4 騎士爵叙任式(5)

夕方、そろそろ予定の村で一泊する為に、森を抜けようとしていた頃。


「…引っかかった…!ちょっと、マグディス!」


メリアが小さく叫ぶ。本に齧り付いているマグディスを呼ぶ。


「どうしたんだ?」

「この先に10人、動いていない人たちがいるのよ。まだ森なのに。」

「…それはヤバそうだな…。」


ケイトと隊長も会話に加わる。


「命に替えてもお守りいたします。」

「うむ、私が付いてきた価値があるようだな。」


中々にやる気のようだが、まずは作戦を立てねばならない。

もちろん、10人の相手は全員無害な可能性もある。しかし、危険と見て対策を打っておくのは当然だった。

マグディスは考えつつ喋る。


「当初の予定通り、夜には村に着く必要がある。村にはそれなりに人がいるだろうし、何かあった時の判断のための早馬くらいはいたはず。だから目標は、村まで逃げ切ることだな。相手の狙いは分からないが、それが結局正しい判断になると思う。村の人が裏切るのは、オルダンドルフ大公爵領内ということを考えたら、バレたらリスキーすぎる。多分、大公爵領の外部なんじゃ無いだろうか。ここで仕掛けてきたのは…何でだろうな。」

「この馬車は魔法で強行しているから、ひょっとしたら最初は追いつけなかったのかもね。帰りに待ち伏せの方が確実だわ。それに、こっちが魔法で索敵が出来ると分かっていなさそうだから、ああやって潜んでいると考えると、ドワーフ族みたいね。」

「最悪はマギア族だけど、こっちの目標は変わらないな。逃げ切るぞ。」


「おう。」

「はい。」


「それで、具体的な作戦だけど…、まあ、ほとんどは『魔法で足止め』になるだろうな。制圧できたなら、身元確認の為に確保したいけど…。」

「そいつはやめとけ、マグディス。目標がブレると失敗するぞ。」

「ですよね、隊長。だから、今は魔法で8人は足止めする方向で。敵が2人なら流石に突破できる筈だ。」

「あいわかった。魔法に関してはお二人に任せる。私はコラムに伝えておこう。」


「それでメリア、使用する魔法だが、氷の魔法で行くぞ。」

「土属性魔法は使わないのね?」

「まだ勉強中で、実際に発動したことのある魔法がほとんどないからな。それに、土属性魔法だと地形に悪影響を残しそうだし。」

「その点、水属性なら乾けば同じ、ということね。」

「そうだ、だから、『ソレ』、使わせてもらうぞ。」


「マグディス、コラムには伝えたぞ。馬車自体を紐で足止めしてくるかもしれないと言っとったな。」

「そうか。それもあるな。…なら、氷の刃の事前詠唱で行くか。」


緊急時なので敬語も丁寧語も無し。

次々に決定を済ませる。もう敵は間近に迫っている。


「良し、詠唱を始める。ケイトさんと隊長は護衛を。」

「おう。」

「は。」


マグディスはミスリルの剣を掲げて、唱句を始める。


「【地の神よ、流麗なる水の中に顕現し、その力をもって刃と成せ。荒れ狂う奔流を解放すべく、牙となりて知らしめよ。ーーー氷刃(シンド)ーーー】」


そして魔力を注ぎながら詠唱を行う。

まもなく接敵するその時まで、集中を切らしてはならない。


その間、メリアは腰に差していた2つの水筒のうち、片方の口を開ける。


「マグディス!来たぞ!ドワーフの…騎兵だと!?」」


覆面の敵が森から路上に飛び出してきた。

しかし、まさかの騎兵の登場に驚きを隠せない。


「はあ!」


マグディスは剣先から魔力を解放する。

メリアの水筒から飛び出した水が、馬車の全面に飛び出して、地面に水平に大きな氷の円盤を作った。

直径4〜5メートル程の氷の円盤は非常に薄く、そして高速で回転している。

その状態で、馬車と『並走』していた。


飛び出した騎兵の前方4頭の馬の足を切り飛ばす。


(馬に罪は無いが、こっちも余裕が無い!)


ショックを受けつつも、必死で魔力を維持する。

そしてその間、メリアも魔法の準備をしていた。


「通さない!」


ケイトが敵後衛からの馬上弓を、御者をしていたコラムの横に立ち器用に小型の盾で弾く。


その間、敵の4騎が馬車を囲うように動く。


「くらいなさい!【シュンム】!」


杖を握りしめて無詠唱魔法を発動したメリアの、もう一つの水筒から水が飛び出し4手に別れる。4つの水の塊は馬上の敵の顔に当たり、弾けた。

要するに、水を使った目潰しである。一時的ではあるが、水である為呼吸も阻害できる。


くらったドワーフ族のうち2騎が落馬する。

残りの2騎は何とか馬にしがみついて耐えた。


前方の2騎から再度矢が発射される。

狙いは馬車の馬だ。盾が届かない。


「通すかよ!」


氷の円盤を水平から垂直に動かして、馬車の盾として矢を防ぐマグディス。


それを見る前に、ケイトは御者台から馬車内に引っ込んでいる。

馬車の両側から迫ってくる敵に対応する為だ。隊長は左を、ケイトは右を迎撃する。


「ぬうん!」

「はあ!」


馬車の窓から剣戟を交わす。敵の剣先から炎が吹き荒れる。


「魔法にビビってはおれん!」


隊長は思い出す。マギア族の魔法武器に対してマグディスを守れず、結果としてマグディス本人に迎え撃たせてしまったことを。

マグディスとともに生き残れたからいいものの、隊長としては失格だった。

ただ、それが当時の限界だったこともよく分かっている。無謀に突撃して守るのが正解だったとは思っていない。

ならば、その限界を今、打破してこそ意味があった。


火傷を負いながらも応戦する隊長。ケイトの方も同じように戦っていた。

しかし、ケイトの方が決着が早い。


「はっ!」


ケイトは、室外では軽装備である革製の防具を着用していた。魔法具になっており、対魔障壁が展開される。

さらに残りの魔力を剣に注ぎ込む。元々はただの剣だったが、マグディスから『お下がり』を貰っている。

ドワーフ族秘伝の鍛造剣に、マグディスの大量の魔力が含まれており、結果として鋭さが尋常でないレベルで強化された剣である。

打ち合いで敵の魔法剣を刃こぼれさせ、ついに手元までへし折り、敵は下がっていった。


「ふん!」

「!」


隊長は僅かに上回った力と技術をもって、敵の剣を弾き飛ばした。こちらの敵も下がっていく。

それを見た馬上弓兵2騎も、負傷した味方に合流していき、マグディス達は何とかその場を脱した。


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背景紹介26「林業」

特にワルド共和国側の山々で盛んであり、良質な木材が取れる。あまり建築では使用されないが、燃料として工業用・家庭用に、そして魔法による紙生産がアルディス連合国で行われている。

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