝いたします。」
「そちらから見たマグディスはどのような感じかな?」
「そうですね、普段、口ではやる気は少ない様子ですが、真面目で努力家といいますか、やるべきことはやるので、問題は無いかと思っています。」
「なるほど。『お転婆魔女』のお眼鏡にかなった、というところかな?」
「う…、その呼び方は、出来ればやめていただけると…。」
マグディスの方をチラ見するメリア。
まだ使用人に酒を注いでもらっている最中で、こちらの話を聞く余裕は無さそうだ。
「あのレンディス嬢が、そうなんですね。ついにお眼鏡に叶う人を見つけましたか。これは祝い酒ですな。」
近衛魔術師のクレード伯爵がそう口にした。サバル伯爵も口を出す。
「魔術師達がもっとプライドが低ければ、レンディスの娘の伴となれたろうに。」
「正直それは思っていましたが、我が国の上級魔術師となるにはエリート意識もある程度は必要なのですよ。『自分は凄い』と説明できることも必要なのです。魔術師の技量や知識は目に見えにくいので、そういうところから測る他ありません。」
そこにようやく戻ってきたマグディスが加わった。既に若干顔が赤くなっている。
「え、そうなのですか。レンディス家のモーリーという上級魔術師も今回同行していますが、そんなに主張が強いようには見えませんでした。」
「モーリーはね、アナタについていくことで新たな魔法の知識が得られると、張り切っているわ。アナタは尊敬の対象だからそういう面が出てこないだけね。魔法の議論になったら、結構強いわよ、アイツ。」
王妃が様子を見て笑いかける。
「お二人の仲が良くて何よりですわ。皆様の会話も楽しいですね。」
「そうだな。良き隣人を得られた幸運には感謝せねばな。しかし、主賓をずっと引き留める訳にも行くまい。降りて他の者とも話すと良い。」
「は。了解しました。」
段を降り始めたマグディスだが、クレード伯爵が引き留めた。
「あ、そうだった、マグディス君?」
「何でしょう、クレード様?」
「君の使用人に僕の書いた魔法書を渡しておくよ。僕は風属性だからね、応用の幅が広いんだ。きっと役に立つはず。」
「えっ!?良いんですか?」
「もちろん。ただ、そうだな…もし読んでみて役に立ったと思ったなら、また今度アルディス王都に来た時に、僕と魔法で勝負か、あるいは何か魔法を見せてもらうとか、何かしてくれると嬉しいね。」
「あー…善処します。」
「うん、よろしくね。」
満足顔で『うん、うん』と言いながら王の側に戻っていくクレード伯爵に苦笑しながら、マグディスはまたさらに段を降りた。
「サバト殿が先に練習試合を仕掛けてしまったので、私がお願い出来なくなってしまったんですよね。」
「クレード殿もマグディスを何かしらで試そうとするのが分かっていたから、私が王城の前でマグディスを待ち構えねばならなかったのだ。英雄に挑まなければ、それこそ私の周囲から何を言われるか分からなかったからな。」
「まあ確かに、私の方がその点余裕がありますけどね。魔法は属性が違うだけでも別枠扱いですから。魔術師といっても色々居ますし。」
「ふむ。王城の前で待っていたとはな。そこまでしていたとは初耳だ。どうりでしばらく近くに居なかったのだな。」
「は、失礼しました。」
「いや構わん。ただ納得しただけだ。」
自身の訓練や部下の教育・指示、書類仕事…については大部分を代官に任せてはいるものの、近衛の2人は伯爵位でもあり別の仕事も多い。そのため王の側を離れている時は多いが、当然その場合は代わりの護衛がつく。
よって、別におかしなことは何もない。
「しかし、クレードよ。理由付けが甘かったのではないか?」
「そうですね、無償で渡すつもりでしたので…咄嗟に詰まってしまいました。」
「あの様子なら問題はないと思うが、次からは気をつけてな。」
「は。失礼しました。」
会話をしながら、貴族とその子女に揉まれていくマグディスとメリアを観察する王達だった。
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背景紹介39「オルパ・クレード」
アルディス国王直下の近衛魔術師団を従える近衛魔術師団長であり、伯爵位となっている。
クレード伯爵家もサバル伯爵家と同じく、古くより魔術師を輩出し続け、アルディス王国を守ってきた名門である。魔術師は魔力量という個人差が大きく、生まれた時点で爵位を継げないとはっきりしてしまうことがかなり多い。とはいえ訓練と勉強もかなり厳しく、継げるレベルまで成長するのはほんの一握りである。サバル伯爵家同様、後継者に苦労する家柄となっている。
魔法具製作よりも魔術師という点に注力しているため、魔法具製作技術はほとんどない。
これは、ヒュム族の魔法観(魔法に対する認識)が関係している。
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